『第十三章 開始』
決戦前夜。アヴァロンのミッドガルドではルーナとストレアのために天界の六神が集結していた。
「さて、いよいよこのときが来ましたね」
「やっと、私の島を取り戻せるわ」
「そう簡単にいくかね」
「ダグダは彼女たちを信じられないのですか?」
「いやそうじゃねぇけど。ふたりだけというのはな」
「仕方ないですよ。私たちは被害を抑えるため結界を張る必要があるんですから」
「分かってるよ」
「もうよろしいでしょうか?そろそろ彼女たちに私たちの加護を与えたいのですが」
「ああ、いいぜ」
トナティウは頷き、離れて見ていたルーナとストレアに近づいた。
「お待たせしました。どうぞこちらに」
「「はい」」
ふたりは部屋の中央まで来て、そこで背中合わせになった。そのふたりを中心に六人が円を描くように並ぶ。
「では、始めましょう」
六人はふたりに両手を掲げる。
「我らが与えるは汝らを守る盾なり」
「我らが与えるは阻むものを打つ矛なり」
「我らは汝らの行く先を示す光なり」
「我らは汝らが帰路につくための道標なり」
「我は汝らと共にあり」
「神である我らの加護を汝らに」
床に六芒星が描かれ、中心にいるルーナとストレアが光に包まれる。
「これで大丈夫です」
「ありがとうございます」
「すごいや。力がみなぎってくる」
「今日はゆっくり休んで明日に備えてください」
「はい」
「分かりました」
ふたりは部屋をあとにした。
「さて、私も準備しますか」
「でも、“あいつ”もそろそろ動けるようになるわ」
「分かっています。下準備はほぼ完了しています。後は明日の段取りについてですが」
六人は明日に向けての準備を深夜まで行われた。
一方、ルーナとストレアは自室で作戦内容の確認をしていた。
「次にCパターンだけど」
「ふわぁ」
ルーナの言葉を遮るようにストレアが大きなあくびをした。
「ストレア、ちゃんと聞いてる?」
「大丈夫」
「じゃあ、続けるけど」
「うん」
しかし、ストレアは今にも眠りそうだった。
「はぁ。今夜はもう寝よっか。明日のためにも」
「あたしなら・・・大丈夫・・・」
「いいから。明日に響いたらまずいし」
「分かった」
ふたりは眠りについた。
作戦開始当日。最後の打ち合わせが行われていた。
「いよいよこの時が来ました」
全員がうなずく。
「時間がありませんので手短にいきます。」
「まず、ルーナさんとストレアさんがルルイエに突入します。その後、私たちが結界を張り閉じ込めます。その後はお二人にお任せします」
「はい」
「分かりました」
「では、行きましょう」
「「はい!」」
ふたりは緊張の面持ちで決戦の地に赴いた。
最後の戦いが幕を開けた。
ルルイエに着いたルーナとストレアはその光景に驚きを隠せなかった。
「なんだよ、これ」
「うそ」
目の前には異様な光景が広がっていた。
以前の姿はそこにはなく、大地を夥しい数の触手が木の根のように浸食し、それ自体が島を形成していた。そして、その中心に“それ”はいた。
「待っていたよ」
「ナイア」
「・・・・」
ナイアの姿も変っていた。髪の毛は途中から触手となっており、顔の右半分は闇に覆われそこに無数の目があった。上半身にあった無数の顔はなくなり、女性的な肉体があらわになっていた。下半身は全て触手と化し、大地に根を張っていた。
「ところで他の連中はどこだい?」
「おまえなんか、あたしたちだけで十分だ」
「ほう、言うじゃないか。でも、ふたりだけでなにができる?」
「私たちは以前よりも強くなった。だから、あなたになんて負けない!」
「生意気な口を叩くようになったじゃないか糞餓鬼ども!」
ナイアの触手がふたりを襲う。
「そんなもの」
ストレアは次々に襲いかかる触手を切り伏せていった。
「遅い」
ルーナは触手を次々に避け、隙を見つけては魔法による攻撃を仕掛けた。
「なら、これでどうだ!」
