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 この世には、地獄の王がいる。

 青鬼を従えた、死神である。



 ■ ■ ■



「ずっと探していたんだよ?」


 男の声は甘さを含んでいたが、あまりの威圧感にランには恐怖しか感じられなかった。

 腕の中のフローラも、目を見開いて固まっている。

 ランはなんとか気を確かに持つと、思い切って振り返った。敵に背中を見せていては、どうぞ殺してくれと言っているようなものだからだ。


 そこに立っていたのは、漆黒の、長く美しい髪を靡かせた、美しい男であった。

 彼の視線は、一点を見つめて動かない。



 そう。セイを見つめて(・・・・・・・)



「あ、あ、ああ……。」


 セイは恐怖からか、足が震えていた。


「セイ!」


 ランは大声で叫ぶと、それを喝代わりに足に力を入れ、セイの腕を掴んで走った。そして店の門まで来ると敷地内に二人を押しやり、自分は背後の男に向かって威嚇するように立ち向かった。


「お前は何者だ? 私の青鬼をそんなところに入れてしまって……。」

「へっ、ここには青鬼なんてのはいませんよ、閻魔殿。」


 不機嫌そうに眉根を寄せる男に対し、ランは怖くて仕方が無かったが、精一杯の虚勢を張った。


「ふぅん、私をそう呼ぶなんて、お前は此処のものじゃないね。」


 現在の場所は大陸の西。男には名前が無かったが、この辺りでは「死神」と呼ばれるので、少し違和感があったのだ。


「随分と東から流れて来たもんでね。」

「なるほどね。その結界と言い呼び方と言い、お前、狼か。」

「大正解。って言っても豪華賞品は無ぇがな。ここは閻魔殿にお越し頂くような場所じゃ無い。お帰り願いましょうか。」

「ふん、それを決めるのはお前じゃない。まずは私の青鬼を返してもらうよ。」

「だから言ってるでしょう。ここに青鬼なんてのはいない、って!」


 ランは地面を蹴ると、閻魔に思い切り殴りかかった。

 二発、三発、けれどそれは悉く避けられてしまった。


「へえ、狼のくせに私に歯向かって来るだなんて、お前骨があるね。」

「……お褒めにあずかり光栄です。」


 なんてことの無いように言う閻魔に、ランは唇を噛んだ。

 本当は怖くて仕方が無い。自分が対峙してどうにかなる相手では無い。

 けれど、ランはここを退くわけにはいかなかった。


 後ろにはセイがいる。


 そして何より、ランもセイも大好きなルーラルの皆がいるのだから。



「でも、お前も分かっているだろう? 今日は年に一度の最遠朔の日だ。私の力が一番強くなる日。そして―――お前たち狼は、一番力が弱まる日、だったな?」



 ランの額を、汗が流れた。



 ■ ■ ■



 閻魔は火を司るので、月の力とは相性が悪い。逆に狼は月の化身と呼ばれるくらい、月と相性が良い。

 今日は年に一度の最遠朔の日。月が年で一番遠く離れてしまう日である。


 故に今日は閻魔の力が強まるので、セイが見つからない様に、ランは結界を張っているルーラルの敷地から出ないように言っていたのだ。

 本来なら発見されなかっただろうに、結界の外に出てしまったために居場所を特定されてしまった。更に言えば、ランが思っているより狼としての力が弱くなっているらしく、結界に入っても現在、閻魔にはセイが見えているらしい。


「さあ、青鬼。元の姿にお戻り。帰るよ。」


 閻魔がパチン、と指を鳴らすと、ランの背後で凄まじい程の魔力が迸った。

 ランが驚いて振り返ると、そこにはセイが青い焔に包まれていた。焔の中で、セイの姿は変わって行く。結界が弱まっていたせいで、閻魔の干渉を許してしまったようだ。


「セイ! 駄目だ!」


 慌ててセイの元に行くがもう遅い。ルーラルのアイドルだったセイの姿はそこには無く。



 青い髪の青年がそこにいた。



「セ、イ……?」


 フローラが、不思議そうに男を見上げる。

 青鬼に戻ってしまったセイは無表情でフローラを見下ろすと、


 ―――尖った爪を振り下ろした。


「―――ッ!」


 ガッ、と弾き飛ばされたのは、間一髪で青鬼とフローラの間に滑り込んだランだった。


「ランお兄ちゃん!!」

「っ、フローラ、俺は大丈夫だから店に入ってろ! 行け!」

「う、うんっ!」


 泣きながらも駆けだし、店に入ったフローラを見て、ランはほっと息をついた。



 鬼は人間を食べる。

 それは鬼を従える閻魔を、人が恐れる所以(ゆえん)であった。



「……セイにルーラルの人たちを食わせてたまるかよ!」


 ランは立ち上ると、人化の術を解いた。

 余分な力を使っている場合では無い。


 そこに現れたのは、藍色の瞳をした、白銀の毛並みの狼。


 ランの本当の姿である。



 ■ ■ ■



 群れを追われた子狼が、荒野を彷徨っていた。

 その体は本来美しい白銀だったのだが、酷い怪我を負って血に染まっている。

 足取りも覚束なく、今にも倒れてしまいそうだった。

 子狼が歩く理由。それはただ一つ。水を飲みたかった。

 けれど、いくら体に鞭を打てども、見えるのは荒れて乾燥した大地だけ。

 ついに子狼は倒れてしまった。


(みず、のど、かわいた……)


 朦朧とした意識の中、霞んだ視界に最後に映ったのは、綺麗な水を思わせる青色だった。




 意識が戻った時、子狼は暖かい、と思った。

 目を開けると、そこは暗い洞窟の中で、視線の先には青い髪をした男がいた。


「ああ、良かった。目が覚めた。」


 綺麗な男は、綺麗に笑った。

 子狼は、目をパチパチとしばたいた。

 ここは何処なのか、この男は誰なのか、自分はどうなっているのか、全く分からなかったのである。


「おやおや、混乱しているようですね。私は青鬼と言います。昨日、倒れたあなたを連れて近くにあったこの洞窟に来たんですよ。傷は治しておきました。」


(青鬼。聞いたことがある。人間を食べる、閻魔の手下。)


 大きな魔力を感じるのも肯ける。

 子狼がそう考えると、青鬼は哀しそうに眉を下げた。


「やはり私はそういう認識なのですか。」


 いえ、間違っていませんけど、と話す青鬼に、子狼は驚いた。

 どうやら考えていることがわかるらしい。


「これでも鬼ですからね。」


 どうやらそういうものらしい。


(どうして助けてくれたんだ?)


「私、鬼ですけど、本当はあまり死んで欲しくないんです。人間だって食べたくありません。」


 その言葉に、子狼は目を見開いた。

 話に聞いていた鬼とは、かけ離れていたからである。

 鬼と言えば残虐非道、悪行三昧。そういうものだと思っていた。


「閻魔様がいらっしゃらなければ、私はそんなことしませんよ。」


 どういうことかと話を聞くと、鬼とは閻魔の使役魔の一種らしく、自分の意志とは関係無く操られてしまうらしい。気儘な性格もあって、こういう風に自分として自由に生活する時間もくれるらしいのだが、子狼は思った。それは逆に辛いのではないかと。


「そうなんです。操られているときは、人間の肉も血も美味しくて喉が鳴るんです。でもね、自意識に戻った時に、罪悪感に襲われるんですよ……。」


 そう言った青鬼の顔は、今にも泣きそうだった。




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