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Episode 2

家に着くと,今日のことを簡単に母親に説明をした。

 そう,とだけ呟いた母にはどこか寂しさが感じられていた。

 ミーナの保護者としてミーナより早く護衛のことを教えられていたのだが,いざ娘が発つとなるとまた,気持ちも変わってくるものなんだろう。母も心のどこかでミーナは王子に反対を押し切ることが出来るのではないか,まずこんな大層な話は嘘なんじゃないか,と期待していた。

 それでも,母はミーナが王子のため,国のために旅発つことを誇らしく思うように努めていた。

「荷物,詰めてくるから。」

 家中が静かだった。

 そんな家の静けさがミーナを苛立たせた。

「大丈夫?手伝おうか・・・・・・?」

 母の心遣いもまた,ミーナの苛立ちの一つとなった。

 ミーナには一人で出来ない事なんてないからだ。――――――いつもならそれだけのことだった。

「急に優しくなって・・・・・・。本当に,もう会えないみたいじゃない。」

 階段を上がりながら,ミーナはボソッと声をもらした。

 ミーナは王子の結婚相手の護衛なんて嫌だった。

 別に,自分の能力に自信がないわけでも,あっちに行くのが怖いわけではない。」

 理由はただ一つ。『別れ』が苦手だからだ。

 もちろん,こちら―――有能力界―――の家族や友人達との別れはとても嫌なのだが,あちら―――無能力界―――でできる新しい友人達にも,この任務が終わってこちらに戻って来るときは,別れを告げなければならないのだ。

 ミーナにとって別れはとても辛いものだった。

 何故,ここまで別れが苦手なのかはミーナにも分からない。きっと昔に何かあったのだろう。

 とにかく,ミーナは別れが嫌いだった。

 こんな風に先々のことを考えると,胸がモヤモヤして,気持ち悪かった。

 

 ドアノブに手を掛けたときだった。

「あっちに行くんだってね。ミーナ」

 ミーナの姉のヨーム・マヒュウだった。

「王子がどうしてもって,頼み込んできたから行くだけ。」

「またまた~」

「何が言いたいのよ。もう・・・・・・」

 ミーナが背中を向けたまま会話を続ける。

 声色は明るいがヨームがどんな顔をしているか位分かっている。

 ここで,私が振り返ったら,ヨームは崩れ落ちてしまうだろう。そして,私もどうしようもなくなってしまうから。と,ミーナは自分を戒めて話を続けた。

「あ。お土産。楽しみにしてるから。」

「遊びに行く訳じゃないんだからね・・・・・・・。本当にのんきな姉を持ったもんだわ。」

 ククッ,とヨームが声を出した。笑い声なのか,涙を堪えたのか分からなかった。

 ヨームだって分かっている。王子直々の任務がどんなに危険なものなのかを。必ずしも生きて帰ってくることが出来るものではない,ということを。

「それじゃ。荷造りするから。」

「おぅ!頑張ってね。・・・・・・あぁ!私も勉強しないとね。来年は就職活動が待ってるわけだし。」

 ミーナとヨームは歳の離れた姉妹だった。ヨームはそろそろ社会へとでないといけない時期に差しかかっていた。

「姉さん。今はこっちの世界も就職難なんだからね。・・・・・・私が帰ってくるまでに仕事に就いてなさいよ。」

 ミーナはそう言って自分の部屋に入った。

 バタンッ,と閉まるドアの音を聞いたヨームは涙を堪えることしかできなかった。

「分かってるよ。そんころには社長に上り詰めてるから。」

 それでも,やはり,涙はヨームの頬を伝って床に落ちてしまうのだ。 

 一概に「妹は強いから,生きて帰ってこれるから。」とは言えなかった。

 妹も信じてやれない。ヨームはそんな自分が悔しくて悔しくてたまらなかった。


「全く,何を言いに来たのやら。」

 部屋に入るといつもの通り,ミーナは強がっていた。

 すると,部屋の可愛らしいピンクの装飾とは似合わない漆黒の謎の物体に目が行った。

「ユウネ。邪魔なんだけど。」

 その謎の物体というのは,ミーナの使い魔のユウネだった。

「僕は,無能力界になんか行きたくないよ。」

 ミーナはユウネにはまだ,護衛任務のことは話していなかった。だが,ユウネはすでにそのことを知っていたことにミーナは驚かない。

 なぜなら,ミーナはユウネの能力を知っているからである。

 ミーナの使い魔のユウネは勘がいい。というより,そういう能力が備わっていた。空間雰囲気認識能力とよばれるものだった。

 ユウネは先ほどまでミーナとヨームが会話していた部屋の外の空気を読み,今,部屋に入ってきたミーナから出ている雰囲気を感じ取ったのだ。そうして得た情報から,ミーナが王子の為に無能力界に行く,ということを推理したのだ。

