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行き止まり【レイ】

「キャリーサージュ様の御子はとてもお元気です。あと半年程で王宮に御戻りになるでしょう」



 伯爵家からの遣いと紅茶を飲む。

 部屋にはお義母(かあ)さまと私とこの男だけ。

 リオンは暫く仕事で帰らない。


 伯爵家から第一王子に嫁いだキャリーサージュ様の待望の第一子。10年目にして漸く長男を授かった。

 第二王子の御子が先に産まれ、キャリーサージュ様も焦っていたがこれで一息ついたとこだろう。



 へえ良かったわね。

 妬みしかないけれども、当たり障りの無いお祝いの言葉を差し上げる。礼節は大事だ。

 私はまだ子供を()()()()というのに。言うことがいちいち気に障る。

 夫と私は子供どころか夜すら共にしてないというのに。



「出来ればもう二人ほど生まれれば当家もキャリーサージュ様も安泰なのですが」



 こっちの気持ちも知らないで!

 そんなのは運命に任せておけ!

 ほおっておいてくれ!



 私は顔に出やすい。

 それどころか本当に怒鳴り散らしてしまいそうだ。

 失礼だとは思ったが気分が良く無いと嘘をついて席を立った。

 これ以上聞いてきたら怒鳴り散らしてしまいそうだ。部屋を出るぐらいは許して欲しい。

 後はお義母さまに任せよう。



 私達夫婦は随分セックスレス。

 夫リオンはあの日会った頭の悪そうな娘を連れ帰って(愛人)にした。


 森の中で会ったあの娘を連れて帰るなんて決めやがって!

 聞いた私は腹が煮えくり返った!


 リオンを置き去りにして一人家に帰ってお義母さまに必要なことを伝えて別の通りにある事務所のほうに引きこもった。

 さんざん泣いた。

 リオンをどれだけ愛していると思ってるんだ!


 他の女を抱く夫を許せないし、その家に居ながらアノ声を聞かされるなら気が狂うに違いない。

 あの女を殺してしまおうかと思ったよ。


 使用人に聞けば、やはりあのあとリオンは仕事もしないで毎日あの女とヤりまくり。

 どんだけ妾にサカってんだよ!


 後で知ったけど、森に居るうちからヤってたんだとか。ケダモノどもめ!


 リオンと私が結婚したての時はどうだったっけ。

 こんなに朝晩ぶっ通しで求めてくれた?

 そんなにあの女がいいのか?

 そんなに床上手なのか?

 私よりいい女?


 リオンが隣国から戻る頃にはあの女の身体も落ち着くだろうから、帰ったらまたヤりまくりか?


 リオン、私のことを忘れてしまったの?

『レイ、愛している』といっていたのは嘘なの?


 もういいでしょ、戻ってきてよリオン・・・・・





 ーーーーーーーーーー





 伯爵家からの遣いは帰ったが、私の心が落ち着くまで随分かかった。


 昼食後、メイドが私のところにやって来た。



「奥様、サヤに会わせろと変な男が来て居ますが如何いたしましょう?」



 誰だ?

 サヤは外には出さないようにしているし、偽名をつけたので『サヤ』というのを知っているのはごく一部の人間だ。伯爵家にすら本名を教えていない。


 知ってて訪ねてくる。この家を?


 あの男か?


 サヤの幼馴染の男。

 もしあの男だとしたら並々ならぬ想いでこの家にきたに違いない。


 あの男には同情している。

 サヤの幼馴染だから一緒に旅をしていると言っていたが、どう考えたってサヤに惚れてるだろう。家を捨ててまで終わりの無い旅についていくなんて。


 その果てにリオンに寝取られて、サヤに棄てられて。

 恐らくは夜の声も聞かされただろう。気が狂いそうだったろう。

 予想した私は別邸に逃げたが。


 この男だけは同情する。

 立場は違うが私と同じじゃないか。



 だが、会わせる訳にはいかない。

 サヤの事は秘密なんだ。

 頼む、帰ってくれ・・・




「無礼ですよ、貴方!」

 怒鳴りながらこちらに後ずさるメイド。


 男がドアを力ずくで開けて侵入してきた!鍵は壊れたに違いない。


 ゆっくり歩きながら入ってくる男。

 屋敷の中をキョロキョロ見ている。


「ああ、こんな景色だな。多分ここだな」

 男の声。



 あれ?この男誰?でも、このホールの景色を知っている?

