第3話 「魔法」
••✼••宿屋••✼••
トロは、宿屋に行ってみた。
金が無いので、チェックインは出来ないが、1泊の料金は幾らか?などを聞いておきたかった。
「ウチは、1泊3500Tiaだよ 食事付きで4000Tiaだね!」
「なるほど わかった」
うむ。なるほど。
大体の相場は理解した。
やはり、1Tia=1円でいいみたいだ。
つまり、この宿の1泊代は日本円で3500円、食事代が500円ってところか。
「それより、ダンナが持ってるのは何だい?」
「うん? ああ、これは枝豆だ」
「エダマメ? なんだいそりゃあ?」
あれ?
この世界には、枝豆は無いのか?
それとも、違う呼び名なのだろうか?
トロは、宿屋の主人に枝豆を見せてみた。
「これは! 経験値の豆かい?!」
「ケーケンチの豆?」
「おや? ダンナはこれを知らずに持ってるのかい?」
「んん? ああ、うむ・・・・」
いや、知ってるとも!
だが、俺の知るこの豆は「枝豆」と言って、「大豆」になる手前に収穫した若豆の事だ。
だが、この世界では、「ケーケンチの豆」として知られているのだろうか?
それとも、似ているが別物なのだろうか?
「そ、そうなのか? 俺の国では、枝豆と呼んでいるのだが、ケーケンチとは?」
「その名の通り、1粒食べると、経験値が1増えるという、とても高価な豆なのさ!」
「経験値だって?!」
「なんだダンナ、本当に知らなかったのかい?」
「あ、ああ、すまない そうだ、知らずに人から貰ったんだが・・・・・・(嘘)」
「そうかい? なあ、ダンナ! もし良かったら、1粒100Tiaで売ってくれないかい?」
「1粒100Tia!! そ、そんなに価値がある物なのかコレ?!」
「当たり前だろう!! 例えば1度の食事で、経験値の豆を100粒食べたとしてみろ! 10000Tia払うだけで、経験値が100も入るんだぜ!」
「おお、お、おお、そ、そうだな」
「特に高ランクの冒険者にもなると、なかなか経験値が稼げ辛くなるそうなんだ そんな時、この経験値の豆があれば、無理に高ランクの魔物を倒さずして経験値が楽に入るんだぜ? そりゃあ、冒険者にとって喉から手が出るほど欲しがる代物ってわけさ!」
「ほおお! なるほど、そういう事か!」
「な? 巷では2粒100Tiaが相場の経験値の豆だ 1粒100も稼げりゃあ、ダンナもボロ儲けだろ?」
「うむ 悪くない話だな ならアンタは、この豆を冒険者に転売するのか?」
「冗談!! バカを言っちゃいけないよ!! だれがこんな貴重な物を売るもんかい!! 自分で食べるんだよ! 俺達のような冒険者にもなれない力の無い平民には、他に経験値を稼ぐ機会なんて、まず無いからな!」
「うむ そうか・・・・・・」
悪くない話だ。
俺にとって枝豆なんて、タダ同然で幾らでも手に入る代物だ。
しかも、自分で食べても経験値を稼げるって訳だ!
それに、今この宿屋の主人に売っておけば、取り敢えずは2日分の宿代と食事代になる。
「わかった! ならこの経験値の豆1粒を100Tiaで買い取ってくれ! そして、今夜その金で泊まらせてくれないか?」
「おう! いいぜ! 商談成立って訳だな!」
「ほっ・・・」
宿屋の主人は、大喜びで枝豆を買い取ってくれた。
10万2600Tiaになった!
これは、思いの他、凄い能力だぞ!
もしかしたら、あの学生達なんかよりも、凄い能力を俺は持ってるのかも知れない?!
それに、まだまだ解らない事が多い能力だ。
経験値以外にも、色々試す価値がありそうな気がする。
トロは、枝豆を売った金で、取り敢えずは宿を取ることができた。
やれやれと思い、宿屋の1階の食堂で夕飯を食べていた。
だがこんな時ラノベでは、イベント・フラグが立ち、突然クエストが発生するものだ。
なんて思っていたら、突然傷付いた冒険者達が駆け込んで来た!
ほおら、やっぱり! フラグ回収だ!
まさにこれも、異世界名物な展開だな。
バタン!!
「だれかっ! ポーションを持ってないか!?」
「「「!?・・・」」」
ざわざわ・・・
「怪我人か? うっ!・・・」
若い3人の男性の冒険者達が傷だらけになって、宿屋に駆け込んんで来た!
