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『辺境の村カミーリ』

 汽笛が鳴り響く。機関車は鉄の擦れる音を響かせながら、ゆっくりと駅へと停車をした。


 蒸気を噴射する停車音は独特だよな。


 俺は教授と自分の荷物を抱え急いでホームに降り立つ。


 車内でもそうであったが人は少なく閑散とした駅である。


 日本でいう、一日に数本しか電車が停まらない田舎の駅のような、そんな印象だ。


「隼人くん、もうダディの助手が待っているみたい。早く行きましょう」


 教授に急かされ、一つしかない改札に目を向ける。


 改札を抜けた先に、若い外人女性が立っていた。笑顔でこちらに手を振っている。


 白肌に後ろで纏めたブロンドの髪。均整のとれた掘りのある顔立ちは、イギリスの映画に出てくる女優さんのようだ。


 なんといっても、強調するような豊かな胸元は、着込んだ白いキャミソールから――強烈なインパクトを放っていた。


 勿論、亜美教授も凄いものを備えているが、服装が清潔感あるスーツが多い為、こういった可愛い服を着た姿も見てみたいと常に思っている。


 しかし今回は海外に行くという事もあり、動きやすいカーキ色のパンツと赤いタンクトップの上に黒いシャツを羽織っていた。


 可愛いというよりカッコイイ亜美教授なのだが、これはこれで……。


 ちなみに俺はというと、改札に立つ外人女性と同じくジーパンを履き、黒いTシャツとその上にグレーのシャツを着込んでいる。


 この黒いTシャツというのが特別製で、背中に『亜美ちゃんラブラブ愛してマッスル!』という俺の熱い想いが刻まれているのだ。


 いざという時にしか教授に見せられない代物だが、亜美教授を崇拝する同志達も、様々な想いを背中に刻む由緒あるTシャツである。


「隼人くん! 止まってないで早くこっちに来なさい!」


 おっと、どうやら自分の世界に浸っていたようだ。我らが女神と異国の女神を待たしてはいかん。


「すみません! 今すぐに行きます!」


 俺は両肩にぶら下げたでっかいボストンバッグと、両手で引きずる二つのスーツケースを持って足早に改札へと向かった。


 重い荷物を持ち改札を抜ける。すると、既に教授と助手の方が挨拶を済ませていた。近付いた俺に気付いたブロンドの女性が声をかけてくる。


「はじめまして、冴木博士の助手を勤めさせて頂いている、ミレアです。こちらに滞在される間、お二人の身の回りのお世話をさせて頂く事になっています。宜しくお願いしますね」