 あの幼馴染には見えない。違う人だ。


「おや、貴方リオンの姉と言っていた人だね。姉じゃなく妻だったのか」


 2人にしか『姉』とは言わなかった。誰だ?なんで知ってるの?

 きっとこの男はまずいやつ。



「サヤに会わせてらう。上だな」


 まずい。

 メイドと私で男を止めるが壁に跳ばされてしまう、怪我はないが痛い。


 もう一度男に立ちはだかる。

 お願い帰って!


「乱暴なことはあまりしたくないのだけど。だいたい貴方もサヤに救ってもらった立場だろ?まあ、お陰で夫婦仲は悪くなったけど」


 どうして知っている?

 これは数人しか知らない秘密。

 子供を授からないキャリーサージュ様の偽装出産の為にサヤの子供を差し出した事を。サヤにも第一王子にすら秘密のことを。

 サヤがいなければ私とリオンの子供が産まれたら差し出す羽目になっていた。

 キャリーサージュ様と私は歳は違うがそっくりだった。第一王子とリオンもわりと似ている。伯爵家に私達夫婦は目をつけられた。子供ができたら寄越せと。結婚早々なのに。


 私は拒否した。

 冗談ではない。

 愛の証明をとられるなんて御免だ!

 だが、我が家は苦しい。報酬は莫大だし、伯爵家に恩を売れる。


 そこに現れたのがサヤ。

 私やキャリーサージュ様に似ている。リオンはこれに飛び付いた。


 取られるくらいなら子供を作らない!と暫くセックスを拒否していたのが災いした。リオンは猿のようにサヤに腰を振った。

 しかもサヤは私よりグラマーだったのが追い討ちを掛けた。



 そして、

 もうリオンは私に帰ってこない。

 私の子供を差し出さなくても良くなって、私とセックスしていい状況になったのに戻って来ない。


 急に可笑しくなる。

 なんだったんた私は。

 馬鹿みたいじゃないの・・・


 惨めな私。

 でも、この家への義理で男を通す訳にはいかない立場だ。

 男は囚われのサヤを(さら)いにきたのか?


 通してしまおうか。せめて怪我する程度に暴れてくれれば体面が立つのに・・・


「わかった」

 男が私を殴り飛ばす。あばら骨が!

 私、口に出して無い!

 心読まれたか?

 どうしてこの男はことごとく心を読む!


 メイドが騒ぐ!

 更に男の使用人が駆けつけるが、また跳ばされてしまう。跳ばされた使用人を心配して見ると、どうやら死にはしてないな。派手に転がったのに無傷に近い。



 わけわからん男は迷いもせず二階のサヤの部屋のドアを開ける。

 私は身体が痛いけど見極めたくてサヤの部屋に向かう。くそう、息をする度に痛い。


 男は部屋着のサヤをみつける。

 サヤを知ってるんだろうか?


 男を見たサヤは呆気にとられている。



「誰?」

 サヤも知らない?


 男はサヤを暫く見て、





 鼻で笑った。




 男は何を思った?

 そして、



「タクから遺言を預かってきました」



 サヤが驚いて両手で口を覆う!

 相当驚いてるようだ。

 私もびっくりした。

 あの幼馴染の遣いか!

