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マラーの覚醒(1)

長兄マラーの話です。

マラー十五、ヴィーシャ十三、シヴァ十、アリスタ五歳の時です。

 俺の中での最も古い記憶は、弟シヴァが生まれた時のことだった。

 その頃の父と母の愛がまだ冷めておらず、共に同じ船で海賊業をしていた。

 島々を巡り、十数隻の船団は日に日に増えていた。

その日の夜は嵐で、船団のうち二隻が座礁し、船員たちはロープを投げ一晩中救出に追われていた。荒れた波が船を襲い、風がマストを叩きつけ、上下左右に船は揺れる。

 幸か不幸か、第三子を身籠っていた母の陣痛が始まった。母に付き添う女海賊たちは揺れる船の中でお産の準備に取り掛かる。

 俺は隣の部屋で、言葉を覚えたばかりの弟ヴィーシャを膝に乗せ、雷に驚いて泣かせないように耳を塞いでいた。

 疲弊しきった船員たちは、海に落ちたものがいないか点呼を取りながら、船底に入っていく。

 ひと段落ついた父は母の様子が心配で寝室に入ったのだが、邪魔だと追い出されたらしい。入れ替わりでお産の手伝いにミリアが加勢してくれた。ヴィーシャも取り上げた経験もあるため、肝が据わっていた。ここは女の戦場だと言わんばかりの気迫である。

 三人目だというのに、父はこの世の終わりのように頭を抱えてウロウロしている。先ほどまで部下に声を張り上げて命令をしていた船長とは思えない。

 マラーは真水を持ってくるよう母に頼まれたので、船底から小樽を持って行ったり来たりしているのだが、扉の前で苦悶の顔を浮かべて座り込む父が邪魔で通れない。

「父上。邪魔です」

「あ、ああ。すまん」

 たらいに水をつぎ足し、ちらりと母の様子を伺った。母は痛みに何時間も苦しんでおり、寝具に顔を埋めて唸っている。

「マラー、大丈夫だから………。あの人には船乗りの面倒を見るように言いなさい」

「はい、母上」

 いい子ね、と母は汗で滲む手で俺の頬を撫でた。

「————っ」

 俺はすぐに部屋を出た。

「マラー。母さんの様子はどうだ?」

 父は落雷で泣き出したヴィーシャを抱き上げていた。

「苦しそうです」

「そうか。何か言っていたか?」

「船員たちの面倒を見るようにと言っていました」

「いや、実はあいつらにも邪魔だと言われてな」

 母のことが心配で仕方なく、うろたえていたのだろう。

 父には長年付き合いのある優秀な船乗りたちがいるから、父が不在だとて何の問題もないらしい。

「父上は本当にこの船団の船長なのですか?」

「それを言われると痛いな。おいおい、ヴィーシャ。お前ももう兄貴になるんだから、そんなぐずぐずと泣くんじゃないぞ!」

 父は下ろそうとしたが、嫌だ、とヴィーシャはぐずり出した。

「こりゃ、当分は離れられないな。マラー、お前も抱っこしてやる。来いよ」

「お、俺はいいです!」

「遠慮すんな!」

「うわあ!」

 抵抗虚しく軽々と持ち上げられ、がっしりとした腕に抱かれては叶わない。

「重たくなったな! もう少し腕に肉がついたらお前が舵を取れよ、マラー」

 がはは、と父は愉快そうに笑う。しかし髭が肌にこすれて不快である。

「下ろしてください、父上」

 ちょうど船員たちが腹を空かせて食堂に入って来たため、父親に抱きかかえられる自分の姿が見られてしまい、恥ずかしい。

「この嵐でも平然としてるんだ。いい船乗りになる。なあ、お前ら」

「出たよ、船長の息子自慢」

「俺たちとしては、船長よりサハラ様に似て欲しいもんです」

 船員たちは口々に笑う。

 敬意を払われているのかぞんざいに扱われているのか分からない。

 雷が落ちた直後、扉の奥から産声が上がった。


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