触手の先端が裂け、口となる。そして、再びふたりに襲いかかった。
「それどうした」
ストレアは触手に切り掛かるが受け止められてしまった。
「なに?!」
ストレアが困惑している間に触手がストレアの手や足に噛み付く。
「がっ!」
「ストレア!」
ルーナがストレアのもとへ行こうとするがそれを触手が遮る。
「退いて!」
ルーナが触手をなぎ払うがきりがない。
「ルーナ、あたしなら大丈夫だから」
「でも」
「他人の心配をしている暇があるのかい?」
ルーナに触手が襲いかかる。しかし、シールドを張りそれを退ける。
「この!」
ルーナは大小合わせて十二個のリングを展開、それらが触手を切断あるいはビームで打ち抜いていく。
その頃ストレアは触手から逃れていたはいいが防戦一方だった。
「くそっ!」
触手を次々と切り落としていくが攻撃の手は緩むことがない。
「いい加減あきらめなよ」
「だれが!」
ストレアは剣をもう一本出現させ二刀流に切り替える。
「そんなことしたって同じだよ」
「まだまだ」
さらに靴底に魔力の刃を形成する。
「四刀流でどうだ!」
スケートのごとく空中を滑り、触手を切り落としていく。
「その程度かい?」
攻撃が勢いを増す。
「ちっ!」
「いい加減あきらめなよ」
「だれが!」
しかし、ストレアは再び追い込まれる。
「ストレア!」
「ルーナ!」
そこへルーナが駆けつけた。
「はぁっ」
ルーナがストレアを襲う触手をなぎ払う。
「しつこいなぁ。さっさと死ねよ!」
ナイアがビームを放つ。
「くっ。このままじゃ」
「まかせて」
そう言うとルーナは上空に無数の魔法陣を展開した。
「放て!」
ルーナが叫ぶと魔法陣から魔力でできた矢が雨のように降り注いだ。
「このっ!」
ナイアは触手で自身を守った。
「ストレア、今だよ!」
「うん!」
ストレアは触手と触手の間をくぐり抜け、本体を目指す。
「なっ」
しかし、行く手を触手に塞がれる。
「甘いんだよ」
「そっちがね」
左手に持つ剣をナイアのいる方へ向ける。
「目覚めろ“レーヴァテイン”!」
剣が砕け、別の剣が姿を現した。そして、その刃が延びる。
「貫け」
「無駄だよ」
ナイアは直進してくる剣先をシールドで防いだ。
「所詮、その程度の力しかないんだ。無駄な足掻きはもうやめなよ」
「そんなの分からないだろう」
ストレアはレーヴァテインを振り上げる。するとレーヴァテインはさらに延びる。
「くらえ!」
そしてストレアはレーヴァテインを振り下ろした。
しかし、その攻撃も防がれる。
「だからさぁ」
ぐしゃ。
次の瞬間ナイアがふたつに裂けた。真ん中には巨大な槍が刺さっていた。
「私もいるわ」
ルーナはナイアがストレアの相手をしている間に攻撃の準備をしていた。
「ナイス!」
「油断しないで」
「その通りだよ」
「えっ?!」
裂かれてなおナイアは生きていた。
「この程度で僕が死ぬとでも?」
「なんで」
「アザトースとクトゥルフを吸収してるから」
「それだけじゃないよ」
裂けた身体から新たな身体が生えてきた。
「あいつ、この島のエネルギーも吸収している」
「どういうこと?」
「この島は島にあらず。これは全ての次元を繋ぐ扉なのさ」
「扉?」
「そして、ヨグ・ソトース自身」
「っ!」
「“ルナ”は気づいていたみたいだけどね」
「そうなの?」
「うん」
「さすがは“神の子”だ。普通は気づけないよ」
「確信はなかった。でも、ヨグさんはこの島の魔力を使っていることが不思議だった。それで、もしかしたらって」
「そうさ。つまり、今僕たちはあいつの腹の中にいる訳だ。まったく、おかげで僕の力も制限される」
「今までのは本気じゃないっていうのか」
「神を二体も吸収してるのに私たちがここまで戦えているのはおかしいと思ってたけど」
「あははははっ!なるほど、君は相当頭が切れるみたいだね」
「でも、そうなら倒すのは今しかない」
「それはどうかな」