 しかも『遺言』と。



 サヤの震える声。

「タク・・・タクは死んだの?ねえ、教えて!」


「いや、まだ生きてましたよ。でもそろそろ死ぬでしょう、助かりません。少し世話になったので代わりに伝えに来ました」



 サヤが動揺してる。

 サヤが崩れ落ちる。


 あの幼馴染が死ぬ?

 なんてこと!

 あの男の子には幸せになってほしかった。あの子だけは同情してたのに、なんでもいいから救われて欲しかった。なんてこと!

 酷いことした側の私に言う権利はないが。



「タクさんの遺言は『サヤ、どうか幸せに』です」




 たった一言。





 たった一言。

 なんてこと。

 でも解る、この一言にどれ程の想いが詰まっているか。どんなに悲しいことになっていても、純粋に幼馴染の幸せを祈っているか。


 ごめんなさい、幼馴染君。

 サヤは・・・




「ふう、これで終わりです。タクさんの記憶が曖昧だから随分探したよ。辿り着けて良かった」



「じゃあ」



 さっきまでの強盗まがいのゴタゴタを忘れたかのように男が普通に部屋を出る。


 え?


 これだけ?

 伝えに来ただけ?

 拐いに来たのではない?

 これだけ?



 階段を降りる男にサヤが飛び付いた!

「タク!タクはどこ?どこよタク!タクに会ったんでしょ!

 知ってるんでしょ、教えてよタクは何処に居るの!死なないよねタク!タクは何処!!」

 フロア中にサヤの声が響く!



「行っても無駄だよ。間に合わない。まあ、別れた場所は『桜花』の少しこっち側辺りだけどね」



 サヤは部屋に戻ってありったけの装備を持ってから家を飛び出した!


 玄関で止めようとしたお義母(かあ)さまはサヤに飛ばされた。


 起き上がり、走り去るサヤを見つめるお義母さま。


 何事も無かったように階段を降り玄関に向かう男。

「伝言がすんだので帰ります。皆さんお騒がせしました」


 玄関を出る寸前、お義母さまの横で男が立ち止まる。


 お義母さまを暫く見て男は言った。

「ああ、心配しないで。貴方が仕掛けた毒はちゃんとタクに効きました。そろそろ死にます。当のタクさんも気付いてないから」


 私は驚いた!

 なんてこと!

 この人はなんてことを!

 ・・・・秘密を守る為にタクを葬ったのか。遅効性の毒で。

 あの子には幸せになって欲しかったのに・・・



 そして、

「お!サヤにも盛ったんだね。伯爵家に渡されたヤツか。あーこりゃこの分量じゃサヤは桜花までたどり着けないな」

 お義母さまが腰を抜かす。

 本当なのか!


 伯爵家から?

 朝、私が退席してからそんなやり取りを?

 なんてことを!


 サヤは用済みになったのか!

