そして分かれ道 【サヤ】
私が賭けに勝った。
セックスは無し!
私はまだ旅をする、帰らない!
今日セックスすれば、きっと明日もする。明後日もきっと。
タクと抱き合った時の快楽は絶大だった。
私はきっと肉欲に溺れる。
旅をするなら妊娠だけは駄目だ。
お腹が大きくなって行き当たりの村に住み着いたって、蓄えがなければ冬は越せないし、生き延びれない。
タクがそれでも私にあれやこれやと詰め寄って来たけど、もう決めたんだ。絶対に私は折れない。
我ながら頑固だ。
大げんかでも私は折れない。コインは数字側だったんだから。
説得と反発と夢語りと現実の応酬で何十分も言いあった。
こんな喧嘩は初めてかもしれない。
いつもは折れるタクが引いてくれない。
村を出る時だって引いたタクが引かない。
タクが明日からどうするかはタクが決めて。私はまだ行く。
タクにはついてきて欲しいけどヤるのは駄目。
タクが嫌いな訳じゃない。今までの事も感謝している。セックスに憧れだってある、絶対に妊娠しない方法があるなら一晩中だろうが三日間ぶっ通しだろうがやってみたい。私だってセックスに興味はあるし、さっきのだけでも相当キた。
完落ち寸前だったのは私の方。
それでもまだ終わりにしたく無いと思う私が私の中にいる。
夜も遅い。
喧嘩の後、服を着直して寝た。
タクに嫌われたく無いのでタクの布団にいつものように入っていつものように抱きついて寝た。
タクのことは好きだよ。それは解ってほしい。
タクは私を除けはしなかったけど、背中を向けた。
タク、絶対におきてる。
ぜんぜんこっちを向かない。
背中でも構わない、タクにしがみついた。
タクに密着してるのにタクが遠い。
ひとりぼっちより寂しい。
どうしてこうなってしまったんだろう。
何気ない会話だと思ったのに、抱き合う事になって、喧嘩して、今は口もきいてくれない。
タクの胴をぎゅっと抱く。
それでもタクが遠い。
この背中は拒絶の背中。
ひとりぼっちみたいで泣いてしまいそうだ。
間違っていたんだろうか。
寂しい、つらい、こっちを向いてよタク。
タク・・・
元に戻ろうよタク・・・
つらい。
タクに戻って欲しい。
今、優しく抱かれたら私は抗えない。
今になってタクが欲しくてしょうがない。
今一番欲しいのはタクだ。
こんなに拗れてから気がつくなんて。
抱いてほしいよタク。
でも、タクは朝までこっちを向かなかった。
ーーーーーーーーーーー
今日も歩き続ける。
昨日まであんなに楽しかったのに、お互い口数が少なくなって、周りの景色も味気なく見える。
どうしたら良いんだろう。
タクに元のように笑って欲しい。
でも、タクの言う『冬を越えられない。そろそろ帰るべき』というのはもっともだ。それが最善。
でもまだ諦めない自分が。
もし、夜にタクに襲われたらきっと私も諦めるかも。
きっと子供出来るからといって、村に帰る。
ずるい私はタクのせいにする。タクがしたからと言い訳にするにちがいない。
そうでもしないと動かない自分は悪い女だ。
今日は野宿。
いつものようにタクに抱きついて寝る。
もし、迫って来たらどうしよう。
その時はタクに全てを捧げよう。
ガードも無しだ。
でも、タクは寝るだけだった。
前ならあった眠る前のお話も悪ふざけも何も無かった。
次の日も。
次の日も。
次の日も何も無い。
乾いた毎日になった。
そんな時だった。
リオンに出会ったのは。
街道の途中の誰かの焚き火跡を使って私達は火を焚いていた。
芋粉を水で練って焙る。捕ったキジを焼く。
いつもの昼食。
そんな所に来たのがリオンだった。
正確には白馬に乗ったリオン姉弟。
姉さえいなければまさに『白馬に乗った王子様』
まるで王子様のような白馬の美男子。
高貴とまではいかないけれど、上品な衣装に美しい靴。
馬に下げた鞄まで高級品。
後にいる姉も上品そうだけどお姫様衣装ではなく、男装に近い。
私と同じストレートの銀髪。少し小柄だ、妹と勘違いする。
金髪の美男子は育ちの良さそうな言葉で挨拶してきた。一緒に火を使いたいと。
姉の方はあまり愛想良くなかった。
姉はどちらかと言えば、さっさと先を急ぎたいらしい。
弟と会話する私をたまに睨む。
私のせいじゃないのに。
村に居たときもこんなのはよくあった。私が男と話し込むと近くの女に睨まれる、こんなことは慣れっこ。
それでも平穏に昼食は終わった。
結構話もした。故郷のことや、幼馴染だということ。物価や街道の様子。
リオンによれば、姉弟の実家は次の町にあるという。姉弟の家は信頼があるので、書簡の配達と受け取りの配達を請け負っているらしい。
馬は商売道具で、客のうけを良くするために高くても見栄えのいい白馬を使うらしい。しかも大きめの速くて強い馬。2人乗りでも走りがいい。
タクの言葉は少なかった。そのぶん私が多く話した。向こうは姉があまり話さない。たまに機嫌が悪いのが見え隠れする。弟ラブ?私は可愛い弟の害虫?
