水曜日の花婿
友人のヒデは大学卒業後岩手に戻った事もあり、招待客の殆どが地元岩手の人であることにホッとする。私はヒデの元彼女であった百合ちゃんからの祝儀袋も一緒に受け付けに渡し、席次表を受け取る。私の席はどこかと探した時に、友人席と思われる私の座るテーブルに清水隆という懐かしい名前を見つけ、顔が引き攣る。珍しい名前ではないから同姓同名という可能性も無いことはないけれど、多分ヒデの友人であることから考えても、私の高校時代のクラスメイトである。
(どうする? 他人の振りをするか、しかし清水もこの席次表を見れば自分の隣が『鈴木薫』であることが丸わかりだろう)
悩みながら、葵と書かれたテーブルに行くと、もうその席に人が座っている。インテリっぽい洒落た眼鏡をかけたやや目つきの悪い男が座っている。高校時代に別れたときよりも大人の男になっているが、それが皮肉屋でいながら意外に情の厚い清水だというのが五メートルくらい離れた距離でもよく分かった。
どうしたものかと考えていると、会場係員が近づいてきて『席をお探しですか? お客様のお名前は?』と聞いてくるので、私は仕方がないので名前を言うと、表を見て席に案内されてしまう。
椅子を退かれ自分の席に座ると、隣に座っていた清水は此方を見て『あれ?』と首を傾げる。
清水は隣に座っている私を見て、今何を考えているのだろうか? 私は内心緊張しながら横目でその様子を伺う。
まず、どう考える? 知り合いと同姓同名の女性が来たと考える? それとも事実に気が付いて退いて他人の振りをしてくる?
ヒデと百合ちゃんは、別々に会いにいったのにまったく同じ反応をしてきた。逆に此方がリアクションに困るものだったけれど、当たり前のように私を受け入れてくれた。まあそれは二人が天然だったからというのも大きいのかもしれない。
私の方を怪訝そうにしげしげと見つめる清水に私は、ニッコリ誤魔化し笑いをして頭を下げる事しか出来なかった。
「……あ……鈴木……さん……ですよね? 同じ高校の……」
清水は、恐る恐るという感じで声をかけてくる。私は頷く。
「はい。久しぶりです。お元気そうで……」
とりあえず、普通の言葉を返しておく。どういうテンションで答えたら良いのかも分からない。
「あ……久しぶりです。って違う! お前あの鈴木だよな?」
清水は、状況をイマイチ把握できず混乱しているようだ。『えぇええ~』と頭を横にふっている。
「はい、聖徳学院で一緒の教室で色々馬鹿話を楽しんでいた鈴木薫です。……もう見て分かったと思いますが、色々あって、こうなっています」
清水は私の上から下を何度も視線を動かし、溜息をつく。
「ゴメン、驚かしたよな? ヒデから何も聞いてなかったんだ」
別に悪いことはしてないのだが、つい謝ってしまう。
清水は、皮肉な笑みを頬に浮かべ首をふる。苦笑しているのではなくて、コイツは昔からこういう笑いをするヤツだった。
「星野がお前と再会して、お前が元気だったという話は聞いていたけど、まさかこういう事とは思わなかった」
ヒデが清水も心配していたから、良かったら連絡して欲しいとか言っていたのは聞いていたものの、どのような言葉で連絡して良いものかも分からず放置したままだった事を思い出す。多分人づてでなく、説明するなら私の口からということで黙っていてくれたんだろう。ヒデはそういうヤツだ。
「悪い、お前が心配していたのもヒデから聞いていたけど、なんか怖くて連絡できなかった」
清水はフフっと笑う。
「いいよ、こうしてまた元気そうなお前と再会できたから」
ニヤリと笑って私を見てくる笑顔は、高校の時のまんまの清水だった。なんかホッとする。自分が思うよりも、人からみたら性別を変えたという事は大変ではないことなのかもしれない。
「ありがと、しかしお前は変わってないな」
「逆にお前が変わりすぎなんだよ!」
私の言葉に清水は突っ込んでくる。
「いい女になったって事?」
清水は笑う。
「なりすぎだろ、あぶね~今彼女いなかったらうっかりナンパしてた所だよ」
「でもな~面食いなんだ、私。清水はタイプじゃないからナンパされても困るよ」
昔のままのトーンで話しかけてくるので、つい昔の口調で返せる。どうもお淑やかな女性らしいしゃべりって苦手だったりする。
「俺も困る、いくら美人でも、中身があの我が儘な鈴木だとな~」
元男だからでなく、理由を性格の方で言ってくるところが、この男の優しさなんだろう。
「性格の曲がり具合は、清水と良い勝負だろ」
「俺の何処が曲がってるんだよ!」
高校時代のノリでそのままポンポン会話が出来るのがなんか嬉しかった。流石にこういう他の招待客もいる席で、GID(性同一性障害)の事などディープな話題や、新郎の元彼女の話題は出来なかったものの互いの現在の仕事の事など話が出来て楽しい時間を過ごす事が出来た。気侭なような軽い清水が今では、立派にSEとして働いていると聞くと不思議な気分にもなる。清水に言わせると気分屋の私が薬剤師している方が怖いと言われた。
