土曜日の花嫁
三日後の土曜日、私は新横浜までもう一人の友人である百合ちゃんの結婚式に参加する。百合ちゃんは高校時代の友人は招いていないようだ。先日『ゴメン大学時代の友達の席で良いかな?』と謝ってきた。まあ彼女とは学年が違ったために、彼女の友人で私をちゃんと覚えている人がいるとは思えなかったものの、むしろその言葉に安心する。
ウェディングドレス姿の百合ちゃんはとても綺麗で、小さくて可愛らしくて、幸せそうに笑い、みんなからも祝福され、私が描くまさに理想の花嫁の姿だった。教会でみんなの前で堂々と誓いのキスをする二人を、私はなんとも切ない気持ちで見つめる。二人だけの世界という空気がそこにはあった。
元々愛されキャラの彼女だっただけに、友人知人のお祝いムードが生半可じゃなく、暖かい良い式だった。百合ちゃんの横で締まり無くヘラヘラしている新郎を見ていると若干むかついてくるものの、私も笑顔で二人の結婚式を見守る。
お色直しの為二人は退場する事になる。ドレスってやはり、動いている時が一番美しく見えるものなのだなと思いながら、私は会場をゆっくりと歩く二人の姿を見つめていた。百合ちゃんが、私の視線に気が付いたのか、ニッコリと笑い手をふってくるので、私もつい嬉しくて手を振り返す。
百合ちゃんが一つのテーブルに立ち寄り、もっていたブーケを一人の純日本美人といった感じの女の子に手渡す。その子はビックリしたようにそのブーケを受け取り、百合ちゃんを見上げてそして綺麗な瞳を潤ませる。
「新婦百合子さんから、親友へ幸せのバトンが手渡されました! 河瀬夏美さんも偶然来年の春結婚することになっております。同期として社会人の生活をスタートさせ、同じ時期に結婚をされると窺ってもります。親友だからこそ素敵な運命の連鎖が生まれたのでしょうね」
その親友という友達と百合ちゃんが何やら会話している後ろで、そういった司会者の言葉がスピーカーから響く。それを聞きながら『百合ちゃんの親友』という女性にチョット嫉妬の目で見つめてしまう。自分だけが友人であるわけではない事が分っているけれど、そういう存在と向き合っている姿をみると、百合ちゃんが少し遠くに感じた。
新郎新婦が退席していることで、その間を埋めるために二人のメモリアルムービーが流される。映画好きな二人らしく、チョットしたミニドラマ仕立てで構成されたそのムービーはなかなか面白くて、会場から笑いがクスクスと漏れる。
その上映が終わり、私は視線を会場の隅にやるとホテルの従業員がパソコンを操作しているのが見えた。なるほど今流れたムービーはそれで流したようだ。私は自分のバッグを手にそちらへそっと近づきその操作している人にそっと話しかけた。
※ ※ ※
新郎新婦の再入場を知らせる司会者の声が響く。照明が落ちて音楽が鳴り、大陽渚と百合ちゃんが入ってくる。一緒に選んだ蒼いドレスは、思わず感動してしまう程綺麗だった。濃い色を着ることで、彼女の色の白さが益々際だたせていて、笑顔がより輝いて見える。
キャンドルサービスではないようで、二人がそれぞれ違う液体テーブルの上にあるガラスの花瓶に注いでいくとボワっと発光し幻想的な光を放つ。面白い趣向だなと感心してしまう。私のテーブルに注ぎにきた月ちゃんに私はニコリと笑い『可愛いよ』と唇だけで話しかけると、百合ちゃんはニッコリわらって『ありがとう』と返してくれた。
そして正面の壇上に戻った二人は、そこにあった大きめの花瓶にその液体を注ぎキャンドルサービスに変わるイベントが終了する。
「それでは、新郎新婦をお席へお迎え致しました所で、ご来賓のみなさまより、ご祝辞を頂戴いたしたいと存じます。なお、誠に勝手ではございますが、新郎新婦は着席にてご拝聴させて頂きたいと存じます。
次に祝辞を頂きますのでは鈴木薫様でございます。新婦の高校時代の先輩でおられまして、新婦にとっては親友であり姉のような大切な存在と窺っております。鈴木様にお願い致します」
私はその案内をうけて立ち上がり、壇上に進む。
「ご紹介にあずかりました。鈴木薫と申します。両家のご家族のみなさまにも心よりお祝いを申し上げます。
わたくしは、新婦百合子さんの高校時代の先輩でして、今では大親友だと私は勝手に思っております。
大陽さん、百合ちゃん結婚おめでとうございます。
百合ちゃん、正直に言ってしまうと……。私は百合ちゃんが結婚するという事が悲しくてたまりません。百合ちゃんから結婚の話を聞いたときも、嬉しさよりもショックの方が大きかったです」
