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青い霧

「私には、他に思い当たる魔術師がいなかったからな」


「そうですか……」


「今は亡き、私の父であるジルベール元国王は人の言葉に惑わされやすい人であった。優秀な宰相が(まつりごと)のほとんどを行っていたため、財政面が保たれていたと言っても過言ではない」


 ジルベールは私の元婚約者だった。38年前はエミリアに騙されていて、私や他の貴族、学園に通っていた平民までも国外追放にしたと聞いている。当時は政治が腐敗していたため、国王や他の貴族も見て見ぬふりをしていたと、侯爵邸の執事であるセバスチャンが、ここへ来る前に教えてくれていた。


「それで、その──ジルベール様は、どのような最期を……」


「そうか。本当に、そなたは父の婚約者だったのだな。父は暗殺された。私が8歳の時だった。母は隣国から嫁いできた第5王女で、もともと身体が弱く、私を産むとすぐに亡くなってしまったんだ」


「ごめんなさい。私……」


「物心ついたときから、父は他の貴族たちの『傀儡』だった。父がいなくなれば、政治の局面は少なからず変わるし、いつ暗殺されてもおかしくない存在だった。私の家庭教師たちは、父の二の舞は踏ませまいと必死に勉強や政治について教えてくれていたし、私もそれ相応の努力はしているつもりだ。けれど、国王の仕事を1人でこなすのは、限界な部分もあってな──今も、ある程度は周りの人間に助けてもらいながら執務を取り行っている」


「そうだったのですね──第3王女のユリア様は、今どうしているのでしょうか? まだ離宮にいると伺いましたが……」


「叔母上か……。無実の罪で何人もの人間が国外追放になってしまったからな。もともと学園に通っていた平民は、国外へ行く途中に野盗に襲われて亡くなったと聞く。見て見ぬふりをしたり、他人の口車に簡単にのるような人を、王族として城に置いておくわけにはいかない」


「ユリア王女は側で見ていただけでした。罰としては少し厳しすぎなのではありませんか?」


「王族は国民のために、皆が過ごしやすいように考える立場にある。それを見過ごしたばかりか口車にのせられるなど、あってはならないことだ。私はそういう人間を城に置くべきではないと思っている」


「左様でございましたか──そうだ、青い霧」


「は?」


「今、思い出しました。東の魔術師についてです。東の魔術師の棲み処に近づくと青い霧が出るんです。霧には毒素が含まれていて、東の魔術師に会う前に、みんな死んでしまうんです」


 私は小説の話の内容を、唐突に思い出していた。東の魔術師に転移魔術で会いに行って薬をもらい、催眠術にかかった人たちを正気に戻して、物語ではハッピーエンドへ導かれていた。


(でも陛下の話だと、ジルベール様は正気に戻らないまま亡くなったみたいね。だとしたら犯人は、まだ城のどこかにいるのではないかしら?)


「それは魔術師としての知識か?」


「……はい。他の魔術師から聞いた話です」


 陛下は顎の下に手を当てると、俯いて考えるような仕草をしていた。


「シャルロット──やはり、君は私の部下として働け。この呪いを解いてくれれば、婚約の話や宮廷魔術師団の団長の話は、なかったことにしよう」


「いいのですか?」


「ああ。それにユリア王女についても恩赦を出そう……。学友だったんだろう?」


「いえ、顔見知り程度で仲は良くありませんでした。ただ、そんなにひどいことをされた記憶もありませんし、あれから38年も幽閉されていたのでしょう? もう充分、償ったのではないかと思ったのです」


「確かに、もう年だな。それに、昔と比べて更に気が弱くなったと聞く。望むなら恩赦を出しても構わないが、私はあのままでいいと思うぞ」


「??」


「今度、会いに行ってやってくれ」


「私は構いませんが──先ほども言いましたが、仲は良いわけでも、なかったのです」


「一度、行けば分かるだろう。呪いについては明日、詳しく話す。明日の同じ時刻に、ここへ来てくれ。城で働けるように手続きをしておく」


「宮廷魔術師団の団長や婚約者でなくていいんですよね?」


「構わない。私の専属部下として宮廷魔術師になってもらう。手始めに、水面下で呪いの調査をしてもらうつもりだ。もし呪いを解くことが出来たならば、別に褒美をとらせても構わない」


「分かりました。明日からよろしくお願い致します」


「ああ。よろしく頼む」


 私はセバスチャンを連れて、侯爵邸の屋敷へ戻ったのだった。




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