ヒデの奥さんになる人も、明るいシッカリ者という感じで、旅館の若女将さんにピッタリという女性だった。隣にいるのが自分の良く知る女の子ではない事は悔やまれるものの、包容力もあり、友人をシッカリ支えていってくれそうな人なので少し安心した。来賓の冷やかしの言葉も明るくチャキチャキと返し、それをヒデが楽しそうに笑ってみている。
小柄だけど少しぽっちゃりしたその人物を見つめるヒデの穏やかな視線の中には、相手への信頼と親愛がしっかり存在している。
※ ※ ※
結婚式も終わり、人のはけたロビーにて久しぶりに三人で話す。
「星野、お前が結婚するという事自体も驚いたけど、まさかこんなサプライズを用意しているとは思わなかったよ!」
清水の言葉にクスクスの笑うヒデ。
「良かったよ、無事ソチラで再会を楽しんでもらえて、僕は今日色々忙しくて二人の仲を取り持つことができなかったから」
「取り持つって、変な表現するなよ」
清水が思いっきり顔を顰める。けれど目が笑っている。
「あ、薫! 忘れない内に先に渡しておく。悪いけど宜しく」
ヒデはお祝儀袋を私に差し出す。私はそれを恭しく受け取りバッグに入れる。
「なんだ? 薫お前も結婚するの?」
清水が不思議そうに私達の様子を見て聞いてくる。私は苦笑して首を横にふる。
「実は百合……月ちゃん今週の土曜日結婚なんだ」
ニコニコと笑いながらそう言うヒデをみて、清水が何とも言えない感じで顔を顰める。清水も私と同じようにヒデと百合ちゃんカップルを気に入っていただけに、ここで百合ちゃんの話を聞いて戸惑っているのだろう。
「同じ週に結婚って、相変わらず妙に気が合っているんだな。なのに、お前ら何で……いや、何でもない」
その言葉にヒデはただ笑っている。
「ちゃんと、責任もってお預かりします。そうだ良いもの見せて あ・げ・る」
私は、スマフォを取り出して、三ヶ月程前に撮影した写真を呼び出して見せる。百合ちゃんのウェディングドレス姿だ。それを見てヒデは少し寂しそうに笑う。
「え、コレ月ちゃん? へぇ~大人っぽくなってる! どうしてウェディングドレス姿? しかもお前がなんで持ってるの?」
「って、一緒に衣装選びしたから」
私は写真をめくりながら色ドレス姿とかも二人に見せていく。
「え? 月ちゃんの結婚相手 まさかお前?」
私は清水の言葉に苦笑し首を横にふる。
「あのさ、私今戸籍は女だから。それにレズビアンではないし」
心の性と身体の性と恋愛対象としての性の関係は難しい。性同一性障害で身体は男性で心は女性で恋愛対象は女性という人間も意外といたりする。
「彼女、小学校時代の同級生と結婚するらしい」
清水はヒデの言葉に驚いたまま言葉もないようだ。若干の想いを残している感じのヒデに、この写真を見せるのもどうかとも想ったけれど、幸せそうだった百合ちゃんをヒデに見て貰いたかった。
「ところで、相手の太陽くんの写真は?」
「いや、大陽だよ。あ、しまったあの時、ドレスに夢中で相手の大陽の写真撮るのすっかり忘れていた」
ヒデがフッと笑う。そして首を傾げるように此方を見上げてくる。
「薫から見て、どんな感じ? 太陽くん」
「お前とは正反対で、身長も馬鹿でかくて、大雑把という感じ。でも天然な所は似てるかも」
まっすぐ私を見てくるヒデが聞きたいのは、そういう事ではない事に気が付く。
「意外に大物で百合ちゃんを、シッカリ幸せにしてくれそうなそんな男だよ」
その言葉を聞いて、やっとヒデは嬉しそうに笑う。
「そか。良かった」
清水はその言葉に、困った顔をする。私と同じように高校時代二人の仲を気にして見守ってきただけに、複雑な気持ちなのだろう。
「そうだ! 清水もお祝いすれば、今からビデオ撮るから、二人から可愛い後輩の結婚にお祝いメッセージ言ってよ! 私届けるから」
私はスマフォのカメラをビデオモードにして二人に向ける。ヒデと清水は二人で顔を見合わせて笑い頷く。
チョット関係ありませんが、結婚式でビデオ撮影をするときの注意点をここでお教えします。
まず、カメラのズームは多用し退いたり迫ったりを繰り返すと見た目気持ちわるい絵になります。自分の足で近づいて撮影するほうがブレが少ない映像になります。またカメラを動かすときはゆっくりめにしましょう。
あと撮影者が気をつけないと駄目なのは、ビデオカメラって撮影者の声が一番入ります。なので、馬鹿な会話とかすべて録音されてしまいますので気をつけましょう。私の結婚式の場合、義理兄と兄の『撮影変わりますよ!』『いやいや、まだ大丈夫ですから食事してて下さい』といった譲り合いの会話がずっと入っていました。