会場からチョットザワっと声が起こるけれど、私はそのままスピーチを続ける。
「自分の大切なモノを奪われるような気がしたから。私にとって百合ちゃんって親友という簡単な言葉で言い表せないくらい大切な存在なのです。
百合ちゃんは私のアリアドネ。昔自分ではどうしようもない事で悩み、親とも揉めて、全てを投げ出して逃げてしまった事があります。私自身も周りとどう接してもいいのか分からないし、周りも私をどう扱っても良いのか分からない状況だったと思います。そんな時でも百合ちゃんだけはズッと私に普通に接してくれました。私が今こうしてシッカリと鈴木薫として元気で過ごしているのは、百合ちゃんがいたからなのです」
百合ちゃんは、ビックリしたように私も見て、首をブルブルと横にふる。多分彼女の事だから『私はそんな大したことしてないし、何も出来なかった』というのだろう。でも彼女は真っ暗闇に堕ちていた私の世界を月のように照らしてくれた。
「大陽さん、私にとってそれくらい百合ちゃんって大切な存在なのです。だからこそ大切にしなかったら承知しませんから」
私は睨むように大陽渚を見つめるが、相手は此方が真剣に話しているのに、緊張感のない笑顔で頷く。でもその笑いに私も何故か笑えてくる。
「あと、こんなゴツくて、ガサつな女ですが、友達として受け入れて頂けたら嬉しいです」
ニッコリと大陽渚に笑いかける。面白そうに大陽渚は私を見て頷いてくれた。
「最後に、百合ちゃん先日懐かしい知り合いと逢いましたので、お祝いのメッセージを頂きました。最後にそれを流して私からの挨拶は終わりにさせて頂きたいと思います」
私はお辞儀してから、会場の音響担当者に目で合図を送る。先程メモリアルムービーが流されていたスクリーンに四角い光が当たる。そしてそこにヒデと清水が現れ、お辞儀する。
『結婚おめでとう~』
二人が同時にそう言葉を発し、最初に清水がニヤリと笑って話しだす。月ちゃんはその映像を見て驚いたような顔をするけれど、すぐに目を細め嬉しそうに笑う。
『今日、ヒデと薫から月ちゃんの結婚の話を聞き驚きました。あの小っちゃかった月ちゃんが結婚するなんて。
嫌、失礼。もうすっかり大人の女性になっているんだよな。
高校卒業してから逢ってないから、なんか結婚すると聞いてピンとこない。
とはいえ、ニコニコとして笑って惚けた事言っている所は変わってないんだろうな~。まだ映画の話で盛り上がりたいな!
今度、薫と一緒に会おうよ! 旦那様も連れてきて一緒に飲もう。な! お祝いにおごるよ! じゃあ、またな!』
百合ちゃんは、その言葉を聞いてクスクス笑っている。
映像の中で百合ちゃんと同じようにクスクス笑っていたヒデが、清水に『ホレ、次はお前しゃべれ!』と言われチョット戸惑った顔をする。
『百合ちゃん、結婚おめでとう!
僕は今、結婚式を無事おわらせました。部活だけでなく結婚生活でも先輩になるのかな?』
『どうでも良い事だろそんな事』と清水から突っ込まれる
『薫からも相手の方とても素敵な人だと聞いて、ホッとしています』
『素敵だとは言ってないよ』
つい言葉をはさんだ私、ヒデがクスクスと笑う。
『いやいやお前が褒めるって、そういう事だろ』
ヒデが私からレンズの方に視線を戻す。
『お互い結婚したことで、最良のパートナーを得たわけで……これからは思う存分自分の人生を歩いていけるね……。
花巻温泉は新婚旅行ってわけにはいかないと思うけど、ノンビリしたくなったら、夫婦で是非ウチの旅館にいらして下さい。
君がのんびりくつろげるような、最高のおもてなしをさせて頂きますので。
おめでとう! お幸せに』
そっと百合ちゃんを見ると、泣いていていた。大陽渚がそんな百合ちゃんにハンカチをそっと手渡す。百合ちゃんはそんな相手に泣きながらも笑顔を返す。それは元彼のメッセージに動揺し誤魔化し笑いとかではなく、素直にメッセージに感動し、隣にいる男性にその喜びを示すための笑顔。私はその二人を見て、このメッセージを見せても良かったとホッとする反面、チクリと心を痛い。私がずっと見守り続けた恋愛が完全に幕を閉じたのを感じたから。
「高校の先輩からの、心温まるメッセージでしたね。鈴木様、ありがとうございました」
その言葉に私は頭を下げて席に戻る。壇上の百合ちゃんに振りかえると『ありがとう!』と私にぺこりと頭を下げた。
