お粗末な計画
ロビーが真夜中に隠された地下室に行くと、ネレマ伯爵令嬢ケイシーは起きていて、木製の椅子に腰掛けていた。
秘匿されたその地下室にあるのはその椅子と寝台、備え付けの小さなお手洗いに洗面所だけである。
およそ伯爵令嬢に相応しくない、悪意さえ感じる粗末で息苦しい光景であった。
「貴様! よくも……!」
ロビーは毅然としているケイシーに詰め寄ると、胸ぐらを掴んで恫喝した。
「貴様がジェニーを王宮に走らせたのか!」
ジェニーとはネレマ伯爵令嬢のケイシーに仕えていたメイドであるが、昨日から行方不明になっていた。
その行方が分かったのは今朝のことで、王宮から兵士達が大勢押し寄せて、ネレマ伯爵令嬢の所在を捜索するために伯爵邸中をひっくり返す大騒ぎをしたことで――ようやくロビー達にもおおよその想像が出来たのだった。
ジェニーに目隠しをして地下室まで連れてきていたことで、幸いにしてこの隠された地下室は見つからなかったが、運が悪ければロビーとロビーの愛する妻アンジェとロビーの娘イザベラは、仲良く絞首台に並んでいただろう。
大人の男に大喝されたのに、ケイシーは平然としていた。
「あら? 何がいけないのかしら? このネレマ伯爵家の正統な跡取りはわたくし。 平民と結婚して駆け落ちした伯父ごときが当主になれると思って?」
半年前、ネレマ伯爵夫妻が事故で亡くなった。
そのまま喪が明けたと同時にケイシーが次なるネレマ女伯爵となるところを、弟夫妻が亡くなったことを知ったロビー一家が乗り込んできたのだ。
ただ、ロビー一家はこの数ヶ月は殊勝にしていたので、ケイシーも最初は欺された。
しかしとうとう先週に本性を現したロビー一家はネレマ伯爵家を乗っ取ろうとして、ケイシーを監禁、そんな権限も無いのにケイシーに味方する召使い達を次々とクビにしていった。
唯一ロビー一家に味方するふりをして残ったジェニーは、『お嬢様』と慕うケイシーを助けるため、隙を見計らって王宮に直訴に行ったのだ。
「黙れ!」
カッとなったロビーは思わずケイシーを突き飛ばした。
ケイシーは悲鳴を上げて椅子ごと転んだ。
嫌な音がして、冷たい床の上でケイシーが動かなくなった。
血溜まりが広がっていく。
「あ……」
ロビーは我に返って、青ざめた。
流石に殺すつもりは無かったのだ。
でも。
こうなってしまっては仕方ない!
仕方ないじゃないか!
ロビーは妻のアンジェと娘のイザベラを呼んで、一緒にケイシーの体を汚れたシーツで包み、裏口から運び出した。
「パパ! やっとこのブスを殺したの!? 凄いじゃん!」
イザベラは大喜びしたし、アンジェもほくほく顔だった。
「これで私達が伯爵一家になれるのね! 夢みたいだわ!」
馬鹿!とロビーは冷静に二人に告げる。
「このネレマ伯爵家に、兵士達が明日もケイシーの捜索に来たらたまったものじゃない! おい、貧民街に捨てに行くぞ!」
ロビーは荷馬車に荷物を積み、その中にシーツで包んだケイシーの体を隠すと、貧民街まで三人して急いだ。
彼らは貧民街の人気の無い一角でケイシーの体を荷馬車から突きおとすと、後はネレマ伯爵家へとまっしぐらに帰り、ケイシーの体を包んでいたシーツも暖炉で燃やしてしまったのだった。
◆
翌日。
ケイシーの婚約者であるジェルベーア侯爵家の次男レイフがネレマ伯爵邸にやって来た。
貴族らしい容貌の、大変な美男子の登場にイザベラは目を輝かせた。
「まあまあ! これはよくぞお越し下さいました!」
そう言ってイザベラ自ら茶を入れ、彼の隣に腰掛ける。
「いきなり来たのにも関わらず、ご歓迎ありがとうございます」
柔らかくレイフが微笑んだので、イザベラだけで無くアンジェも夢中になった。
「いいえ! いいえ! 来てくださって嬉しいですわ! ですけれどケイシーは今でも行方不明なのです。 何処に行ったのか私達にも見当が付かなくて――」
ふむ。
レイフは少し頷いて、それからゆっくりと話し出した。
「私には副騎士団長の友人がいるのですが、彼から今朝の貧民街で奇妙な遺体が見つかったとの報告を受けまして」
――ロビーは全身から汗が噴き出たが、ここは誤魔化しきることにした。
だってロビー一家はもうすぐ貴族になれるのだ。
そのためならケイシー一人の犠牲くらい、仕方ないでは無いか!
「それはそれは……どのような遺体だったのですか?」
「ええ、野犬が食い散らかしたようで、酷い有様だったと。 人相も年齢も正確な所はまだ判別が付いていないそうなのですよ」
それは良かった!
ロビー達は密かにほっとした。
ケイシーには悪いが、仕方ないことなのだ。
だって彼女が生きている限り彼らは貴族になんて永遠になれない。
精々、居候なのだ。
ようやく貴族になれる好機がやって来たのにも関わらず、むざむざここで逃したら。
一生、生きている限りに後悔するだろう。
「何と……それは痛ましい」
とロビーは相づちを打っておいた。
するとレイフは呟くように言った。
「ただ、騎士団としては事故の方面で調査を進めると……おっと、これは機密ですのでくれぐれも口外なさらぬよう頼みます」
おや?