トロは、そんな彼らを見た時、思わず目を背けた。
2人の男性に左右から抱えられてる男性は特に怪我が酷く、いったい身体のどこを怪我しているのか?と、思わず目を背けるほどに、全身血だらけだった。
「おいおい! 冒険者のくせに、ポーションを持たずに討伐に出たのか?」
「あ、いや、そうじゃない! 俺と奴はポーションを飲んだんだが、コイツはポーションを飲もうとしたときに魔物から攻撃を受けて、ポーションの瓶を落として割ってしまったんだ」
「なんと!?」
「代わりのポーションは?」
「こんな高価な物、俺達1人に1本持つのがやっとだよ 今日まで頑張って金を貯めて、やっとポーションを買えたから、フォレスト・ボアの討伐に出たんだ」
ざわざわざわざわ・・・・
「・・・・・・」
なんと運の悪いことに、高価なポーションを割ってしまうなんて・・・
話を聞くと、どうやらポーションとは、冒険者でさえ手が出難いほどの高価な物らしい。
ポーションとは、それほどに良く効く薬なのだろうか?
だがその時、俺には回復魔法の「ヒール」が使えるのを思い出した。
まだ使った事などないし、効果もどの程度かも解らないが。
「頼むっ! 誰か、ポーションを譲ってくれ!」
「ポーションなんて、持ってないぞ」
「こんな小さな村に、ポーションを持つ上級冒険者なんて居ないぞ」
「何言ってんだ?! この村はポーションを作ってる村だったはずだ! 1本くらいあるだろう!?」
「そうは言ったって・・・ポーションって、下級ポーションでも、1本10万Tiaもするんだろ?」
「?!・・・」
「そうだよ! 俺たちはポーションなんて買えないから、薬草を磨り潰して傷口に塗って治療しているんだ 何もしないよりはマシだからな」
「・・・・・・」
なるほど・・・。
ポーションは高いので、薬草を直接怪我に使うのか。
何もしないよりマシって事は、効き目があるのは確かなのだろう。
薬草を採取して使えば、タダだからな。
だが、ポーションが、10万Tiaもするだと?!
恐らく、今冒険者が持っているドリンク剤の瓶のような小さな空の小瓶がソレだと思われるが、あれが1本10万円だって?!
なんなんだその法外な価格設定は!
たとえ持っていたとしても、完全に完治できれば良いが、重症で1本じゃ足りなかったら終わりだぞ。
怪我の度合いで、使うのを躊躇してしまいそうだ。
ラノベならここで、「私、ヒール使えます!」などと言って名乗り出るのだろうが、俺にはそんな度胸などない。
もし、ヒールが使えるからと言って、いざ使ってみれば、まったく効がなかったとしたら、俺の悪評が広まるのは必至だし、もう俺はこの村には居られない。
それに、俺自身でも使った事などないのに、怖くて、ぶっつけ本番ではとても使えない。
こういう時は、下手に出過ぎた真似はしない方がいい。
今までの、俺のしがない人生経験がそう物語る。
俺は家族ですら信用していないし、信用されてもいない。
赤の他人が、安易にしゃしゃり出るものじゃない。
『出る杭は打たれる』ってもんだ。
冒険者は、全てが自己責任。
ここで死ぬのも、彼の運命なのだ。
俺は、他人の運命を背負うつもりも、関わるつもりも無い。
だいいち、ヒールなんて使い方が解らない。
まだ使った事も無いのに、どうやってヒールは使えるんだ?
「ヒール」と唱えるだけで良いのか?
いや、ステータスも、ただ「ステータス」と唱えるだけでは発動しなかった。
なら、ヒールも同様に、「ヒール」と唱えると同時に行わなければならない、何か発動条件があるのだろうか?
でも、何時かは使う時がくるはず。
試しに、ヒールを自分に使ってみるか・・・
トロは、自分の腹に手を当て、ヒールと唱えてみた。
丁度、油でギトギトした食事だったので、胃がもたれて気分が悪かったから。
だが、何も起こらなかった。
やはり、何か他に発動条件があるに違いない。
だとしたら、何が足りないのだろうか?
まったく、解らない。思い付かない。
これじゃあ、宝の持ち腐れだ!
だが、今の内に使えるようになっておかないと、いざという時に生き残る事が出来ないぞ?
さて、どうしたものか・・・
こんな時ラノベなら、全身から魔力を手に平に集めて・・・と、魔法の発動方法が説明されているのだが、俺にはそんな気の利いたチュートリアル的なものなど何も無い。
どうそれば良いんだ?