私は席に戻り、赤ワインを飲んで深呼吸する。結婚式のスピーチなんてあまりしたことないし、自分のスピーチはかなり問題の多い内容だったのは分かる。ネガティブな内容に、元彼までも登場させるなんて、まず結婚式でやってはならない事だったろう。でもこういう機会でないと彼女への感謝の言葉は伝えられなかったし、ヒデと百合ちゃんの恋の結末を私自身の目で確認して納得したかった所もあるのかもしれない。
そのまま式はほのぼのとしたムードのまま進みあっという間に終宴となる。会場を出たところで新郎新婦が表で一人一人と挨拶しているようで行列が出来ている。私は急ぐ必要にないので、そのまま動かず席についたまま、宴の終わった独特なまったりとした空気と景色をワイン片手に味わっていた。
親友二人は今回の選択をまったく後悔してないようだ、それぞれのパートナーの隣で笑う。私だけが過去の二人に縋っている。二人がそれぞれ別の人と結婚することを、私は二人が間違えた選択をしようとしている事に慌てたのだと思っていたが、二人の結婚式に出席して違っていた事に気が付く。私が最も居心地の良かった二人といる世界が壊れてしまったのが嫌だっただけなのだ。
列が短くなってきたので、席を立ち一番後ろに並ぶ。表で百合ちゃんと大陽渚と二人の両親が並び招待客を見送っていた。百合ちゃんは友達と思われる人と笑いあい時には抱きしめられと対応している。そんな熱烈な祝いを受けているために、時間もかかっているようだ。ようやく私の番になり、百合ちゃんはニコニコと私を迎え、そっと小さい紅茶の入ったプレゼントを手渡す。
「薫さん今日はありがとうございました~」
そういう言葉で、ニコニコ話しかけてくる百合ちゃんが思わず可愛くて、思わず私も抱きしめてしまう。その様子を大陽渚はニコニコと見つめている。こういう事に顔を顰めて嫌がるような男じゃなくて良かった。
「今日、最高に可愛かったよ~」
百合ちゃんはその言葉に照れたように俯く。でも何かを思い出したように顔を上げる。
「あっ、薫さんに是非渡したいものが」
そう言って、カラードレスで使っていた青いブーケを私に差し出す。
「え、いいの?」
私はそう言いながら、しっかり青い可愛いブーケを受け取っていた。百合ちゃんはニッコリと頷く。
「薫さんに、受け取ってもらいたくて。でも邪魔だったらまた返してくれればいいから」
私は首を慌てて横にふる。
「ううん! 凄く嬉しい! 他でもない百合ちゃんのブーケ、凄いラッキーアイテムになりそう」
百合ちゃんは、フフフと笑う。
「でも、薫さんには、赤色のお花が似合っていたのかも」
そんな話をしていると、百合ちゃんの隣にいたお母さんが、私に頭を下げる。
「先程は素敵なスピーチありがとうございました」
私はその言葉に頭を横にふるしかない。
「お母さん、鈴木薫さん覚えていますか? 高校一年の時、風邪ひいた私を送ってくれた薫さん」
お母さんはキョトンと顔を傾げる。そりゃそうだろう前逢った時の私は学ラン着ていた。
「あの時男性でしたが、治療してこうなっています」
簡単過ぎる説明をすると、お母さんは『ああ』と納得しいたように頷く。
「まあ素敵なお嬢様になって」
ニッコリと朗らかに笑うお母さんを見て、やはり百合ちゃんの天然は、この女性の遺伝なんだなと納得する。
「コレからも娘をよろしくお願いします。仲良くしてやって下さい」
そう頭を下げられなんかホッとした。私は子供のようにその言葉に『もちろん』と元気に頷いてしまう。
親友二人の結婚で何か自分は失ってしまった気になっていたけれど。私は置いていかれたわけでも、また一人になったわけでもない。引き出物の入った大きい紙袋にもらった紅茶を入れて、私はブーケを手にホテルを出た。思ったよりも寂しくない。このブーケの効果か私もチョッピリ幸せな気分で、駅に向かって力強く歩き出す。私のヒールの音が夕焼けの街にリズムよく響いていく。
読んで頂きありがとうございました。
此方は『ゼクシィには載ってなかった事』の番外編という形をとっていますが、実はこの物語の中に出てくる登場人物は、鈴木薫、清水隆、月見里百合子は《みんな欠けている》シリーズの『アダプティッドチャイルドは荒野を目指す』の登場人物の延長として描かれています。
高校時代の三人にご興味を持たれた方は http://ncode.syosetu.com/s1345a/ の方までどうぞ。




