001:〈対魔班〉たち 1
志筑たちの住む小さな町から、バス、電車と乗り継いでおよそ一時間。
そこは、のどかな町とは正反対の、いわば都会であった。
県庁所在地の真ん中、本当に、県庁の所在するその地域。デパートもあれば、カラオケ、その他の量販店、何でもかんでも立ち並ぶ。広々としたメインストリートを横切る、広々とした横断的歩道を二人は歩いていた。
「あ! 次はアイスを食べましょう!」
「……」
限りなく、正反対のテンションで。
志筑は深々と溜め息を吐いた。朝ここに着いてから、朝ご飯だと言って超有名ハンバーガーショップにてハンバーガーとシェイクとフライドポテトを購入し、その場で食べたばかりなのだ。いや、それだけなら構わない。問題はこの女、先ほど美味しそうだと言って、クレープやらワッフルやらをとても楽しそうに咀嚼していたのだった。
志筑のお金で。
そう、最大の問題はそこだ。買うぶんには何も文句は言わない。が、この女、先ほどから何かと志筑に請求してくる。
それは、何故か。
(女の子の夢、とか言ってくるんだろうな……)
伊達に、少女と付き合い始めて十数年生きてない。相手の言いそうなことも予想がつく。
……が、そんなことができてもまったく嬉しくない。それが現状。
「悠希くん! 抹茶とかなら、食べられるんじゃないですか?」
横断的歩道を渡り終えると、そこは大型デパートの真下である。その、大きな入り口の前で立ち止まり、こよりはくるりと振り返った。とても楽しそうな笑顔である。
「……遠慮する」
「えー! 何でですかっ? どうしてですか!? 美味しいですよ、アイス……」
「別に、おれが食べなくても。お前だけ食べてればそれでいいだろ」
「よくないです!」
笑顔も一転、ここまでくると、怒るを通り越してかなり拗ねた顔になる。会話の流れの関係で、コロコロと表情が変わるのがこの少女だ。志筑はまた溜め息を吐き、
「おれは、腹は空いてない」
結構さらりと言ってのけた。
こよりが、一層ぶすっと顔を歪める。まあ、予想の範囲内だ。
「……じゃあ、いいです」
しかし、これは予想外だった。まさか諦めるとは思っていなかったのだ。少し哀しそうに溜め息を吐いてから、くるんと店内へ身体を向ける。
嫌な予感がした。
何故、諦めたのに店内へ向くのか。
「じゃあ……、ゲームセンターへ行きましょう! ここの七階に、新しくできたらしいですよ!」
再び、くるん。振り向いた顔は、先ほど以上の笑顔である。
にこにこ。
にこにこ、にこにこ。
にこにこ、にこにこ、にこにこ。
「……解ったよ」
はぁ、と志筑は溜め息を吐く。何かに敗北した気がしてならない、そんな瞬間であった。
「わぁい! 悠希くん、ありがとうございます!」
パン、とこよりは手を打ち鳴らした。上機嫌である。そこまで喜ばしいことだったのだろうか。よく解らない。
志筑は、珍しく先導を切る形でデパート内に踏み込んだ。ひやりとした冷気が肌を撫でる。そう言えば、もうすぐ夏かと頭の中でぼんやり考え、自らの季節感のなさに溜め息を吐く。
こよりが隣に並んだ。
「七階ですよ?」
「解ってる」
短い会話ののちに、志筑は近くにあるエスカレーターへと踏み込んだ。もちろん、上階へ向かうエスカレーターである。こよりもあとに続いた。
二階、生活品のコーナー。
三階、衣料品のコーナー。
四階、本とCDのコーナー。
五階、玩具と文具のコーナー。
六階、雑貨のコーナー。
七階、ゲームのコーナー。
到着。
エスカレーターを降りた瞬間、他のフロアよりも、このフロアの温度が一、二度高い気がした。
「悠希くんっ、早く!」
こよりは本当に上機嫌である。弾むように、アーケードゲームのコーナーへと入り込む。志筑も渋々付き合って、少女のあとを追いかけた。
格闘ゲームに、音楽ゲーム。レーシングゲームや射撃ゲームなんてものもあれば、誰が遊ぶのかもよく解らない、アニメのキャラクターのゲームもある。
適当に眺め回しただけだが、一言にアーケードと言っても様々である。様々なゲームへ集まる人々を見ながら、何がそんなに楽しいのかと首を傾げた。
(……あいつは……?)
