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 あの人に拾われた時、俺は何が何でもこの人の為になろうと思ったんだ。



 ■ ■ ■



「こら、セイ! お前はまた勝手に出前に行きやがって!」

「ご、ごめんなさい……。」


 ここは出前も商う人気食堂、ルーラル。その厨房で、年が二十になるかならないかくらいの青年が、五つ六つは年下であろう少年を叱り飛ばしていた。


「俺が表にいる間に、裏から行きやがって~!」

「ごめんなさいぃ~!」


 頭を拳でぐりぐりされて、セイと呼ばれた少年は涙目になっていた。


「ラン、もうおよしよ! 目を離した私たちも悪かったけど、ちゃんと出前はできたんだ。セイももう小さいだけの子どもじゃないし、良いじゃないか。」


 そうだそうだ、と厨房の戦士であるおばちゃん勢に敵に回られ、青年―――ランは少したじろいだ。戦場と呼ぶべきこの厨房で日夜働いているおばちゃんたちは、時に親方よりも権力がある。しかしランは気を取り直すと反論を始めた。


「ふん、パンの数とサラダを間違えといてちゃんともクソもあるか!」

「パンは多かったんでしょ?」

「サラダだってタマゴとエビを間違えただけじゃないか。電話したらルーディの親父、得したって笑ってたよ。」


 店としては損とも言えない程度の間違いで、客からのクレームは一切無い。忙しい中自分で考えて出前に行ってくれたのだから、おばちゃんたちはセイを叱るつもりは毛頭無く、逆に褒めたい気持ちでいっぱいだったのだ。


「大体、ランがこれ位の時はもっと悲惨な失敗ばかりだったじゃないか。」

「そうそう! 今だって何かしらやらかしてるし。」

「表で喧嘩が始まると、あたしゃ肝が冷えるよ……。」

「そ、それは、不逞の輩から店を守るためで……。」

「やり過ぎだって言ってるんだよ、この馬鹿!」


 ランは事実ばかりで言い返せず、タジタジだ。そう言えばあんなことがあった、こういうこともあったと、過去の所業がつらつらとおばちゃんたちの口から紡がれる。


「お前ら、いい加減にしねえか。客はまだいるんだぞ。口じゃなくて手を動かしやがれ!」

「お、親方!」


 鶴の一声。いつの間にやらランの悪行ランキング制作に入っていたおばちゃんたちも、この食堂で一番偉い親方には基本的には逆らえず、せっせと手を動かすことに専念し始めた。


「セイ。」

「はい!」

「今度からは出前の内容間違えるんじゃねえぞ。」

「……は、はいっ!」


 最初は何を言われたのか分からないようであったセイも、数度頭の中で親方の台詞を繰り返し、出前の許可を得られたことを理解した後、涙目だった顔に輝く笑みが戻った。


「なっ、親方!」

「ラン、おめえも弟分に負けねえようにしっかり働け!」


 おまけとばかりに怒鳴られ、ランは唇を噛んだ。


「へいへい、チクショー!」


 出来あがった料理を両手に、厨房から客席へ出て行ったランを見て、おばちゃんたちから溜息が洩れる。


「男の子のプライドってやつかねえ……?」

「しっかり成長して立派な兄貴分になって欲しいよ。」


 叱られた手前こそこそと喋るおばちゃんたちの話を聞きながら、セイは皿洗いを始めた。



 ■ ■ ■



 セイが拾われてこの店にやってきたのは、大体一年前のことであった。

 香草の仕入れに少し遠出していた親方の後ろに、くっつくようにして店に入って来たのが最初で、店の者は皆が驚いた。

 セイは、見た目の年以上に舌足らずで行動も幼く、記憶のほとんどが無いということだった。少しだけ残っている記憶から要領を得ない話を聞くと、どうやら親に虐待されていたらしい。と来ればおばちゃんたちの心を掴まないわけは無く、その日からランと共に下働きとして店に置かれることとなった。

 ランは普段は良いお兄ちゃんで、何かとセイの面倒を見ていたのだが、こと出前となると絶対にセイにさせない。最初は危なっかしかったのもあったが、慣れた最近では包丁を持たせるより安心な仕事であったため、なぜランは出前をさせたがらないのだろうと皆不思議に思っていた。




