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果てなき君主  作者: YODAY
2/2

当主の返還

それは何の前触れも無く起こった。

県境の山の巡回も終わり、隊員各々が番を変わろうとしていた時、硬い鐘の音が敷地内に響いた。

その間隔は最大の緊急事態を告げるものであり、聞いたもの全員の思考を一瞬停止させた。


ドタドタドタッ___


「何が起こったのだっ!敵襲か!?」

「謀反です!士衆共が正門に集まってます!」

「何故!?そんな前触れなど無かっただろうが!」


廊下を歩きながら隊長が知らせを持ってきた隊員に怒鳴る。その隊員に何の責も無いがあまりに急な事態に声を荒げずにはいられない。よりによってあの女が居ないときにッ……。


「これは計画されたものではないようです。士衆どもは『若が御帰還なされた』といっています」

「若が!?何故今更帰ってきたのだ!彼奴等の主君は良明様だろう!」


若、炎真(ほむらまこと)が帰ってきたとなれば限りなく最悪の事態だ。今の炎家の体たらくを見てあの冷徹な男が許すはずがない。そして良明様へと与した私は首が飛ぶだろう。クソが!あともう少しだったのに!


「総隊長がいない今統率権は私にある!全隊員を正門に向かわせろ!『若が帰還したのは嘘だ』と言っておけ!」

「しかしもし若の御帰還が本当ならかなりの隊が動きません」

「だから真偽がつかぬ内に鎮圧する!私の隊を集めろ、もし若がいたら……捕縛する、我々だけで、そう伝えとけ」

「はっ」


隊員が離れていくのを背で感じながら、隊長は()()()()にも声をかける。


「聞いてただろう、あの方に伝えろ、行け」

「……」


僅かな気配の揺れも起こらなかったが確かにそこから一名が離れた。

もしこれで計画が狂うのならお終いだ、逃げても死が確定するし、どうせ逃げられない。

計画の狂いを修正する為に隊長は足を速めた。



◇◆◇◆



「逃すわけないだろう」

「当たり前で御座います」


一流の死縷々士が認知できる範囲の更に外側の炎家本邸上空に真と親衛隊総長が浮かんでいた。

無感情な眼で下の騒ぎを見下ろす真の横には一人の隠密が浮かんでいた。尤も自力ではなく宙から突き出た鬼の手に五体を掴まれ浮かんでいるのだが。

本邸から気配と妖気を消してどこかへ行こうとしていたので捕まえた次第である。


「此奴は後で尋問する、後で連れて来い」

「御意」


何処に行こうとしていたのかは検討が付くが、生きて帰すつもりはない。

それより下の動きが気になる、中の連中はどう動くのか。それに気付いた総長がそれとなく聞いた。


「門前の士衆と合流しますか?」

(いや)、俺は直接屋敷に入る」

「!……僭越ながら何故…?」


予想外の返答に総長が数瞬固まる。おや、殆ど見ない驚く顔が観れるとは。


「お前も変わったなあ、俺に疑問を投じる事などなかったのに」

「申し訳ありません、以前の若とは違う選択だと思いまして」


まあ事実だ。俺が士衆に合流すれば済むことだ。それだけで正当性が勝り、相手方も攻撃する理由がないのだから。炎真というイレギュラーを排除し得る手段が無い事の下手人は九割九分積んでいるのだ。

以前の俺であれば確実である方法を採っていただろう。ただ、


「つまらん理由だよ、お前と同様俺も変わっただけだァ」


今は享楽的なだけだ。



◇◆◇◆


現存在の最大の生産性と最大の享楽とを、収穫するための秘密は、危機に生きるということである。


◇◆◇◆



いつ以来かも忘れた屋敷の中を歩く。実際は数年しか経っていないのだが、()では時間という概念が無い。数週間のようであったような気もするし、数千年は経っていると感じる。どちらにせよ懐かしさを起こすには違いなかった。やはり住みやすい、俺にとってのまほろばはここなのか。

そんなことを思い廊下を歩いていると枝分かれ道の奥から数人の焦った足音が近いてくる。


「な、貴方は」


ハズレだ、二の句を告げないよう喉を一文字に斬る。返す刀ですぐ後ろにいた親衛隊の上半身を脇腹から()()。舞う血飛沫の量に圧倒されつつも敵襲に気付いた二名が規則通りに動き出す。前一人はすでに抜刀し血飛沫に隠れ一閃、最後尾の一人は咥えていた短笛を吹く。

しかし音が鳴ることはなかった。故障かと思った隊員がもう一度吹いても鳴らない。否、空気を送れない。

気付けば墨汁のような瞳の青年と向かい合っていた。待て、それにしてはおかしい。青年以外全て上下反転している。この青年の術か。

しかしそれ以上の思考は許されなかった。


抜刀と共に喉に一閃、返す刀で胴体に一閃、血飛沫を目隠しに壁を蹴り空中逆さの状態で身を捻りながら、一回転する形で二人同時に首を一閃。邂逅から制圧までの約四秒間であった。



