第二話 白い少女人形
「う、動い…喋っ…」
「お前は誰かと訊いてるの」
驚愕して固まる俺に、白い少女の姿をした人形はピシャリと言った。
人形。動いて喋っているが、間違いなく人形だ。
だってひどく違和感がある。どこがどうとは言えないが、これは人ではないと強く感じる。
「…俺は、アキミツ・ハチスカ」
「ふぅん。アキミツ。それで、ここはどこ?」
「くいん・まるがれ号。夷人の船だ」
「くい…クイーン・マルガレーテ?お前、発音が下手ね」
「悪かったな。夷人の言葉は使い慣れてないんだ」
この人形が喋っているのは夷人の言葉だ。夷人の荷物なんだから当然だろうが。
「アキミツは別の国の人間ってこと?どこの国?」
「ヤマトのタケダ国」
つい正直に答えてしまい、すぐに後悔する。こいつに教えるのはまずかったかも知れない。
さっきだって偽名を言えば良かったのに、つい反射的に本名を名乗ってしまった。
「ここ、タケダ国の海なの?」
「いや、違う。タケダの隣、イマガワ国の港だ」
これは嘘をついても意味がない情報なので普通に教える。
人形は「ふぅん…」と少し考え込む素振りをした。
…わずかに瞳を伏せるその顔は、いかにも作り物めいて見える。あまりに美しすぎるせいだろうか。
白い髪に桜色の頬。大きな目と、小さな唇。
女になりきっていない、未成熟な少女の可憐さを残している。
「…夷人…この船の持ち主は、もしかしてアキミツの敵?」
「えっ!?そ、そうだが…」
…だから、何で正直に答えてるんだ俺は!!
自分で自分に怒鳴りたくなる。さっきからどうにもおかしい。何で俺はこんなにぼうっとしてるんだ?まさか、こいつに妖術でも掛けられているのか?
焦る俺をよそに、白い少女人形は二イッと笑った。
「ねえアキミツ、私に名前を付けて。この船の…夷人の匂いは気に入らないの。私、アキミツがいいわ」
「は?名前?俺が?なんで?」
「いいじゃない。…大丈夫、悪いようにはしないわ」
物凄く楽しそうに、人形は笑っている。美しく笑っている。
瞳の赤は深く深く、奥がまるで見えない。長く白い髪はゆらゆらと揺れて、まるで酔っているかのようだ。
ふと一つの光景が頭に浮かぶ。
里の外れに生えている小さな木。馬酔木。その実を食べれば、大きな馬ですら酔ったように足元が定まらなくなる、毒の木。
…だけど、春にはとても可憐な白い花を咲かせる。
「……、アセビ」
「アセビ。私はアセビ。そう、悪くない響きだわ」
突然足元が光り出し、ぎょっとする。魔法陣と呼ばれる妖術の模様だ。
咄嗟に飛び退こうとしたが、部屋が狭すぎて出来なかった。まずい。だが廊下は危険だ。誰に見られるか分からない。
少女の人形が目を大きく見開いた。白い髪がぶわっと舞い上がり、その額に真っ赤な石が貼り付いている事に気付く。いや、嵌め込まれているのか?
「…我が名はアセビ。アキミツ・ハチスカによって名付けられし人工精霊。名は魂、魂はここに」
人形の指が、俺の左胸…心臓の部分に触れる。
「…この名を以て、契約と為す」
「……!?」
視界を埋め尽くすほどの真っ白な光。だがそれは、一瞬で収まった。
思わず周囲を見回すが、室内に異常は見当たらない。さっきまでと何一つ変化はない…、いや。
ふと視界をかすめた自分の右手。その甲には、奇妙な紋様が浮かんでいる。
「…な、何だこれ!?呪いか!?」
「違うわ、契約って言ったでしょ。アキミツは今、アセビの契約者になったの。…つまりこれからは、アセビを好きなように使えるってこと」
「は!??」
妖艶な微笑に、思わず顔が熱くなる。
待て、落ち着けアキミツ。落ち着いて考えるんだ。いや、落ち着いたってやっぱり意味がわからない。契約者って何だ?
ひどく混乱したその瞬間、部屋の扉が乱暴に開けられた。
「…そこにいるのは誰だ!!」
細い剣を構えながら飛び込んできたのは、金髪の若い夷人だ。
しまった。このおかしな人形とのんきに話なんかしていたせいで、見つかってしまった…!
腰に差した小刀を引き抜く前に、白い影が走る。
「えいっ」
緊張感のない軽い掛け声。
気が付いたら、金髪の夷人は床に倒れている。…それどころか、人形に片足で踏まれている。
恐ろしい速度の手刀。俺でなきゃ見逃していただろう。まるで熟練の忍びみたいな動きだった。
人形がことりと首を傾げる。
「ねえアキミツ、こいつは殺す?」
「やめろ、バカ、お前、やめろ!」
大慌てで止めると、人形はぷぅっと頬を膨らませた。
「アセビ!アキミツが付けた名前でしょ、ちゃんと呼んで!」
「やめろ、アセビ!殺さなくていい!」
「ふぅん。良いけど、何で?」
問い返されて、ぐっと言葉に詰まる。
…この男は敵だ。俺達の国を侵略しようとしてる夷人だ。そう、分かってはいるが。
「…俺達の目的は、この船の積荷を燃やすことだ。こいつらには本国に逃げ帰ってもらって、タケダ国は一筋縄じゃ行かないって宣伝してもらわなきゃならない」
「そう。分かった。殺さないように燃やせば良いのね?…ん、良いじゃない、これだけ大きい船なら燃やし甲斐があるもの!」
アセビはニィッと笑った。
奇妙で、作り物めいていて、それでいて楽しそうな…美しい笑み。
「夜じゃないのが残念だけど。でも、太陽に負けないくらい明るく燃やせばいいわよね!」
「えっ、あっ…」
止める間もなくアセビは扉から飛び出して行き、直後に凄まじい爆発音がした。
「…嘘だろおい!??」
「アハハハハハハッ!!」
遠ざかる甲高い笑い声を追って必死で走る。
途中で「なんだ!?」と顔を出した夷人どもをぶん殴り、ぶっ飛ばし、更に走る。全くもって訳が分からないが、兎に角、やばい事が起こっている。
梯子を駆け上がると、青空に浮かぶ白い人影が見えた。
「アハハッ!!アハハハハ!!」
爆発音は、アセビが手から放っている赤い火の玉によるものだ。次々に船体にぶつかり、爆発しては炎を上げている。どんな妖術なのか、まるで油でも撒いたかのような激しい炎だ。
ギタロウ達が仕掛けた火薬もあるはずだし、あっという間にこの船は炎に包まれるだろう。
「敵襲!!敵襲だ!!」
夷人どもが甲板に飛び出してくる。やばい。
細かい事を考えるのは後だ。今はとにかく逃げよう。
懐から出した花火の筒に火をつけ、空に向かって放り投げる。ぴいひょろろと笛のような高い音を立て、筒は空中で爆発した。白い煙が立ち上る。
撤退の合図だ。既に炎が上がっているからあまり意味はないだろうが、念の為。
…頼むから皆、無事に逃げてくれよ。
「アハハハハ、みんな走り回って蟻みたい!!どんどん海に落ちてくよ!!楽しいねぇ、アキミツ!!!」
…悪いが、その蟻のうちの一匹は俺だよ。
心の中でおかしな人形に別れを告げつつ、炎に背を向け海へと飛び込む。
上から見えないよう深く潜りながら、俺は親父殿への言い訳を必死で考えていた。




