『魔女伝説とバチカン』
「隼人くん、亜美もいるのでオフレコの話もするが、他言は無用だ……。いいかい?」
ソファーに座ると、いきなり博士はそんな事を話し出した。
もちろん他言するつもりはないが、博士の話し方は妙に興味を刺激する。
「もちろんです。お願いします!」
博士は黙って頷き話を続けた。
「魔女といえば中世で盛んに行われた魔女狩りが有名だが、殆どの人間は誤解から生まれた犠牲者なんだ。しかし魔女と言う存在は歴史の中で確かに存在していたのだよ。――君は、信じれるかい?」
ぐっと引き込まれるような双眸で見つめられた。
普通なら笑ってしまうような話だけど、目の前に座る博士が言うと妙に説得力がある。
俺は緊張しつつ無言で頷いた。
「ハハハ、いい眼をしているな。それでこそ考古学を目指す若者だ。形式や先入観に囚われてはいけない。よし、続けるぞ!」
何だか楽しそうな感じで話し始めた博士は、どこと無く亜美教授と雰囲気が似ている。
親子なんだから当たり前なんだけど、こう言った話をする時の感じが似ているのかな?
「魔女伝説はここカミーリが舞台となっている話でな。今君のいるこの場所は人間が魔女達から身を護るために造られた――言わば要塞なんだ。この要塞は千年程前に建てられた建物なんだが、それ以前から魔女との攻防は続いていたと語り継がれているんだよ」
凄い……やっぱりここは要塞だったのか。
でもなんで魔女は人間を襲う必要があったんだろう。
人間が魔女の領地を侵略しようとしたのか、またはこっちが侵略しようとして怒らせたのか。
うーん、わからん。聞いてみよう。
「博士、何で魔女は人間を襲って来ていたのでしょうか? それにどのくらい前からその攻防はあったのですか?」
「そうだな、どれくらい以前からかは定かではない。しかし、カミーリが出来たきっかけは、魔女からの侵略を防ぐためだったと言う口伝が残っていたからな。もしかすると紀元前を遡るかも知れないな」
「そんなに以前から」
「ああ、恐らくだがな。それと魔女が何故襲って来たかと言う質問だが、どうやら人間をさらっては殺していたらしいんだ。つまり――いけにえだよ」
ま、魔女恐え。そりゃ要塞を建てて対決する事になるよな……。
博士は「まだ憶測の域を越えてはいないが」と付け加え、口伝が事実であれば人を儀式に使っていたのではないかと説明してくれた。
これはさっきミレアさんから聞いていた魔法陣のある場所で儀式をしていたと想像出来るが、いったい何の目的で行っていたのだろうか。
魔女の儀式というだけあってマヤ文明のように神に捧げるだけではないような気がする。
うん、気がするだけなんだけどね。
「まあ、魔女伝説についてはこんなところだ。後は村に残る口伝に、魔女達の住む神殿があると語り継げられていてな。この要塞にその場所を記した地図があると踏んで調査をしたんだ。それで地下から隠し部屋を発見して今に至る訳なんだよ」
なるほど、さすが博士。防衛してたなら敵の根城を記した地図があってもおかしくないもんな。
それにしても、よく隠し部屋なんて見つけたよな。着眼点とかもやっぱり人と違うんだろうな。
「やっぱり博士は凄いですよ、尊敬します! ぼくなんかじゃ、カミーリにこんな伝説が残っている事さえ探し当て、られません……よ?」
って、あれ? なんか空気が変わっちゃった。俺、変なこと言っちゃったのかな。
「ダディ、今隼人くんが言った辺りは、私も気になっていたの。どこでカミーリの伝説を知ったの?」
「ふむ、さすが亜美の教え子だな。鋭い指摘だ。さっき話したオフレコはここからだ。よく聞いてくれ……」
真剣な表情で博士は俺達へ視線を向ける。
ミレアさんは知っているようで意味深げに頷いていた。
「……実はな、私が魔女伝説について調べるきっかけとなったのは、バチカン教皇庁から直々に依頼があったからなんだ」
「ちょっと待って!? ダディ、バチカンから依頼されてたの!?」
――いきなり、爆弾発言を投げられた。
バチカンと言えば、ローマ教皇を中心とした都市国家で、中世で魔女狩りを指示していた張本人だ。