「な、ナイストゥミーチュウ!! マイネームイズ、ハヤト・アマクサ! ヨロシクオネガイシマース!」


 スーツケースの握り手から手を離し、俺は夢中でミレアさんと握手を交わした。


 いやー、外人さんと交流のない自分にとって初の国際交流である。緊張したが上手く出来たであろうか。


「隼人くん、ミレアは私と同級生なの。日本語もペラペラだから安心して」


 お二人に笑われてしまった。

 確かに日本語ペラペラで挨拶をされたが、緊張の余りやらかしてしまったようだ。


「あ!? ほんとですね。すみません、なんだか緊張しちゃって。あはは……」


「いいんですよ。学生さんがこういった調査に同行するわけですから、緊張はしますよね」


 お優しいお姉様だ。女神とはこんな感じなんだと思う。なんだか、微笑む姿から後光がさして見えるよ。


「ミレア、甘やかしちゃだめよ。一応、学業の一環で大学に許可をもらってるんだから、礼儀とかもちゃんとさせないと」


 ええ、勿論ですとも。俺のせいで我が女神に恥をかかせる訳にはいきませぬ。ちゃんとこれから色々と学んで、教授に認められる立派な男とならなくてはな……。


 諌められてすぐに、ミレアさんは笑顔で「固いこと言わないの」と荷物を車へ運ぶように促してくれた。


 それから探険家が乗るようなごっつい調査用の白い軽トラックの荷台に荷物を置き、俺達は雅治博士の待つ『カミーリ』という辺境の村に向かう事になったのである。


 ところが、トラックに乗り込むと思わぬイベントが発生してしまった。そのせいで俺の鼓動は急激に高まり、さっきから大変な興奮状態である。


 何かというと、トラックは後部座席のないタイプで、運転手のミレアさんの横に俺と亜美教授が並んですわれるようになっている。


 普通なら教授が先に乗って俺は窓際になるはずなんだが、教授は窓際が好きだとかで後から乗り込んだ。


 つまり魅力的な女性に挟まれた状態で、俺は真ん中にすわった訳だ。


 両手に花とはこのような事をいうのだろうか。いや、少し意味が違う気もするが今はどうでもいい。


 さっきからお二人の甘い薫りがコラボレーションし、鼻孔を通り肺を埋め尽くすと同時に、脳内で――連続的な革命を引き起こしている。


 更に汽車の中で教授とはお隣りになっていたのだが、密閉した車の中では、俺の腕や太腿に触れるか触れないかの至近距離を演出していたのだ。


 嬉し過ぎて鼻の下が床に着きそうだ。


 しかし、このままでは本能が目覚め、危険な存在に至ってしまいそうで自分が恐い。


 事実、車に乗ってから何度か気絶しそうになっている。免疫がないとこんな時に困るのだなと痛感したよ。


 まあ、これも土産話で同志達に報告をしよう。


 それと、ミレアさんの写真は帰るまでに必ずゲットしなければな。空想だと思われたら大変だし、同志達のために教授の素敵写真も一緒にゲットしてみせるぜ。


 待ってろよ、同志諸君!


 決意をあらたにしたところで、教授とミレアさんが会話を始める。


「ミレア、ダディの調査は何処まで進んでいるの?」


「それがね……」


 教授の言葉で、運転をしていたミレアさんは悩んだような表情を見せた。


 余りの興奮で忘れそうになっていたが、今回の偉大な目的は何といっても、未発見の文明かも知れないという遺跡調査である。


 ロマンをくすぐる進展内容は、俺も大いに興味があるのだ。


「実は……」


 ん? ミレアさんどうしたんだろう。なんか言いにくい事でもあるのかな。少し表情が暗いような……。


「ミレア?」


「う、うん、森で発見した遺跡は地下に延びる神殿のような造りで、地上に埋め込まれた大きな扉から内部に入れる仕組みになっていたの」


 教授に呼ばれたミレアさんは、笑顔でハキハキと遺跡調査の進行具合を説明し始めてくれた。

 さっきの表情は気のせいだったみたいだ。笑顔が素敵だ。


「うん、その辺りはダディから聞いてるけど、何か中で見つかったの?」


「ええ、内部は石で造られていて儀式を行うような広い空間や幾つもの小部屋も確認されたわ。それでね、その小部屋の一室で本を大量に発見したの……」


「本があったの!?」


 教授は身を乗り出して驚いている。


 俺も驚きミレアさんに視線を送るが――別件でも驚愕した。


 教授の両手が俺の太腿に――。加えて鼻先に教授の美しい髪が……。シャンプーの薫りだろうか、甘い匂いが強烈だ。意識が遠退きそうになる。


 しかぁーしっ!! ここはぐっと堪えて話に意識を集中した。


 ぎりぎりであったが何とか持ちこたえる事に成功! ミレアさんに顔を向けたのである。


「えっ!! 天草くん!? 確かに本は文化を知る上で大変な発見だけど、天草くんがそんな危機迫る顔をしなくても……」


 ミレアさんは、運転しながら横目で俺の顔を見た瞬間、びっくりしていた。


 どうやら必死に堪えた形相が凄い事になっていたらしい。


 そのまま教授も至近距離で俺の顔を見ると爆笑をしていた。


 爆笑したお顔も素敵です、教授……。


 車内でようやく教授は落ち着きを取り戻す。

 ミレアさんも一緒になって笑っていたが本題を続けてくれた。


「続きだけど、発見した本は今あらゆる古代語に精通した人達を集めて研究している最中なの。でも、どの系統の文字にも該当しなくて苦戦しているところよ」


「つまり、その本が未発見の文明かも知れないっていう要因の一つって訳ね?」


 ミレアさんはハンドルを握り絞め、前を見据えたまま頷く。


 今の話が本当であるなら、それだけで大発見である。


 未だ全て解明されていないエジプトの象形文字でさえ、系統ぐらいは分類されている。それが本当にどれにも当て嵌まらない文字であるならば、独自の進化を遂げた文明であると、たやすく想像出来るからだ。


 俺は興奮が高まり、つい口を挟んでしまった。


「ミレアさん! 俺もその本を拝見したいです!」


 ミレアさんは微笑み、到着したら見せてくれると約束してくれた。


 やったぜ!! 世紀の大発見をこの目で拝めるなんて。感激で涙が滝のように流れまくった。


「隼人くん、よかったわね。こんなチャンス滅多にないんだから、しっかりと経験として活かしていくのよ」


「はひ、おっひゃるとおり、このひゃらだにきじゃみつけまふ」


 涙が邪魔して上手く言葉に出来ん……。


 しかしさすが教授、俺の崩れた日本語を解読してくれたようだ。感慨深く俺の肩に手をやり頷いてくれている。


 愛してます、教授。


「ところで、亜美。天草くんを見て思ったんだけど、もしかして彼のことお気に入りなんじゃない?」


 そうだ! 俺もそれが気になっていたんですよ!

