『真の目的』
「無駄よ……。博士の声は彼に届かないわよ」
アザミは博士を見下すように呟く。
「いったい、彼に何を……もしや!? ここに居るローブの人間はみんな!?」
「そう、みんな博士の仲間だった人達よ。だけど、今は我々の大切な仲間だわ! ――全ては、教皇様のために! 世界の平和のために!」
唐突にアザミは片手を上げローブの人達に向けて叫ぶ。
すると驚く俺達の後ろで元調査団のメンバーだったというローブの人達は復唱を始めたのだ。
『全ては教皇様のために。世界の平和のために』
まるでロボットのように全員が感情の伝わらない棒読みで言葉を復唱している。
異様な空間で……これは。とにかく異常としか言えない状態だった。
「どうなってるのよ」
教授が怯えるように言葉にする。
ミレアさんや博士も困惑した様子だ。
もちろん俺だってびびっちゃってるし……。
「アハハハハ! 心配しないで、貴方達もすぐに私達の仲間になれるのだから! 私の――――魔法でね!!」
「ま、魔法!?」
いまいちバチカンの目的がはっきりしないが、アザミは、はっきりと『魔法』と言った。
不気味な雰囲気に呑まれて信じそうだけど、要塞で会った時の現れ方は話している途中とは言っても突然だったし、大学前で会っていた時の記憶や疲労感を伴う神殿前までの移動中の記憶の途切れも考えれば……。
いや、それだけじゃない。加えてこの現状も踏まえれば、一つの仮説を唱えられる。
――つまり。
「記憶を操る何か……か?」
「へぇ、意外に隼人くんは優秀なのね。でも答えは微妙に違うわ。私の操る魔法は――脳を操る魔法。かっこよく言えば、ブレインコントロールよ!」
「そんな……」
思わずミレアさんは声を漏らしてしまったようだ。
当然俺も驚いたが脳を操る魔法だなんてアニメや漫画の世界の話のようにしか思えない。
仮にローブの人達が催眠術の類いにかかっているならば納得も出来る。 ……でもだ。俺達が神殿前まで瞬間移動して来たような、あの感覚はどう説明する?
催眠術を多様していたとしても、俺達はそんな環境をカミーリに到着してから作った覚えはない。
どんなに優れた催眠術だって、術をはめる環境がなければ何も出来ないはずだ。
それこそ、魔法のような力でなければ……。
「戸惑っているようね。ちゃんと説明してあげるからよく聴きなさい。我々の目的は、教皇様を中心とした――――ローマ帝国の復活よ!!」
「馬鹿げているっ! バチカンはこの平和な世界を、君の言う魔法。ブレインコントロールによって支配しようとでも言うつもりなのか!?」
「冴木博士、この世界のどこが平和だと言うの? 今も世界では戦争が起こり…………そう、戦争は起こり、犯罪も溢れている。弱者は苦しみ、強者は潤う世界。救いを求めている人々がどれだけ存在する事か……。我々は神の名の基に楽園を復活させる」
違和感があった。アザミの話し方はもちろん、話している途中で急に雰囲気が変わった気がする。どこと無く別人が話している感じがするのだ。 しかも、アザミの双眸が虚ろに鈍く輝いてさえ見えた。
「それが貴方の言う魔法とやらを使った侵略行為だって分からないの? それに洗脳された人々が幸せだとも到底思えないわ!!」
教授の言う通りだ。本当に魔法で洗脳してるかは別としても、元調査団の人達の様子からして何らかの方法で操っているのは間違いないだろう。
犯罪や戦争で苦しむ人々がいる現実は俺も心苦しく思うけど、生きてる実感を感じれないような洗脳なんてゴメンだ。
激しい剣幕の教授とは対照的に、虚ろな瞳を教授へ移すとアザミは穏やかに続ける。
「無知なる者よ。この世界は滅びの道を辿っている。そして……人々は過去の天罰に近付く一方である」
「どう言う意味……?」
やっぱりアザミの様子がおかしい。
「この世界が、何度再生を繰り返して来たのか知るよしもあるまい。しかし……その断片は書物に記され、現世に遺されて来たはずである」
「旧約聖書の創世記、ノアの方舟を言っているのか……」
「ダディ?」
その話なら俺でも知っている。
簡単に言うと神様が怒って地球を洪水で沈めてしまう話なんだけど、地球上でもっとも無垢なノアという人間が神様に指名されて大きな舟を造り、動物のつがいや植物を乗せてから洪水の治まった世界で新しく生命を育むって話だ。
でも、確かあの話は……。
「アザミよ、あの話では二度と世界を滅ぼしはしないと神が約束したはずだ!」
博士の言う通りだ。確か、もう滅ぼさないって話だったはずだよな。
「人間よ。世界の崩壊と再生はその話だけが全てではない。欲望を満たすだけで慈悲や愛を失った人間には、寛容なる神でさえ、寛容さを失う事もあるのだ。しかし、神は世界を滅ぼす事はない。神が望むは……楽園。世界の統一である」
やっぱりおかしい! コイツは――。
「――お前は、誰だ! アザミじゃないだろ!」
「隼人くん!?」
「天草くん?」
「……うむ、私もおかしいと感じていたところだ。まるで人格が違う……」
さすが博士! 伊達に博士じゃなかったんですね!
でもまあ、どう見ても様子がおかしいんだけどさ。
「アザミ・クロフォードとは我の器となり魔女となった者。我は魔法人となりこの世で魔法と呼ばれる存在となった者。そして世界を統一するべく遣わされた――神の意思。我だけでは統一は難しい。我々でなければならない。天草隼人、汝は器となり――魔人となれ!」
……くっ。アザミが鎖の巻き付いた本を掲げると、急に身動きがとれなくなってしまった。
とりあえず、今言っていた事を全て理解するのは難しかったが、一つだけ理解出来た事がある。
それは――。
「――俺を器に、何かしようって事かっ!?」
「その通り。我の同胞である禁忌の魔法人。ジャラークの器となってもらう。禁忌の者が甦るならば、我の力と合わせ、世界の秩序と平和は約束されるであろう」
「ふざけるなっ!! ジャラークってのがどんな魔法か知らないけどなっ! 禁忌だって言う危ないもんを甦らせる訳にはいかないんだよ!」
くそっ! 見栄を切ったのはいいけど、全く身体が言うことを効かない。このままじゃ……。
「無力なる人間よ。喜ぶがよい。禁忌の力をその身に宿し、世界の崩壊を防ぐ者となれ! 我が名――――レドルーツの基に命ずる。永劫に閉ざされし魔門を解き放ち、法界の深淵に封じられし、至宝の魔法人を呼び覚ませ! 至宝の名は、ジャラーク!!」
アザミ、いや、自分で魔法人だと言ったレドルーツが叫ぶと、俺は背後にある魔法陣へ物凄い力で引き寄せられた。
「隼人くん!?」
「教授! う、うわぁぁあああああぁぁぁぁ――――――――――!?」
「天草くん!」
「なんて事だ!」
三人の背中がどんどん離れて行く。空中を急速に浮きながら魔法陣へ引っ張られた俺は、あっという間にサークルストーンの中心。魔法陣の中央へ引き寄せられた。
かなり高い位置まで上昇してから落下したため床との衝突で、死んだな、俺……って思ったけど輝き出した魔法陣の落下地点スレスレで――ふわりと着地したのだった。