(俺が出奔する以前からいた隊員なら俺を見誤らず、"貴方"とは呼ばない)


自分が知らないただの新参の隊員の可能性も考え一言目を待ったがその必要は無かった。やはり何処かから派遣されてきたであろう者達。


このまま目的地へ向かうかと思い踏み出すと、前から足音がした。曲がり角から麻色の髪の隊員と数人の隊員が出てくる。


「ッ!若様!?」

「しずか……」


良かった、見知った顔だ。しずらの表情に喜色と涙が弾ける。


「ええ、若様のしずでございます。本当にご帰還なさったのですね!!」

「話は後だ。しず、お前が本邸警備長であることに変わりないか?」


抱きつこうとするしずの顔を手で押さえ尋ねる。


「いえ……恥ずかしながら代理が実権を握ってすぐに何処からか士衆がやって来て警備を任せると言い解任されました。抗議を申し入れたのですが御屋形様が許可なされたとのことでしたので……。」


予想以上の事に溜息が出る。ここまで耄碌されているなら実権を返還するか迷う。


「すまない、俺がいないばかりに……」

「謝らないでください!若様に再び相見えたことは望外の喜びです!我ら一同若様に従います!!」


しかしここでしずに会えたのは幸運だ、事態がより早く終息する。


「では今すぐ俺側の親衛隊を纏めて反逆分子を捕縛しろ。抵抗するなら殺しても構わん」

「心得ました!若は何処に?」

「良明の所に行く」

「なるほど、代理の近くの隊員は全て代理が連れてきた者達です。ご遠慮なさらず」

「分かった、後は任せた」


そのまま本邸の中心へ向かう。


◇◆◇◆


本邸の中心には一つしかない、寝殿だ。良明はそこに居る。


(すえた臭いがする)


汗の臭い、それも一人でないほど濃い。そして僅かな興奮の臭い。

以前から権力欲と支配欲などの俗欲に塗れていた小物だ。代理になったらこうなるのも不思議ではない。

騒ぎの最中も盛っている獣を生かす理由は無くなったが。


襖の前に座す隊員二名の首が転がる。そのまま襖を切り捨てた。


「良明殿……ご健勝のようですな」

「誰だ勝手に私の部屋に入ってくるやつは!!殺すぞ!!」


中には肌着の良明と、女数名。問題にならん。

武器を手に取ろうとした者を切り飛ばし、良明以外の首を刎ねる。いきなりの事態に呆然とする良明の髪を掴む。


「ここはお前ごときの為の部屋ではない、死にたいのか?」

「ひっ、な、なんなんだ貴様は……」

「俺を忘れるとは随分腑抜けたようだな、猿かお前は?」


丸々と太った良明の目を覗き込むとその奥が恐怖に歪んだ。


「真殿!?」

「遅いわ愚図」


そのまま柱に叩きつける。


「な……ぜ……」

「俺が生きていると何故考えなかった?お前の中の俺はそんな怖くなかったのか?」


うずくまる良明の首を掴む。


「お…お待ちくだされ、元後継者といっても……これは簒奪行為……代理の私に利があります。だから」

「知るか」


喉が締まりながらも弁明をする良明を庭に全力で振り投げる。30m程飛んで木に背からぶつかった。

寝殿から降りて近づきながら言う。


「お前の記憶では俺は道理で抑えられる程弱かったか?ん?」


既に理屈(ルール)に縛られていない純粋な暴力が目の前にあることが分かり絶望の表情を浮かべる。


「非才の身でありながら、ここまで欲に塗れる姿は醜いこと仕方なし。俺が弔おう」

「だ……だずげ」


這いずって少しでも距離を稼ごうとする蛆虫の右脚を踏み折る。


「お前は領分を弁えていたらもう少し長生きできたのだ」


絶叫をよそに左脚を腿から踏み潰す。ブチンとなって骨ごと潰れた。


「代理の本分さえ忘れ、親衛隊を妾と勘違いし、父母の思い出の場所を怪我した」


呻く屑の左手を切り飛ばす。


「我が主家にすら無礼千万を働き炎家を貶めた」


せめてもの抵抗に右手を隠す生き汚い愚物から素手で引きちぎる。


「お前は炎家の汚点だ」


痙攣する背骨を踏み砕く。そのまま髪を掴んで持ち上げ、顔を右手で掴み吊るした。


「受け答えを間違えればお前を()()()、間違えるなよ?」


顔の上半分は手で覆われ表情が見えないが、真意は伝わったようだ。


「…たしは、おのれの…うぶんをわす……むらけにどろを、ぬ……ぐぶつで…す。どうか…むしらしくみ……に死なせてくだ……」


所々怪しかったが、愚物にしては察しが良い。おまけしてやろう。


「そうか……酷く悲しいがさよならだ。餞別だ、右脚はくれてやる、あの世で大事にしとけ」


ゴキゴキという音と共に頭が潰れていく。そのまま冥丸の中に放り込んだ。

これで御家騒動は落着、後は残党処理だけだ。

やはり愚図は処分するに限る。


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