再び辺りを見回す。一度、二度、三度。灰色の頭は見当たらない。奥へ行った可能性があるなと、仕方なく志筑も足を運ぶ。
きょろきょろと、見回しながら店内を歩く。いない。壁に突き当たったので振り返り、再び入り口へ。まだ見つからないので、どうするか、と考えたところで、アーケードのコーナーからクレーンのコーナーへと移動する、灰色の髪の後ろ姿が見えた。
(……いた)
追いかけよう、と思ったが、嫌な予感が足を止めた。クレーンゲーム。こよりの性格を考えても、嫌な予感がない方がおかしい気がする。
(……九時二十六分……)
壁の時計へと、視線を上げて溜め息。そして、結局こよりを探しに歩み出す。同じ形のクレーンゲーム本体が並ぶその中を、灰色の髪だけを探して進んだ。
(……いた)
こよりは、かなりあっさりと見つかった。じっと、恨めしそうにとある一つを眺めている。
嫌な予感、倍増。
話しかけるか、否か。本気で悩んだ。しかし、
「あ! 悠希くん!」
あちらから、こちらに話しかけてきた。
「これ! 見てくださいよ!」
見るだけじゃダメなんだろうかと、溜め息を吐きつつ志筑はその機体へ、
歩み寄って、立ち止まった。
隣では、こよりがにこにこと、何かを待っている。……この場合、気の利いた反応なのだろう、が。
「何だこれは……」
志筑には、呆れてそんな声を漏らすのが精一杯であった。機体の中には、ぬいぐるみ。クマや、イヌや、ウサギや、ネコ。そこまでは、まだいい。
カエル。
まあ、これもまだいい。
色が、すべて黒と赤の二色使い。
これは……、さすがに問題であろう。
「クマさん、可愛くないですか?」
「……」
返す言葉もない。
「悠希くん」
こよりが、にっこりと名前を呼んだ。嫌な予感が、二倍くらいの規模で現実になるのを確かに感じる。
「クマさん、取ってくれますか?」
……やっぱり。
呆れた溜め息と同時に顔がひきつるのが解る。堅い動きで頷くと、ありがとうございますっ、と最上級の笑顔が返ってきた。
どうやら、今日で一番嬉しい出来事だったらしい。
もう、溜め息すら吐く気になれずに志筑は黙って財布から硬貨を一枚取り出した。あれだけ奢ったと言うのに、まだ財布には大層な金額が入っている。これは、志筑の物欲のなさが作り出した言わば産物であった。
チャリン。金属質な音が手元で鳴った。じっと目標を眺め、ボタンの位置も確認。慎重に、ボタンを押しにかかる。
まずは左。そして、奥。
クレーンの爪が、クマの身体をがっちり掴み、そして、
がたんっ。
「わ! すごいですっ、悠希くん!!」
こよりが素早く出口から人形を取り出した。赤と黒のクマ。こよりとは、まるで正反対な色合いだ。
「これ、もらってもいいですか!?」
「おれはいらない」
「ありがとうございますっ!」
はしゃぎすぎて少し赤くなった顔が、満面の笑みで辞儀をする。深々と、よほど嬉しかったらしいなと考えて、
「時間だ。行くぞ」
思い出したように呟き、早々と歩き出した。
「えっ、ちょ、悠希くん!!」
こよりの慌てた声が聞こえる。パタパタと、足音。こちらに追いつくと、ブスッと拗ねた口調で呟く。
「何も、置いてくことないじゃないですかっ」
「時間切れだ。今から行かないと間に合わない」
「……え、もうそんな時間ですか?」
こよりは慌てて自らの携帯電話を取り出し確認し出す。白い携帯電話。桃色で、質素なストラップがついている。
「三十分……」
「少し、急いだ方がいいな……」
こよりの言葉を聞いて、志筑は素直にそう思う。
「そうですね」
こよりも首肯した。
「唯さんを待たせてはいけませんからね」
「ああ」
頷き、下りのエスカレーターに乗り込む。そこで、ようやくこよりの言葉に疑問を持った。
唯さんを待たせては――
これから会うのは、神崎唯と和泉俊樹。二人だ。そこで、敢えて『唯さんを』。さて、意味はあるのか?
(……考えるまでもない、か)
そう。考える必要は皆無であった。
俊樹は遅刻の常習犯。まあ、学校でさえそうなのだから、プライベートがそうでない可能性など、低くしか考えられなかった。
それに対して、唯は待ち合わせには早めに到着したがるタイプ。
まあ、こよりの限定も当然か、と思える。