東の魔術師
10分も歩くと、青い霧に包まれて前が見えなくなっていた。私は防御魔術が付与されているローブを頭から被ると、コンパスを頼りに森の奥へと進んだ。1時間も歩くと、目の前が開けて小さな小屋が現れた。すぐそばには小川も流れている。
(小屋の中に誰かいる……)
私はローブの前を合わせると、窓から中を覗き込もうと思って、小屋の入り口の反対側へ回った。
────バンッ。
覗く前に開いた窓からは、見慣れた顔が私を見下ろしていた。
「ガルシア先生?!」
「とりあえず、中に入ったらどうだ? そんな格好じゃ風邪ひくぞ」
ローブの中に着ていた衣服は、青い霧によって全て溶けていた。
(小説とは全然違うわ──これじゃ、ポルノ小説じゃない)
何が何だか分からずに、心の奥底で悪態をついた私は、部屋に入る前に盛大なクシャミをしたのだった。
*****
私は先生から洋服を借りて部屋で着替えさせてもらうと、リビングで温かい紅茶を淹れてもらっていた。
「ガルシア先生、なぜ東の魔術師の家にいるのか、お伺いしても?」
「何故って──そりゃあ、招かざる客が来たから、とりあえず空間転移魔術で来てみたのさ」
「では、やはり東の魔術師というのは……」
「私だ」
私は出された紅茶を一口飲むと、溜め息をついた。
「先生、なぜマルクス陛下に呪いなんてものを掛けたのですか? 先生は結界の外側に、興味なんて無かったですよね?」
「そりゃ、まあ、あれだよ。可愛い弟子を傷つけた奴らを放っておけなかっただけさ。ああいう連中は、一度痛い目見ないと、反省すらしないだろうから」
「やりすぎです!! 先生──しかも、マルクス陛下は関係ないじゃないですか」
「関係なくは、なかろう? あいつの父親のせいじゃないか。あいつ以外に、罪を償える奴はいないと思ったんだ」
「やっぱり、私の為なんですね……。もう時効ですよ、先生」
「お前の心の傷は癒えたのか?」
「え?」
「裏切られた挙げ句、婚約破棄された少女の心の傷は癒えたのかと聞いている。誰かのせいにしたっていいんだ。そんな風に『お利口さん』に、ならなくていい」
「……」
「宮廷魔術師なんて辞めて、今すぐ戻ってこい」
「駄目です、先生……。呪いを解くと、陛下と約束したんです。呪いを解くまで、宮廷魔術師は辞められません」
「呪いか……」
「呪いの解き方を教えてください!!」
「何もせずとも、そのうち解けるだろう」
「自然に解ける魔術だったのですか?」
「いや、違う」
「月の光を浴び続けると解けますか?」
「それも違う。月の光は、一時的なものだ。月の光苔で解呪薬が出来る可能性があったんだが、そもそも光苔自体が、もう何処にも生えていないから不可能なんだ」
「でも、今、自然に解けるって……」
「陛下次第かな。『真実の愛を見つけることが出来れば、呪いは解ける』そういう条件付きの呪いにしたんだ」
「先生──国王陛下が真実の愛を見つけるのは難しいと思います。ほとんどの国王が、政略結婚じゃないですか」
「政略結婚なら、真実の愛は見つけられないとでも?」
「……」