「我が儘言わないで。使い魔が主人と共に行動しなかったら,意味ないじゃない!ちゃんと私に仕えなさいよ!」

 ユウネは頭もよく,能力には優れているものの,極度なめんどくさがりやだった。しかも,ミーナに似たのか,こちらも途轍もないプライドの高さを持っていた。

「あぁー。やだやだ!なんで,僕みたいな生まれ持った天才があっちに行かなきゃ行けないのかな?!本当なら,僕は人の上に立って,導いていかなければならないのに!僕は命令を聞き,任務に参加するような使い魔じゃないのに!!」

「・・・・・・使い魔失格じゃないの。」

「うるさいよ!ミーナ!まず,君がそんな風な人間なのが悪いんだよ!」

「何よ・・・・・・?なんか私に文句でもあるのかしら???!!」

「あぁ!!大ありだよ!!なんで,僕が君に仕えないと行けないの?本来なら君が僕に仕えるんじゃないのかなぁ?!」

「はぁ?!なんですって?!!・・・・・・ふんっ!忘れた訳じゃないでしょうね??私が沢山の使い魔ん中からあんたを選んでやったんだからね!感謝しなさいよ!!!!」

 すると,ここまで言い争ってきたのに,ユウネが急に静かになった。

「何とか言いなさいよ!ユウネ!!!」

 ミーナがユウネのことをここまで攻めると,こうユウネは言った。

「はぁ。僕みたいな優雅な使い魔が,下等な人間となに争ってたんだろう。あぁ,もったいない時間を過ごしてしまった。」

 ユウネのその台詞はミーナの逆鱗の輪に触れた。

「あぁあぁ,すいませんでしたね・・・・・・!!!!」

 そのミーナの言葉を皮切りに,ミーナの表情はどんどん険しくなっていった。それと平行して,彼女の持つ魔力がオーラと化し,なんとも不気味な空気を作り出した。

「ミーナ,顔顔。怖いよ。そんなんじゃ,悪魔だって寄りつかないよ。」

 ミーナの毒々しいオーラは時間が経つにつれ,毒々しさを増していった。

 それでもユウネはミーナを刺激し続け,依然と薄ら笑いを浮かべていた。

 そして,ユウネが静かに言った。


「・・・・・・そろそろかな。」


 それと同時にプシューーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと音を出して,ミーナのオーラが消え去っていった。

「ふぇぇぇぇあああああ・・・・・・」

 と,ミーナは近くにあったベッドに崩れた。

「ミーナはいつもそうなんだから。魔力を使ってオーラを出して,魔力の限界になると,力がぬけてっちゃうんだからさ。おもしろいモンだよ。」

 ユウネは最初からこれを狙っていたのだ。ミーナの魔力が尽きて,なにも出来なくなることを。

「こぉの!ユウネ!!・・・・・・はぁ,疲れたよぉ・・・・・・」

「そりゃ,そうでしょ。魔力が抜けちゃったんだもの。」

 魔力というものは,体力と同じようなもので働いたり,魔法を使ったり,運動したりするとなくなってしまうのだ。逆に言うと,「体力をつける」と同じように訓練することによって「魔力をつける」こともできるのだ。

 ミーナが魔力を使い切り,激しい怒りも収まると,また家はもとの静けさを取り戻した。

 部屋の中も少しの沈黙に包まれていた。

 少ししてこの沈黙に耐えられなくなったのか,ふいにユウネが口を開いた。

「ミーナ。任務のことなんだが,君は最終的に自分から出来る,と言ったのだろう?」

 ユウネは全部お見通し―――いや,読み通しだった。

「だって,私に出来ないことなんて,ないもん。」

 ベッドに転がったまま答えた。

「もう少し,抗うこともできたんじゃないか?」

「・・・・・・そうね。強行突破的なことも出来たかもしれない。」

 いざとなったら,国民としての訴えを挙げることができた。国民第一を唱えている国なのだから。

 ミーナは続けて言った。

「でも,なんでだろうね。ここで引き下がっちゃいけない気がしたの。まぁ,自分の力を試したかっただけなのかもしれないけどね。」

 ミーナは顔が熱くなった。特に目頭が。

「ミーナ,君は別れを迎えるのが何よりも嫌なんだろう・・・・・・?」

 ユウネの優しい口調が体に沁みた。

 ミーナは今,ベッドに横になってて良かったと思った。なぜなら,涙が滴らないで済むから。

「ユウネ。ごめんなさいね。あちらに行くことになっちゃって。」

 ユウネはこれ以上なにも言わなかった。何も言わないことが慰めと思ったのかもしれない。 

 でも,どんなに慰めを貰っても,どんなに頑張っても,瞼の容量を涙は超えてしまう。シーツが涙で濡れてしまう。

 ユウネは能力を使わなくても分かってしまう。ミーナの本当の気持ちを。どんなに気高くプライドを持っていたとしても,まだ,彼女は小さな少女なのだから。

「あー・・・・・・。出発前なのに。洗濯物,増えちゃった・・・・・・アハハ・・・・・・」

 それからは,もう,次々に涙が出てきてしまった。


 




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