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第三話 契約者

 戸がコンコンと叩かれ、僅かに緊張が走る。

 音は三回、一拍置いてさらに二回。老人の声が聞こえる。


「薬はいりませんかね?よく効く虫下(むしくだ)しがありますよ」


 忍びの符丁(あいことば)だ。詰めていた息をそっと吐いて立ち上がる。


「では、一つもらおうか」


 つっかえ棒を外して戸を開けると、薬売り風の格好をした男と、ほっかむりをした爺が現れた。

 ギタロウとサクジだ。



「…あの船火事で港は大騒ぎです。船から逃れた奴らの半数ほどは奉行所へと助けを求めた様子」


 床に胡座(あぐら)をかきながら、ギタロウが口を開く。

 俺よりも八つばかり年上の頼れる忍びで、普段は兄上…サダミツの下で働いているのだが、今回の任務では俺の下についてもらっている。


「残りの奴らは『どさくさ紛れに逃げ出した奴隷を探している』と言って、武器を持ったまま町中を彷徨(うろつ)いています。街道への出入り口もしっかり見張られているようです」

「我らに火をつけられたなどと言えば、蘭人のふりをした夷人だと見破られてしまうからでしょうな。…アキミツ殿、こちら調達して参りましたぞ」


 そう言って風呂敷包みを差し出した爺さんがサクジ。

 老練の忍びで、いかにも柔和そうな顔をしているが、舐めてかかれば必ず手痛い目に遭わされる曲者だ。

 風呂敷の中には女物の着物と手拭い、草鞋(わらじ)が入っている。店屋がたくさんあるため、足りないものをすぐ手に入れられるのは港町の良いところだ。


「すまんな、助かる。…ほらお前、これを着ろ」

「お前じゃなくて、アセビ!何度言ったら分かるの?」


 ぷぅっと頬を膨らませる人形…もとい、アセビ。まるで緊張感のないその態度に、思わずため息をつきたくなる。

 自分が追われる立場だって分かってるのか?こいつは。


 そう、アセビを燃えるくいん・まるがれ号に置き去りにして海に飛び込んだ俺だが、必死で人気(ひとけ)のない浜まで泳ぎ着いてみれば、そこには何とアセビの姿があったのだ。

 無邪気に「空を飛んできたわ。アキミツが楽しそうに泳いでいるから、先回りして待つ事にしたの」と言われ、俺は脱力するしかなかった。

 こいつはどう見ても厄介な存在だ。正直何も見なかった事にして逃げたかったのだが、そうは問屋が卸さなかった。


 すぐにギタロウやサクジも合流してきて、俺はアセビについて「夷人の重要な宝を奪ってきた」と説明するしかなかった。

 実際そう間違った説明でもない。船の上でアセビが見せた火の玉は凄かった。どんな優れた火遁の使い手でも、あれほどの威力の術を連発するのは無理だろう。

 …つまり、アセビは兵器としてあの船に乗せられていたのだ。タケダ国攻めに使うつもりだったのだろう。


 まあ色々と不可解な点もあるのだが、とりあえずくいん・まるがれ号襲撃自体は成功だ。積荷のほとんどを燃やす事ができ、ついでに戦利品も得た。

 後はタケダ国に戻るだけ。無事に帰って報告をするところまでが任務なのだ。

 しかし問題はアセビだ。こいつはあまりに人目を引きすぎる。何とか目立たない格好に仕立てなければ、この隠れ家から動けない。

 だからサクジとギタロウに頼み、偵察がてら着物を手に入れてもらったのだ。


「アセビ、その格好じゃまずいんだ。これを着ろ」

「良いけど、それどうやって着るの?」

「…仕方ないな…。そこに立て」

「アキミツが着せてくれるのね!」

「いいからほら、腕を伸ばせ」

「ええ!」


 きゃっきゃと喜ぶアセビ。まるで子供だ。

 着物に袖を通させ帯を巻き付けてやりながら、ギタロウ達と話を進める。


「夜中にこっそり出て行くのは難しそうか?」

「はい。かなり警戒されています」

「なら、町を出る者たちの中に紛れるしかないか。…よし、これでいいな」


 呟きながら帯を締め、襟元を整えた。続いて、懐から櫛を取り出す。


「ほら、座って後ろを向け。髪を整えてやる」

「本当!?ちゃんと可愛くして!」

「あのなあ…。そうじゃない、ちゃんと正座をしろ、セイザだ。教えただろう。…おいサクジ、ギタロウ、生温い目で見るな!こいつの髪は目立つからまとめようとしてるだけだ!」


 ギタロウがごほんと咳払いをし、サクジが「分かっておりますとも」と頷く。


「船を燃やしたあの炎は儂も見ておりました。それに、この化生(けしょう)の如き妖しき美貌。無邪気に振る舞っていても、この娘が只者ではない事は十二分に承知しております。何としても連れ帰らねば」