ナイアは触手を使い、島を飲み始めた。
「ヨグ・ソトースも吸収する。そうすれば僕は完全になれる」
「それはどうかしら?」
ヨグ・ソトースが三人の前に現れた。
「ふたりを甘く見ない方がいいわよ」
「ふん、この状況をみてよくそんなことが言えるね」
「ヨグさん!結界は?」
「大丈夫、これは私の分身よ」
「邪魔をしに来たのかい?」
「そんなわけないじゃない。この戦いはふたりにまかせるわ」
「じゃあ、なにしに来たんだい?」
「決まってるじゃない、身体を返してもらうのよ」
そう言うとヨグ・ソトースの分身はなにもない空間に扉を出現させた。そして扉を開く。
「ついでにアザトースとクトゥルフもいただいて行こうかしら」
「なに?!」
扉に両手を入れた。
「あった、あった」
扉から出した手には三つの光る玉があった。
「完全に同化してなくてよかったわ」
「なっ!返せ」
ナイアがヨグ・ソトースの分身に触手を延ばしてくる。
「させない」
「させるか」
ルーナとストレアは触手を次々となぎ払っていく。
「十分力は吸収したでしょ?それにあんたにはアブホースがいるじゃない」
「あんな使えないやつ」
「あら、あなたの再生力はアブホースの力を応用したものでしょ」
「まあね」
「ならいいじゃない」
「そういう問題じゃないよ。いいからさっさと返せ」
「うるさいわね。ふたりとも後はまかせるわ」
そう言ってヨグ・ソトースの分身は姿を消した。
「えっ、ちょっと」
「逃がすかぁ!」
ナイアが触手を延ばす。
「このっ」
その触手をルーナが撃ち落とす。
「邪魔するなぁ!」
触手がルーナを襲う。
「くっ」
ルーナはシールドを張り、触手を防いだ。
「甘いんだよ!」
触手の何本かがシールドを貫通し、ルーナの胴体を貫通した。
「ぐっ」
「ルーナ!」
落ちるルーナをストレアが受け止める。
「ルーナ、ルーナ!」
「私なら・・大丈夫・・・・」
「でも・・・」
「私のことより・・・・はやく・・あいつを」
「・・・・・・分かった」
ストレアはナイアのもとへ向かった。
「まだ、戦える」
ルーナは傷が治癒するまでの間、ストレアの戦闘を観察することにした。
「こんのぉー!」
「ちっちょこまかと」
ストレアとナイアの戦闘は激しさを増していた。
「ヤグルシ、アイムール」
ふたつの棍棒を出現させ、ナイアに向かって投げた。
「うざいんだよ!」
ナイアはふたつの棍棒を触手で破壊した。
「くっ、きりがない」
「いい加減死になよ」
「やだね」
「なら、こっちにも考えがあるよ」
触手がストレアを拘束した。
「なにを」
「開け、次元の門」
ナイアの足下に巨大な扉が現れた。
「君を次元の彼方へ送ってあげるよ」
「ふざけるな」
扉が開く。
「さようなら」
ストレアを捕らえている触手を扉の方へ延ばす。
「ストレア!」
ルーナが触手を切り裂いた。
「ルーナ!大丈夫なの?」
「うん」
「ちっ」
「これで最後よ」
ルーナは巨大な槍を構えた。
「くらえ!」
ナイアに槍を突き刺す。
「がはっ」
槍がナイアの身体を貫通した。
「捕まえた」
「えっ?」
ナイアは槍ごとルーナを触手で捕らえた
「しまっ!」
「ルーナ!」
「君を道連れにしてやる」
ナイアは吸い込まれるように扉の方に落ちていく。
「じゃね」
ナイアの身体が半分くらい入ったところで扉が閉まり始めた。
「待て!」
ストレアはナイアの後を追って扉へ飛び込んだ。
「ルーナ!ストレア!」
ゼブルは三人あとを追いかける。
「ちょっと待ちなさいよ!」
「落ち着いてください」
「無闇に突っ込むのはやめろ」
ヨグ・ソトース、トナティウそしてダグダの三人はゼブルを取り押さえた。
「離せ!」
「行った後どうやって帰って来るつもり?」
「それは・・・・」
「私が行くから」
「なに?」
「じゃっ」
ヨグ・ソトースは閉まる寸前の扉に飛び込んだ。
「頼んだぞ」
扉が閉まり、そして消えた。