実際、魔女狩りとは言っても女性だけではなく男性も犠牲になっていたみたいだけど、十五世紀から十八世紀までのヨーロッパだけで、推定四万人の人達が魔女裁判にかけられたとか……。
確かに魔女についての知識は断トツだと思う。それに魔女だけではなく、様々な情報を隠し持っているって噂もあるし……。
何にせよ、そんな組織から依頼されていたのなら、今まで隠し通していた情報を博士に伝え、調査させているって事だよな……。
一体、何故――。
「ああ、向こうでは特殊な事情があるようでな。バチカン教皇庁が関わっていると表だって公表するつもりはないらしい。発見の内容によっては塗り替えられた内容を、私が発表するかも知れない……」
「ちょっ、そんな事許される訳ないじゃない! 歴史を正しく解明していくのは考古学者の勤めでもあるのよ! ミレアもそう思うでしょ!」
急に振られたミレアさんは、博士同様、沈痛な面持ちで黙り込んでしまった。
「ねぇ、ダディ。もしかして、隼人くんを調査に指名したのはバチカンが絡んでいるの……?」
初耳ですよ……教授。
俺がお呼ばれしたのは、てっきり教授に気にかけてもらえているからだと思ってたけど、違うんですね。
「博士、博士がぼくをここへ呼んでくれたんですか……?」
雅治博士は、深く息を吐き、切なげに答えてくれた。
「……どうしても君をここに呼ばなければならない事情が出来てね。偶然だったのだが、亜美の生徒だと知った時は驚いたんだ」
「ダディ! はっきりさせて、一体どうなってるのよ……」
再び教授は、苦悶に満ちた表情で黙り込む。
俺もどうしていいのか分からない状況に困惑した。
「亜美……。博士も苦汁の決断だったの。博士、私から説明致します」
「いや……大丈夫だ。ミレア、ありがとう」
そう、ぽつりと言葉を発した博士は、続きを語り出したのである。
「正直に話すと、今私はバチカンからある種の脅しを受けている……。はじめこの話を聞いた時は、歴史に埋もれた文明を発見出来ると思い、話に飛び付いて喜んだ。しかし、それがそもそもの間違いだったのかも知れない。いや……間違いだったんだ」
「亜美、誤解のないように説明するけど、発掘した本が見つかるまではこんな事態になるなんて誰も想像をしてなかったの」
「どういう事?」
「そうなんだ。発掘した本を一冊、バチカンの使者が持ち帰ってから状況が変化したんだよ。それまでは全く……」
さっぱり話を把握できませんよ。
発掘した本をバチカンの人が本国に持ち帰ったら、博士が脅され始めて亜美教授や俺を呼ぶ事になったって事だよな?
じゃあ、ここでは一体どんな状況になってるんだ?
「あのぉ、博士はどんな脅しを受けているんでしょうか……?」
「ふむ……。私が受けている脅しとは、亜美の命を危険に晒すという物なんだ。ここで発掘と研究をしている私のチームも、同じように脅されている」
「ミレアも、そうなの……?」
教授に質問されたミレアさんは、暗い表情でコクリと頷いた。
「馬鹿げてるわ! じぁ、バチカンが隼人くんを連れて来ないと、私を殺すとでも言ったていうの!」
「その通りなんだ……。呼び寄せる人間は他にも候補があったようだが、バチカンは、隼人くんを指名してきたんだよ」
な、なんか凄い展開になっちゃたな。
俺が呼ばれた理由は不明だけど、ここに俺が来ていれば亜美教授は安全って事だよな?
「えーと、亜美教授が安全になるなら、ぼくは平気ですから。博士もそんな顔しないでくださいよ。アハハ……」
と、笑ってみたが、今の発言は――かなりポイント高いでしょ!
これで教授との交際に一歩近付いたんじゃないだろうか。
……って、あれ? 博士とミレアさんが、泣いちゃった!?
そんなに感動する発言だったのかな……。
でも、カミーリに俺が来たからミッションコンプリートなんだよね?
「隼人くん、すまんっ! 亜美のために……そんな覚悟でいてくれていたなんて。君は素晴らしい人間だ! 君の事は、一生忘れはしないからな……」
え、え? なになに?
「天草くん……。短い間だったけど、こんなに男らしい人だったなんて。もう少し早く出会いたかったわ……ありがとう」
ちょ、ちょっと!? ミレアさんに愛の告白っぽい事を言われるのは嬉しいけど、何なんだ、この展開は!?