「俺が囮をやりましょう。騒ぎを起こして役人や夷人どもの気を引くので、その隙に町の外へ」

「…すまない。頼む」


 危険な囮役を買って出たギタロウに、少しばかり申し訳なく思う。

 だが今は他に(すべ)がない。ギタロウならば上手くやってくれるだろう。


「では、出発は明朝だな」

「はい」


 皆で頷き合ったところで、アセビがことりと首を傾げた。


「アキミツ、作戦は決まった?ここから逃げるんでしょ?」

「ああ、明日の朝だ。今日はこのままここで休む」

「ふぅん。そう。アセビはアキミツと一緒よね?」

「そうだ。大人しくついてくるんだぞ」

「分かってるわ。あいつらに見つかったら面倒だものね」


 俺達の言葉は分からないはずだが、ちゃんと状況は理解していたらしい。賢いんだかそうじゃないんだか…。

 何にせよ、素直に従ってくれるようで助かる。




 翌朝支度を整え、俺とアセビ、サクジで町の出口へと向かった。囮役のギタロウだけ別行動だ。

 まだ早い時間だが、門の前は混雑していて行列ができている。とりあえず後ろに並ぶと、すぐ前にいる商人らしき男達の会話が耳に入った。


「どうやら、昨日あの大船に火をつけた犯人を探してるみたいだねえ」

「そうなのかい?逃げ出した奴隷を探してるんじゃあ?」

「町中にもたくさん蘭人がいただろう。たかが奴隷をあれほど血眼(ちまなこ)で追うものかね」

「ははあ、なるほどねえ…そいつは物騒な話だ」


 なかなか鋭い町人もいるもんだと思っていると、隣のアセビがくいくいと袖を引いた。

 髪は結い上げて手拭いで隠し、白い肌は泥で汚してあるが、やはり近くで見るとヤマトの民ではないとひと目で分かる。


「ねえ、アキミツ」

「何だ。手短に言え」


 小声とは言え、夷人の言葉だ。誰かに聞き咎められたらまずい。

 少しだけ屈み込んでやると、アセビがコソッと耳打ちをしてきた。


「門の横にいる、背の高いアイツ。昨日の奴よ」

「昨日の…?」


 そっと前を窺い、思わずぎょっとする。

 やけに背の高い役人。傘を被って誤魔化しているがよく見ると金髪がはみ出ている。

 …昨日、アセビに踏んづけられていた若い夷人だ。



 後ろの方で馬のいななきが聴こえた。そして女の悲鳴。


「あ、暴れ馬だ!!」

「きゃああああっ…!!」

「こっちに来るぞ!!」


 ギタロウだ。作戦通り騒ぎを起こしてくれたらしい。

 あの夷人は俺とアセビの顔を知っている。この隙に強引に突破し、逃げ切るしかない!


「走るぞ!!」


 返事も聞かずに地を蹴ると、サクジもアセビも瞬時に反応して付いて来る。

 身を低くして商人や旅人たちの脇を駆け、門兵が構えた槍の間をすり抜けようとした、その瞬間。


「…止まれ!!」


 振り下ろされた刃を、小刀で辛うじて受け止めた。

 あの金髪の夷人だ。止まれと言いながら問答無用で斬りつけてきやがった。

 思わず睨みつけた俺の顔を見下ろし、金髪男が憎々しげに顔を歪める。


「貴様…昨日の盗っ人だな!!」

「アキミツ!!」


 不意に影が差し、咄嗟に飛び退(すさ)る。

 凄まじい轟音。跳び上がったアセビが金髪男に思い切り踵を叩き付けたのだ。なんて威力だ、地面がすっかり(えぐ)れている。

 だが、今度はしっかり避けたらしく金髪男は無傷だ。油断なく剣を構え直している。


「やはり、お前が()()の契約者になったのか…!一体どうやって封印を破った!?」

「封印?何の事だ?」

「とぼけるなっ!それは私が閣下から託された重要兵器だぞ、返してもらう…!!」


 やはりこいつがアセビの持ち主だったのか。どうやら相当頭に来ている様子だ。

 アセビがフフンと鼻で笑う。


「バーーカ!!アセビの契約者はアキミツよ、もう決まったの。アセビはね、お前みたいな臭い男は願い下げ!!」

「なっ…!!」


 金髪男がかっと顔を赤くし、俺は思わず吹き出してしまった。

 この男は俺とそう変わらない歳のようだし、顔立ちからして祖国じゃきっと女からもてるんだろう。

 しかし、夷人の体臭はきついというのはヤマトでは有名な話なのだ。


「ふ、船では水は貴重なのだ!!シャワーを浴びられないのだから仕方ないだろう!!」

「知らないわよ、とにかくお前は臭くてキライ。アキミツが殺すなって言うから見逃してやったのよ。アセビはアキミツのものだから、これ以上追いかけて来ないで」

「ぐっ…、人工精霊(フィルギア)のくせに貴様…!!」


 アセビは舌を出してあかんべえをしている。取り付く島もないとはこの事だ。同じ男として同情しなくもないが、正直に言えば痛快だ。

 サクジにそっと目配せをしてから、金髪男に嘲笑を浴びせかける。


「悪いがお前は振られたんだよ。さっさと国に帰って、おふくろさん(ままん)に慰めてもらいな」

「きっさまぁっ…、ぐぁっ!??」


 激昂しかけた男の顔面に、サクジが投げつけた目潰しが炸裂した。

 続けざまに煙玉を投げつける。


「行くぞ!」

「うん!」


 煙が立ち込める中、再び三人で走り出す。恐らく、少し遅れてギタロウも追ってくるだろう。

 後ろから金髪男の大声が聞こえる。


「我が名はカイン!!覚えておけアキミツ、私は必ず()()を取り戻す…!!」


 くそ、アセビが連呼していたおかげですっかり俺の名前を覚えられちまっている。

 やっぱりとんだ疫病神だと思いながら横目で見ると、アセビはニィッと笑い返してきた。

 …全く。走りながらじゃなきゃ、ため息をつけたのに。

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