ロビーだけでなくイザベラもアンジェも怪訝そうな顔をする。
事故?
確かにケイシーの体は大した外傷なんて無かっただろうが、それにしてもただの事故で処理するものなのか?
「どうされました?」
レイフが首を傾げたので、ロビーは慌てて取り繕うように言った。
「いえ、いえ! そう仰ったからには、事故という証拠が見つかったのですね?」
「実は昨日、貧民街のある辺りでにわか雨が降ったそうで。 可哀想に足下が悪くて滑ったのが死因だろうと……」
何と言う幸運!
ロビー達は女神に感謝した。
だから血の跡が見つからなかったこともそう不自然では無かっただろうし、足を滑らせた女が事故死したということで収まったのだろう。
「可哀想ですわ、本当に……」
イザベラは目に涙を浮かべて泣き真似をした。
するとレイフは優しい声で、
「仕方の無いことだったのです、事故なのですから」
とイザベラを慰めるのだった。
◆
「さて、そろそろ私は帰りますよ」
レイフは微笑んだまま徐に席を立ち、なおも甘えようとするイザベラを丁寧に引き離した。
「これから忙しくなりますのでね」
「そ、そんな……」
イザベラは目を潤ませてレイフを見上げる。
「ねえ、レイフ様、何かご用事でもあるのですか?」
「ええ」
温和に、柔和に、彼は微笑んで頷いた。
「貴様等の粗末な計画を潰えさせ、ケイシーにこのネレマ伯爵家を返すという、とても大事な用事があるのです」
次の瞬間、怒濤の勢いで彼らのいる客間に兵士が押し入ってきて、ロビー達を捕縛したのだった。
「なっ!? 何をする!」
ロビーが怒鳴ってアンジェとイザベラが悲鳴を上げた、その時に客間に堂々と入ってきたのは、かつてクビにした召使いやジェニー達を引き連れた――死んだはずのケイシーである。
伯爵令嬢に相応しい立派なドレスを着ていたこともあって、まるで女神が神使を引き連れて降臨したようであった。
「あっ……」
ロビーが青ざめた時、アンジェとイザベラが喚いた。
「どうして生きているのよ! アンタは!」
「死体を野犬に食われたんじゃないの!?」
おほほほ。
優美に扇を取り出して笑いながら、ケイシーは告げた。
「残念ながらこの通り、まだ生きておりますのよ。 さ、今度こそ連れて行ってしかるべき処分を下してくださいな」
しかるべき処分。
貴族を殺そうとし、貴族の家を則ろうとした平民の彼らの末路は、良くて絞首台である。
「嘘だ! 嘘だ! 確かに殺したはずなのに! どうしてだ!」
ロビーは絶叫したが、口に詰め物をされて連行されていった。
◆
騒動が全て片付いてから。
ネレマ伯爵家自慢の庭園の四阿のベンチで、レイフはぐったりと寝そべっていた。
「……全く、君は何て危ないことをするんだ……」
そのレイフに膝枕をしながら、ケイシーはいつになく優しい顔をしている。
「だって仕方ないでしょう? わたくしが幽閉されていた地下室の鍵を持っていたのはロビーだけだったのだし。 あのままわたくしが幽閉されていたら、全てがロビー共の思うがままだったでしょう。 それにジェニーも血糊の用意を手伝ってくれたから、怖くなかったわ」
レイフが起き上がって、べそべそと情けなく泣き出してしまった。
表向きは完璧で冷静な貴公子なのだが、ケイシーの前だけでは実に良く泣くし良く笑う。
「だからって殺されたふりをして、死体の真似をするだなんて。 僕達がネレマ伯爵家を見張っていたから良かったものの、もしも連中に気付かれたりしていたら……」
ケイシーは呆れてしまった。
呆れたことには呆れたけれど、彼女も心から愛していたから、レイフの頬を優しくつねってお仕置きするに留めた。
「全くレイは怖がりですわね。 私は女伯爵になるのですから、このくらいやらなければいけませんわ」
「だからってさあ! 貧民街で女の死体を見つけた時の僕達の気持ちも考えてくれ……!」
「でも、あれは……正真正銘の事故死だったのでしょう?」
レイことレイフが涙を拭って、沈痛な顔をする。
「ああ、気の毒に野犬に追われたらしい女性が雨で滑って転んで、運が悪くて、それっきり……」
実は目撃者もいるのだ、とレイフは語る。
ケイシーはぎゅっと両手を胸の前で握り合わせた。
「彼女のために女神様に祈りましょう。
でも……すぐにレイは私じゃないと気付いてくれた。 本当に嬉しかったですわ」
あの夜。
荷馬車の後を追跡した兵士から連絡を受けた彼らは貧民街に急いだ。
そして最初に見つけたのが、野犬に襲われた後の彼女の酷たらしい遺体であった。
兵士達が思わず悲鳴を上げかけた時、レイフは自ら野犬を追い払って、遺体を確認したのだった。
「夜だったけれど、君かそうじゃないかくらいはすぐに分かるつもりだ。 探したら無事に見つかって。
本当にあの時は、安心したよ……」
「まあ……」
若い二人はお互いを見つめ合う。
やがて、側に控えていたジェニー達はそっと二人から目を逸らした。
ここは見ない振りをしなければ、あまりにも野暮というものだろう。