 今回も数多の学生の中から一人、遺跡調査に俺を選んだ理由を含め、入学してすぐに教授の授業に参加してから何故か時々お呼ばれしてお仕事の雑用をお手伝いさせてもらえたり、色々と話し掛けてくださる。

 なんだか、凄く気にかけてもらえているのだ。


 同志達の間でも不思議に思われていて、今回の同行も謎とされている。


 嬉しい話、教授のタイプなのではないかと一時噂されたが「そんな事あってたまるか!」と、同志達に揉み消されていた。

 悲しいけども、実際モテる要素は自分にはないと思っている。カッコイイというより、可愛がられて終わる無害なタイプだと……過去に言われた事があるからだ。

 自分ではよく分からないけど、今まで彼女を作った経験もないので言われた事を信じるしかなかった。


 でも、教授の口から「実はタイプなの」とか言われてみたいという願望はある。


 もしあの揉み消された噂が事実であれば……今こそTシャツに刻まれし背中の文字を見せ、そのまま悔いなく昇天しても構わない。そう、常々思っているのだ。


 その謎をミレアさんは見抜いたようだ。是非俺にも分かるように説明して頂きたい。


 滝のように流れていた涙も治まり、俺は顔に緊張を走らせ教授の言葉を待った。


「あら、ミレアには分かっちゃったか。そう、隼人くんはあの子に似ているの……」


「やっぱりね。何となく雰囲気が似てるからそうなのかなって……」


 ……暗い空気になってしまった。


 ものすごーく気になりますよぉー。

 お二人共『あの子』ってどの子ですかあああああぁぁ!!


 とはいえど、こんな空気の中、シリアスそうな教授の過去に触れる勇気はございません。


 まあ、本当に気にはなるけどね……。


 沈黙が暫く続き、余りにも重い空気に堪え切れなくなった俺は、話題を変える事にした。


「ミレアさん、本以外には何か見つかってないんですか?」


「そうね……。うーん、他に発見された物だと、身に纏っていたと思われるローブとか壷や杖みたいな物とか、荒らされた形跡がなかったから比較的状態の良い物が見つかっているわ。中でも珍しい物があってね――」


 ミレアさんの話では、遺跡の中で一番広い空間に――巨大な石の像があるらしい。


 これはミニチュアの物もあるから後で本と一緒に見せてくれると言ってくれたのだが、見た感じだと獰猛な動物を模した悪魔のような印象をミレアさんは受けたという。


 それで更に珍しい物が広い空間の床の中央にあるのだとか。


 聞けば、魔法陣のように柱のような石で囲まれた円形状の場所が存在し、そこにも解読出来ない文字が刻まれているらしい。


 だが一つ分かっている事があるとミレアさんはいった。


 魔法陣のような円形の場所と石像のある空間では、何かしらの儀式が行われていたのではないかと他の学者さん達と話が一致したと説明してくれたんだ。


 何にせよ、魔女について調べていた雅治博士を考えれば、その場所で何かを召喚していたのではないかと連想してしまう。


 例えば神話や聖書に登場するドラゴン。日本では古事記に登場する龍みたいなのが召喚されてたりしたら凄いよな。妖精や精霊とかでもいいけどね。


 それに解読出来ていない発見された本も魔女の使っていた魔導書とかだったりして。自然と炎や雷を操る姿をイメージしてしまう。

 こんな風に色々と想像するだけでワクワクしてしまうのは俺だけだろうか。


 ……いや、ここにもう一人いました。俺の隣りで目を輝かせている人物が。

 亜美教授である。


 以前に俺の名前で話が盛り上がった事があった。


 亜美教授はなんと、歴史上で本当に存在したのか今も議論されている天草四郎の大ファンなのだ。


 家系で天草四郎がご先祖様にいたのか定かではない。

 でも、じいちゃんの名前が四郎だった。

 ただ四人目に生まれたからそう名付けられただけらしいのだが、教授は是非ともじぃちゃんに会いたいと生き生きとした表情で俺に迫ってきた程である。


 何でそんなにファンなんですかと尋ねたら、西洋でいうジャンヌダルクを思わせる勇気と信念に惹かれると。


 まあ……そこまでは理解が出来る。


 しかしその後から少し妄想が着色して、魔術で戦っていたのだとか妖怪を従えていたのだとか、ファンタジーな話を色々と教えてくださった。


 なんと言うか、教授は俺と同じで想像力が豊かなんだとこの時に思ったんだよね。


 案の定、俺やミレアさんに向かってさっき俺が想像していたような内容を熱弁し始めたのだ。


 そんな興奮して語る教授の話にミレアさんは慣れているようで、車を運転しながら笑顔で相槌をしている。


 なんと無くだけど、案外ミレアさんもこの手の話が好きなんじゃないかと思う。


 夢のある話は俺も大好きだから、寧ろ考古学を愛する人達はみんな妄想好きで、想像を掻き立てる発見を求めているのかも知れない……。


 いつの間にか暗い空気から一転し、三人して尽きる事のない想像を語り合う中、俺達は目的地であるカミーリに到着したのだった。





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