 確かに最近のサヤは荒れていた。手に余ることもあった。

 だからって・・・


 リオン居たなら反対しただろう。

 リオンはサヤをまだ抱きたいに違いない。




 私は玄関から外に飛び出したがサヤの姿はもう無かった。

 振り向くと男も居なかった。





 ーーーーーーーーーー




 馬を歩かせながら森の小道を行く。

 昨日は桜花方向の道を探した。

 今日は他を。

 土地勘ないサヤの捜索は難しい。本人もどこに向かっているのか分からずに走っていただろう。


 私以外誰も探しに出なかった。

 皆、薄情だ。

 まあ、平気で毒を盛る人達だし。



 それは草むらにあった。

 馬上の高さからでないと解らなかった。草の間から見えた肌色。


 かつてサヤだったもの。


 見開いた目には涙のあと。

 衣服はなにも着けておらず、小傷だらけ。首には絞められた痕。


 戻りきってない腹の皮。

 産後で大きすぎる乳房。

 男の精液だらけの股間。


 複数相手か。


 一年前はあんなに美女だったのに、随分な姿だ。


 あんなに幼馴染を思うならリオンに股を開かなければよかったのに。


 初めてサヤを哀れと思った。

 なんだろう、この感情。


『可哀想』じゃない。


『同情』でもない。


『怒り』でもない。


 ああ、


『馬鹿じゃないの』


 だな、それだ。



「幼馴染君と反対方向じゃないの」

 これがサヤの最期か。



 どうしたものかとおもったけど、サヤの(まぶた)を閉じさせて、服だったものを顔と胴にかけてやった。

 道からは離れている、それで済ませた。

 どのみち私一人じゃどうしようもない。



 草を食む馬の近くで放心していた。

 なにもする気が起きない。

 ただ座る。



 不意に足音。


 気がつけば昨日の男が居た。

 偶然かな。


「偶然です」


 心に言葉で返してきた。

 こいつはタダ者ではない。

 でもどうでもいい。



「これ食べる?」


 私は弁当を男に差し出す。


「嬉しい。貰うとしましょう」


 構わない。

 サヤを見た後で食欲がない。


「ソースが旨い。久し振りにマトモな物食べた」



 私からも話しかけてみる。


「哀れな娘ね。私達に関わったばっかりに」


「そうだね、考えなしな娘の最期だったな。昨日の夜は騒がしくて寝れなかったよ」


 なんと!

 居たのか!


「・・・助けなかったんだ・・・」

 呆れた。


「助ける恩もないしね。恩があるのはタク君だけ。どのみちこの娘はもうすぐ死ぬし。今までも幸せを何度も放り投げてきた娘さ」


「そうなの」


「ああ、旨かった。お礼をしなければ」


「遺言配達なら間に合ってるわよ」


「君は書簡配達業者だしな。

 そうではなくて、忠告。

 このまま町を出たほうがいい。君の家でマトモなのは君だけだ。

 知ってるかい?最初から君はサヤと同じ目的の為に口説かれたんだよ。地元民で素性が割れてるから無茶されなかったけど。」


 私は唖然とした!

 ああ、やはり『愛してる』は嘘だったのか。今までの自分が切り裂かれるような痛み。

 でもなんとなく感じていた。サヤのことで確信に至ったが。

 本当にサヤに救われたのかも知れない。救った方は気付かないまま死んだが。


「伯爵家はもう一人子供を求めてきた。サヤはもう使い物にならなかった。次は君だ。そして君は知りすぎている」


「どこでそれを?」


「僕には隠し事は効かない。そういう体質だからね」

 今までを思えば納得できる。

 こいつには全て見抜かれる。

 心が読めるのか。


「そういうこと」


 読まれたな。


「ああ」


「それからこれはオマケ」

 男は私の胸の下辺りを触ってきた!

 スケベ!なにしやかる!

 と、反撃しようと思ったらあばら骨の痛みが消えていた。

 何度もさわるが無傷に戻ってる!

 魔法使いか・・・初めて見た。

 心が読めるのは納得。


 よし、決めた。

 色男のリオンに未練はあるが、命には代えられない。あの家はヤバい。次のサヤは私だ。


「折角だから一緒に行かない?なにもしなくてもいいから男の人が居るだけで男避けになるから」


「渡りに船だな、喜んで行こう。歩くよりいいし。食べ物奢ってね」


「食わせてやるよ、そのくらい。ん、金を取りに事務所に行かないと・・・」


「奢ってくれるんだよね。じゃ!」

 男が地面をばんっ!と叩くと金が出た!


 驚いた!

 金を出せるの?


「あはは、これは君の事務所の金だよ」


 私の金かよ!




 さよならサラ。もう一人の私。

 さよならリオン。

 私達は振り返らず『誘重』から旅立った。




END

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― 新着の感想 ―
[一言] 周りが止めても自分がやりたいようにやった女でした。 旅に出る時に悲惨なことも覚悟の上って言ってたしある意味望み通りか。 タクの死因とか真実を知らず死ねただけ幸せですね。
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