「ねえ、ラン……?」

「ん? なんだ、セイ。」


 夜の戦場も潜り抜け、店の二階に作ってもらった自室に戻ったランとセイは、仕事着から寝巻に着替えて布団の中に入っていた。

 朝の早い仕事であるから、普段なら布団に入って即効眠るのだが、今日はまだ二人とも眠りに引き込まれないようである。


「なんで俺に出前に行ってほしくないの? 俺もっとみんなの役に立ちたいよ?」


 ここの人たちは皆優しい。だからそのお礼に役に立ちたいのに。ランは寝返りを打って、そう言うセイの方を向いた。夜目が利くランには、セイの真剣な顔がよく見えた。


「あー……、悪い。意地悪したいわけじゃないんだ。ただお外はおっかないからな。」

「? 俺おっかなくないよ?」

「そうだな、セイは強いから。」


 強い、と言われてセイは嬉しそうに微笑んだ。対して、ランの顔は晴れない。


「明日。明日だけは絶対に外に出ないでくれ。セイの華麗なる出前生活は明後日から始動だ。」

「かれい?」

「素敵ってことだよ。きっとセイは人気者の配達人になれる。今だって、客席で大人気じゃないか。」

「すてき……、にんきもの……。」

「だから、な? 明日は出前でなかなか出れなくなる前に、客席にサービスするんだ。そして明後日から出前。どうだ?」

「うん、わかった! 俺、明日は客席サービスするよ!」

「おう、頼んだぞ人気者。」


 これからの華々しい生活を夢見て、セイは本当に夢の世界へ旅立った。その幸せそうな寝顔を、ランは真剣な表情で見つめていた。



 ■ ■ ■



 翌日、セイはランに言われた通り、客席に笑顔を振りまいてルーラルのアイドルと化していた。

 厨房のおばちゃんたちは基本的にセイに甘く、ランがセイの出前を認めたこともあって、客席サービスを快諾してくれた。

 客の出入りもいつも通り。空は快晴で、良い日であった。



「毎度ー。ルーラルの出前でーす!」

「おう、今日はラン坊か。」


 出前に来たのは、昨日セイが来たルーディの所だった。小さい工場で、ルーラルのお得意先でもある。


「昨日は申し訳なかったです。」

「構わねえよお、うちとしちゃ儲けたんだから。」


 ランが頭を下げると、ルーディはがははと笑った。


「ランも一端(いっぱし)の兄貴分だなあ。」

「いやー、どうっすかねぇ。あ、明日からの出前はセイが来るんで、宜しくお願いします。」

「そうかそうか。久しぶりに飴でも用意しておくかねえ。」


 顎を撫でながら遠い目をして言うルーディに、ランはかつて自分も出前に来ると飴を駄賃として貰っていたことを思い出した。


「はは、懐かしいなあ。セイも喜ぶと思いますよ。それじゃ、毎度ー。」


 料理を渡し、代金を確認したランはもう一度頭を下げると、モーターバイクに跨っていつもよりスピードを上げて帰路についた。

 今日はあまり店を離れるわけにはいかない。




 もうすぐそこがルーラル、そんな場所でランは驚愕に目を見開いた。

 店の前の空き地で、セイが女の子と遊んでいるではないか。

 ランは慌ててセイの傍までバイクを飛ばし、降りるとセイの腕を掴んだ。


「セイ! 今日は店を出るなって言っただろ!」

「ラン! ご、ごめんなさい……。久しぶりにフローラが来てくれて、みんなが遊んできて良いよって……。」


 なぜ自分が目を離した隙にこういうことが起きるのか。ランは舌打ちすると、セイの腕を引っ張って店へと向かった。


「ねえランお兄ちゃん! わたしセイと遊んでいたのよ!」


 二人の行く手を阻んだのは、可愛らしい女の子。名をフローラと言い、たしか今年十歳で、精神年齢の低いセイは丁度良い遊び相手であった。


「ごめんねフローラ。今日は遊んじゃ駄目なんだ。」


 いつも笑顔で接してくれるランが怖い顔をしていたので、フローラは口を閉ざしてしまった。その目には涙があふれ始めていたが、ランには構っている場合では無かった。とにかく、セイを店の中に入れなければ。


 ゾクッ


 その瞬間に背筋に走った悪寒に、ランは慌てて二人を背後に回し、辺りを警戒する。


「ラン……?」


 同じく悪寒を感じたのか、セイは青い顔で自分を抱きしめていた。フローラだけは、何事かと涙も止まってランを見上げている。

 ふと快晴だった空が曇り始め、北の空から黒い雲の塊がすごい速さで近づいてきた。


「遅かったか……! フローラ、セイ! 店まで走るぞ!! 急げ!!」


 ランは二人の手を取ると、引っ張って走り出した。雲は三人を追う様に流れてくる。


「きゃっ!」


 ランの足の速さについて行く事が出来なかったフローラが転んでしまった。その際に手が離れてしまい、ランは慌てて引き返すと泣きそうなフローラを抱えた。


 それが命取りだった。



「やっと見つけたよ、青鬼。」



 背後から聞こえた、低く美しい声に、ランの動きは止まった。



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