まるで懇情の別れのような……。
「ダディ! ミレア! 隼人くんをここへ連れて来た後に何かあるんでしょ! 最後まで説明しなさい!!」
嗚呼、やっぱり何かあるんだね……。
「す、すまん。隼人くんが話を察してくれたのだと早合点してしまったよ」
「ごめんね……。天草くん」
いや、ミレアさんは謝らないで。なんだか告白されたはずなのにフラれたような……複雑な気分になるから。
まあ、いいところだけ脳内レコーダーにバッチリ録音してるから後ほど脳内で再生しますけどね。
ところでだけど、カミーリに来たあと俺は何をさせられる予定なんだろうか。
「それで、隼人くんはこの後どうなるの?」
雅治博士は教授に問い詰められると唸りながら眉間にシワを寄せる。
「うーん、じゃ分からないわよ! ミレアはどうなの? 知ってるの?」
「それがね、分からないのよ……。今までも他の研究者が連れて来た人達はいたけど、バチカンの使者が連れて行った切り戻って来ないの。多分、魔女の神殿に連れて行ってるとは思うんだけど……」
つまり、バチカンで指名してきた人間を連れて来ないと「家族を殺すぞ!」って研究者を脅してわざわざ連れてこさせて、その後行方不明になってるって事だよね……。
あ、危ないじゃないですか……。
教授と交際するチャンスがなくなる上に、二度と会話も出来なくなるかも知れない。
そ、そ、そんなのっ!
「そんなの、嫌だああああぁぁぁぁ!!」
「あ、当たり前よ! 二人共、隼人くんを見なさい! こんなに怯えているじゃない!! 私がどうなろうとも生徒を行方不明にさせる訳にはいかないわ! 隼人くん、日本に帰るわよ!!」
号泣する俺を亜美教授は、ぎゅっと抱き寄せてそのまま立ち上がった。
なんてお優しいのでしょうか。俺なんかのために言い切ってくれるなんて……。
しかし、俺は別の事でも衝撃を受けてしまった。
そう……俺の、か、顔に、柔らかい物が両頬へ圧力をかけてくる――。
こ、これは、何なんだあああぁぁぁ!?
――未体験ゾーン、突、ニュウッ!!
「ま、待ちなさい。亜美、聞いてくれ、脅しはブラフではなかったのだよ! 私も屈する事なくこの調査から手を引こうとしたんだ。しかし、先に母国に戻った三人のメンバー達が……」
今は何も見えない状態だが、博士のすすり泣く声が耳に届いてくる。
俺はもったいないと思いながらも、教授の胸元から顔を静かに離し……博士に問い掛ける事にした。
「博士、その学者さん達に何が起こったのか話して下さい」
この質問は俺にとって――最も重要な質問だ。
これから聞く話の内容によっては。
「隼人くん……彼等は。いや、彼等三人の家族も含め、事故死としてこの世から消えてしまったのだよ。そのどれもが不可解な事故であったが、殺人と言う証拠はどこにもなかったんだ」
やっぱり、そうなんだ……。
三人の家族が事故だなんて偶然ではないよな。
これじゃ、このまま日本に戻っても教授の身が危険だ。
このカミーリに来た人達は、母国に戻れば家族を失うという現実と葛藤しながら研究や発掘をしてたって事だよな。
大切な人を失うかも知れないって気持ちを抱いたまま生きるって、どれ程過酷だったんだろう。
でも、今となれば俺にも分かる。
雅治博士が亜美教授を目の見える場所に呼んだのだってきっと……。
―――それならば。
俺は湧き上がる決意を三人に話す事に決めた。
「教授、聞いてください。ぼくもカミーリに来ちゃったから戻れば家族が危険かも知れません。それに……ぼくは、亜美教授が、この世からいなくなるなんて考えられないん、です」
……あれ、教授を見てたらまた涙が出て来ちゃった。
せっかくカッコつけたのに台なしじゃん。
早く、気の効いた事をいわなくちゃ。みんな悲しそうにしてるから。
「隼人くん……」
「教授、俺がいなくなったら家族には、ヨーロッパが楽しくて住みついたとかいってくださいね……。あ、でもずっと連絡がないと不自然か……。あ、あと、サークルの仲間が俺の事聞きにくるかも知れないですけど、そ、そにょ、そにょどき、ひぁ……そ、そにょ、とぎ……ひゃ……」
みんなに会えなくなるのかなって考えたら、涙が止まらなくなっちゃったよ……。
博士も「すまん、すまん」って泣いてるし、ミレアさんも鼻真っ赤にして泣いてるじゃん。
それに教授まで、教授に涙なんて似合わないのに。
俺、好きな人を泣かせて最低だな……。
でも、教授に会えなくなるのが、一番辛いんです。
「……ばかね。そんなに無理しなくてもいいのよ。貴方は私の大切な教え子なんだから、必ず私が守ってみせるわ」
パチ、パチ、パチと突然まばらな拍手と共に女性の声が聞こえた。
「へぇ……教え子を守る女教師ね。中々泣ける話じゃないの」
涙で霞む瞳を擦り、俺は声を発した方向へ視線を向ける。
いつの間にか扉は開かれ、その女性は入口に立っていたのだった。