昼食のあと、少し離れた馬のところで姉弟が言い争ってる。
そして姉だけ白馬にのって去っていった。
私達の所に苦い顔ながらも作り笑顔のリオンがやってくる。
「姉さんは先に町に帰るって。配達の受け取り報告もあるし」
なんでこの人残ってるの?
「ひとりになれば馬は速くなるし、姉だけなら今日夕方までに町につくから。
僕はゆっくり行くよ。二人乗ったらもう一晩かかるし」
整然とした理由をつけているけど、喧嘩して置いていかれた?
喧嘩は良くないよ。
今こじれ中の私には言う資格ないけど。
「私はこの道詳しいから一緒に行こう。三人なら心強いし。だいたい2日かな」
三人で町に向かって歩く。
数日話し相手がいなかった私はリオンといろいろ話した。久し振りに笑った気がする。
知らない土地の話は楽しい。
リオンは書簡の配達で色々な町や国を行くらしい。
今回は行きは馬2頭で帰りは1頭だそうだ。
向こうで老馬を1頭売ったのだそうだ。
タクは殆ど無言。昨日より無言。
少しは愛想良くして欲しい。
リオンと話すのがが楽しい。
タクへの私の思いは何だったのだろう。一時の錯覚だったのだろうか?何年も前の事に感じ始める。
リオンと居るのが当たり前のように感じる。とても楽しい。
二晩目、町が近くなってきた。
お陰で森小屋がある。
三人で泊まる。
朝、三人で手分けして補充の薪集めと狩にでる。
途中、リオンと合流して休憩。
少し嬉しかった。
町につけばリオンともお別れだろうし、もう少し話したかった。折角仲良くなったのに勿体ない気がした。
そして朝日の中、私はリオンと抱き合っていた。
口説かれてあっさり身体を許す。タクにはあんなに渋ったのに。
自分でもサカってるのが解る。
なんて下品な私。
リオンが私の身体を誉める。
悪い気はしない、自慢の身体だ。
そして秘密のひとときが始まった。
そして終わる。
初めては拍子抜けだった。
噂で激痛があると聞いていたので、こんなあっさり済むと、警戒していたのがバカらしくなる。
二人で大汗かいてしまっていた。水場はないのでそのまま服を直して、二人とも秘密にして戻ることを決める。
タクには言えない。
言えるわけない。
平静を装いながら私は森小屋に戻る。狩をする暇がなかったから薪ばかり持ち帰った。時間差でリオン。やはり薪ばかりだった。
既にタクは火を起こしていた。
夕べからの種火が残ってたらしい。
無言でとってきたキジを捌くタク。
三人でキジを食べる。
タクの顔を見れない。
ばれてないだろうか。
さっきまでの私の姿。
絶対に知られたくない。
あんなケダモノのような私の姿は知られたくない。
なんでも共有していたタクへの初めての隠し事。
旅の為だと拒否したセックスをリオンにあっさり許した。
目の前にタク。
生きてきて初めての大きな罪悪感。
目の前にタク。
罪悪感だけで心臓が止まりそうだ!
