2日目①
「あれ、堺じゃん。そっちもカップ麺?」
「なんか考え事してたら寝れなくてさ、隣いい?」
「いいけど」
堕落した性格が、こうもよく働くとは思いもせず嬉しさのあまり口で被った手でもその喜びは隠しきれなそうだ。
「東北って初めて来たけど、雪の量おかしすぎるだろ」
「わかる、私も東北初めてだから正直体慣れしてないよね」
「あれ、彰くん雪国出身じゃないの?」
「滋賀だけど、琵琶湖のあるとこ」
「てっきり富山かと、」
英単語に関して、なんとも反芻しても覚えられないのにも関わらず、こういった世間で何一つ役に立たない個人情報を1度で覚えられる私の脳はあまりにも都合がよすぎる。
「水泳やってたんでしょ、てっきり慣れてるかと」
「寒さのベクトルが違ぇって、」
「それもそう、だよね。」
そこで会話は途切れ、面をすする音だけがロフトで響き渡る。まだまだ聞きたいことはあるにもかかわらず、それを聞くことはできなかった。ただただ沈黙の空間だけが続いていく。
「清水ってさ」
「なんで水泳の道行かなかったの、それだけ体格良ければ」
私もほかの女子に比べれば高い部類ではあるにもかかわらず、それでもその体格は頭1つ違うし、肩幅も周りの人と比べても比較に並ばないほど広い。
「んー…やっててなんか違うなぁって」
「俺さ、高校推薦で入ったんだよ、地元のクラブチームだと負け無しだったのに、いざ入っては上から40番目とかでさ。1年目はコロナで大会も出れなくて、それでも必死に体力つけて、何とかタイムで3番まで入ったのに国体にすら呼ばれなくって。やーめたって」
「だとしてもそれで美大って、」
とはいえ、八王子美術大学は私立美大の中で最高峰であり、生半可で受けたところでかすりもしないのは、現役の頃の私が身をもって感じていた。これもある種の才能というものだろうか。
「元々絵は描いてたから、何が得意かなぁってやってたら彫刻かなぁって、今全然違うことしてるけど」
「何してるの?」
「フィギュア造形」
「へぇ〜意外、にしてもどうして」
私が聞くと、彼は少し照れたように笑った。
「小学校の授業で粘土で恐竜作ってさ、それからかな、なんか自分で形作るのが楽しくて。自分の好きなキャラを立体にしたらもっと好きになれる気がしてさ。」
その言葉に、ゲームや音楽だけじゃない、清水くんの別の顔が見えた気がした。カップ麺の汁を口の中に流し込み、清水くんはゴミ箱の方へと向かって投げ捨てた。
「んじゃ、堺も早く寝ろよ〜おやすみ」
「おやすみ、彰くん。またあした」
舌に絡みつくそのシーフードの味は、清水くんが離れた途端に塩辛い味が喉元を通った。
やはり早起きは慣れないもので、それでも重い体を起こして洗面台の上で横一列に相部屋の子と歯磨きをしている。美大生である私たちを7時に起こそうなんて、これが雪像大会だから良かったものの、授業であればどれだけの人間が単位を落としていたかと考えると震えが止まらない。
「チェーンソー使えればいいのに」
「え!前は使えたの?」
「え、うん。今回は厳正にルールに乗っ取るらしい。」
「終わるわけないって」
2日目に入るものの、思いのほか周りは進んでいない。人数も前年度の5人から4人に変更になり、道具も前と比べれば限られていることがその原因のひとつだろう。
「チェーンソー、使えるといいね。」
「ほんとそれな」
軽い愚痴を零しながら、2階の食堂へと向かった。朝7時、食堂が開く時間帯に前に並んで配膳皿を取る。朝ということもあり、あまり重い料理は入っておらず、魚やサラダ、納豆パックに添えものといい並ぶ料理は健康そのものだった。先に5人で座り、私は一番端で1人追いやられている様な形だ。そこに寝癖のついた清水くん達と、美咲の部屋の子達が次々と横一列の席に座っていく。
「そういえば堺さぁ、部屋の鍵挿しっぱだったって」
「管理するのまりりんなんだから気をつけてねー」
そう言われて、美咲から部屋の鍵が渡される。スマホを見てみると、清水くんから
『鍵挿しっぱだったから、藤原に渡しといた』
と8分前にメッセージが残っていた。
『本当にありがとう』
会話をしながら、LINEでピコンと清水くんにメッセージを送る。机に置かれた清水くんのスマホが光って、メッセージを見てスマホをいじり始めると、それに対しての返事が帰ってきた。その絵文字は食事中に送るべきではない絵文字だった。今までの会話でなんの脈絡もなく送られてきたものだから、なにか私を図っているのだろうか、その絵文字を送った意図を考えてしまう。関連から紫のパンツを履いたブタのスタンプを送ったが、これは正解だったのだろうか。目の前で彼がスマホを見て、なんとも分からぬ顔でスマホをしまった。やはり清水くんは何を考えているのか分からない。