と、その時!
手の平を抑えていた腹が暖かく感じた。
まさかと思い、手の平を腹から離してみたら、なんと手の平が青白く光っていた!
俺は慌てて、手の平を隠した!
いつの間にか、胃のむかつきも無くなっていて、すこぶる元気になった気分だ!
まるで、中学生の頃の「朝起きたら超元気!」みたいな感じだな!
ちゃんと発動できてるじゃないか!!
ちゃんと効くじゃないか!!
やはり、身体中から魔力を一点に集めるプロセスが必要なんだ!
ステータスを見ると、MPが1減っていた。
なかなか燃費の良い魔法だな。
これなら、彼の怪我も少しは治せるかも知れない?
だが、自信が無い・・・・・・
「誰か! 誰かポーションを持ってる奴は居ないのか!? そうだ! ヒール!」
「?!・・・・」
「この中に、ヒールを使える奴は居ないのか?! 頼む! コイツを助けてくれ!! 頼むぅ!!」
「「「・・・・・・」」」
ざわざわざわざわざわ・・・
「・・・・・・」
俺は、ざわめく野次馬の後ろに隠れて、ただ成り行きを見守っていてた。
どうしても、一歩が踏み出せない。
いや、出しちゃいけないと思った。
絶対に、面倒事に巻き込まれる!
それでも・・・・・・
チキショウ! チキショウ!!
なんて俺はバカなんだ?
こんな時は、偽善心なんて出さなくても良いのに。
名前も知らない赤の他人の事など、放っておけば良いのに・・・
気が付いたら、野次馬を押し退け、怪我人の前に立っていた。
「俺、まだ他人に使った事は無いけど、一応ヒールが使えますが」
「本当か?! 頼む! 金は今すぐ全額は無理だが、後で必ず払う!!」
「金なんて・・・とにかく、やってみますが、効くかどうか保証はできませんよ? もし救えなかったからと言って、俺を恨んだりしないでくださいよ? それでも良いですか?」
「あ、ああ、構わない、頼む!」
「では、そこへ彼を寝かせてあげて下さい」
全額? いったいヒールとは、相場は幾らなんだ?
いや、今はそんな事よりも・・・
トロは、一度深呼吸をして、傷付いた冒険者の身体に手を触れて、「ヒール」と唱えた。
「ふぅ・・・・・・ヒール!」
フォン!
「「「おおおっ!!」」」
トロがヒールと唱えた瞬間!
トロの手の平と、傷付いた冒険者の身体が青白い光に包まれた!
すると、みるみる内に傷が塞がり、もぎれて大穴が空いていた鎧もまるで新品のように復元されていく。
なんだこの力は?!
これはタダの回復魔法と呼べるレベルじゃないぞ?!
すると、重症で虫の息だった冒険者が目を覚ます!
「はっ! なんだ? ここは?」
「おお! 治ったのか?」
「お前、大丈夫なのか? もう大丈夫なのか? どうなんだ!!」
「はあ? うるせぇーなあ! 落ち着けよ! 大丈夫もなにも、どこも痛くもないが?」
「な、なんだと・・・?」
「で? いったい何の騒ぎ・・・」
「「「おおおおお━━━!!」」」
「?!」
怪我が治ったと思った瞬間!
野次馬達の歓声とも絶叫ともつかない叫び声で、足元でドッ!と地響きがした!
ビビった!
「すげえ!! 綺麗サッパリ治ってるぞ!」
「なんだ? なんだってんだよ?」
完治復活した冒険者は、何があったのか理解できていない。
「すんげぇなあアンタぁ!!」
「うをわ! 抱きつくな! 汗臭ぇっ!」
「おりがとよ! 本当にありがとうよ!」
「うごわあっ! コッチは血生臭ぇっ!!」
「なんだこりゃあ?! タダのヒールで、こんな回復力は有り得ない!」
「・・・・・・(焦)」
なんと!!
たったの魔力1で、瀕死の大怪我だったはずの冒険者が、怪我が完治するだけでなく、服や鎧まで新品に復元されてしまった!
我ながら、引くほどの回復力だ。
もしかしたら俺の魔法って、とんでもない力を秘めているチートなのかも知れない?!
これは、やらかしてしまったかも・・・
それより、風呂に入れてぇ~~~
思いの他、自分の回復魔法の効果の規格外な強さに驚愕するトロ。
ちと、やりすぎた感が否めないのだった。