でも、あの甘美な時間がもう一度欲しい。
あれはタクでは無理だ。本能的に悟った。
3人で歩く。
農地や家が増えてくる。
また進むと大きめの建物が増える。町に来たんだ。リオンの故郷。
町の名は『誘重』
タクは終始無言だった。
タクの心の中が見えないよ。
でも、話しかける勇気もない。
「ここだよ、私の家」
リオンの家は立派だった。
旧くてわりと大きい屋敷。
書簡を扱える信頼を持つのは本当らしい。昔からの名家か何かかも。
「帰ったよー」
リオンがドアの呼び紐で鳴らす。
出迎えたのはリオンの母親だった。少し恐い。
「お帰り。レイが一人で帰ってきたから心配したじゃない」
「ただいま。レイは?」
あの姉の名前はレイか。
「事務所に行ったわよ。当分ウチには帰らないわ。後ろの方はレイから聞いてるわ。お入りになって」
私達はリオンに連れられて屋敷に入る。使用人は少なかった、それも年配ばかり。大貴族ではなさそうだ。
「リオンが女性を連れてくるなんて初めてね」
淡々と母親が言う。赤くなるリオン。女性とお付き合いは無かったのだろうか?姉のせい?
タクは空気だ。
私とタクは風呂とそれぞれ部屋を与えられ、屋敷に一晩厄介になることになった。
リオンとまだ離れたくない私は泊まることを快く受け入れた。タクは私にならった。
そして今夜もリオンに。
タクと離れてた分、求めたのかもしれない。私の心はもう壊れていたのかも。
私はリオンを好きなんだろうか?
私はタクをまだ好きなんだろうか?
隣の部屋にはタクが居る筈。
罪悪感と粘膜の快感が私の頭を回る。
タクに会わせる顔がない。
タクと今まで通り過ごす自信がない。私はなにがしたかったんだ?
「ここで私と暮らさないか?」
ベットで求婚された。
タクのことは夫でも彼氏でもないただの幼馴染と言ってはあるから、タクのことなんてお構い無し。
返事はしなかった。急すぎる、待ってもらう。
明日タクに相談しよう。
旅仲間のタクにも関係することだ。
自分で答えを出そうとして出なかった。
タクは私の事をどう思って?
私は私のことをタクに打ち明けられる?
この間まではタクを愛してた。感謝もしている。
でももうその資格は無い。
リオンと結婚するようなことは、旅立つ前の私には夢のようなことに間違いない。
でも、ここまでこれたのもタクのお陰だ。私だけならその前に終わってた。やはり女一人の旅は無理だ。
道中タクを好きになってしまった、いや、ひょっとしたら村に居たときから?
タク。
タクを拒否しながら数日後にはリオンに抱かれてるなんてなんて最低な私。
明日タクになんて言おう。
リオンになんて答えよう。
やはり答えは出ない・・・・
リオンの腕の中で眠りに落ちた。
寝不足で昼過ぎに起きると、タクは居なかった。
そんなに寝ていたとは。
使用人の話で夜明けに出立したのを聞かされる。行き先は聞いてないと。
タクのいた部屋には二人の共有財産のきっちり半分が置かれていた。私の分。置き手紙は無かった。
私は泣き崩れた。
町の周りを探したがタクはもう居なかった。
故郷に向かった?
それとも傷心で反対方向?
タクを追いたいが女の一人旅は先ず無理だ、本当に危ない!今まで守ってくれたタクはもう居ない・・・
諦めるしかなかった。
部屋の壁が薄いのは後で知った。
その後、セックス直後は臭いでバレるということを知った。初めての後もタクには悟られてたのかも。
タクはどんな気持ちだっただろう。
どんな事を思いながら歩いて来たのだろう。
隣の部屋で何を思ったのだろう。
私はどうしようもない馬鹿だ。
居なくなってからタクに会いたくてしょうがない。
でも会ったとして、会わせる顔が無い。タクに酷い事をして今さら。
その後、私は妊娠した。
やっぱりお母さんの子だ。
私の旅は終わった。
一年前の私が知ったなら狂喜しただろう。旅をして遠い地で名家の白馬にのる美男子と結婚なんて。
今はタクを傷つけた罪悪感ともうひとつの幸せルートへの未練。
タクへの想いを引きずったままリオンに嫁いだ罪悪感。
知らない土地。
リオンに依存しないと私は生きていけない。
リオンについていくしかない。
リオンからしたら、なんてちょろい女。
私はリオンを本当に愛してる?
自分の事がわからない。
そして月日が経ち、生まれた子供は死産だった。発育不良だったと言われた。
私の運命を決めたセックスの結果は心身両方に苦しみだけ植え付けて消えた。
私の子供は秘密裏に『処分』され、一目見ることすら出来なかった。