089 好転する印象 3
階段を降りると、今度は洞窟があった。
だが普通の洞窟ではなかった。
(床は石のようだけど石じゃない。ドリンの神の領域と似た材質だ)
ダグラスは足音の反響などから床が似た素材でできていると感じとった。
これは王宮とは違った素材である。
しばらく進むと明るくなっている場所が見えた。
どうやらそこへ向かっているようだ。
(もしかして、あれが扉なのか?)
明かりの場所には、灰色の壁に埋め込まれた大きな鉄の壁のようなものがあった。
その手前には、吸血鬼らしき者――おそらくデミ・ヴァンパイアたちが見張りをしていた。
「我らにとって太陽は天敵だ。しかし、ここの明かりは太陽ほど明るくとも不快感はない。それはここが我らの生まれた場所だそうだからだ」
「ヴァンパイアの生まれた場所ですか?」
「そうだ」
話しながら歩いていると、壁際に道具が並べられているところを通りがかる。
パッと見た限りでは、古代文明の道具のように思えた。
(大昔、ドリンの地下都市から人間が外に出た時には魔物がすでにいたという話もあったな……。あそこではエルフやドワーフが生まれ、ここではヴァンパイアが生まれたとしても不思議ではない、……のか?)
「私はずっとこう考えていた。なぜヴァンパイアは人間に似て、人間の生き血を求めるのか?」
フェリベールは鉄の壁を指差した。
ダグラスも壁のほうを見る。
すると、その付近には白骨化した死体が転がっているのに気がついた。
だがフェリベールは慣れているのか気にしたそぶりもなく話を続ける。
「ある時、ドワーフやエルフは古代人が新しい時代を生き抜くために作ったという話がある事を知った。その時こう思ったのだ。我らも古代人が新しい時代に備えて進化した姿なのではないかとな。しかし、完全なものではなかったのだと思う」
フェリベールの話を聞いて、ダグラスは彼を見る。
吸血鬼は誇り高いと聞いている。
その彼が“祖先は人間だ”と言っているのだ。
かなり勇気ある発言である。
「太陽に弱いなど致命的な弱点だ。だがそれは地下都市で生きるのならばデメリットとはならない。眷属化という形で仲間を増やせるようにしたのは、全員をヴァンパイア化するのが難しかったので苦肉の策だったのかもしれない。人間の血を求めるのは、元が人間だったために本能が人間の体を求めているのかもしれない。そういった事を考えれば考えるほど、ヴァンパイアという存在に疑問を持っていった」
フェリベールの視線は、鉄の壁に釘付けとなっていた。
「私の考えが合っているのか間違っているのかの答えは、きっとあの壁の向こうにある。それを確かめたい。お前は神の領域に入った事があるのだろう? 神の従者ならば、あの壁を開けられるはずだ! 壁を開ける事ができれば恩赦を与えてやってもいい! 開けてみせよ!」
彼は自分のルーツについて真剣に悩んでいたようだ。
その答えが古代文明の地下都市にあるかもしれない。
扉を開けさえすればわかるのだろうが、彼らでは扉を開ける事ができない。
だからダグラスにダメで元々といった感じで試させるのだろう。
しかし、これはダグラスにとっていい課題とは言えなかった。
「魔法を使っても開けられなかったのですよね?」
「そうだ」
魔法が使えていた頃でも開けられない鉄の扉。
そんなものをどうやって開けろというのか。
(吸血鬼の魔法でも開けられないのに、どうやって開けろっていうんだ。それにこんなところに連れて来られたんだ。ダメだった時は処刑場に直行だろうな)
――吸血鬼のルーツが隠されているかもしれない古代文明の地下都市。
そんな場所の存在を知ってしまったのだ。
失敗すれば口封じされるだろう。
ここならマリアンヌに知られる事なく始末もできるだろう。
壁際にある骨も、秘密裏に殺された者たちの亡骸なのかもしれない。
「失敗すればどうなるかわかるか?」
「殺される……、という事ですよね」
「その通りだ」
フェリベールの答えは、ダグラスが考えた通りだった。
しかし、誰の手によってかという点については間違っていた。
「あの壁は不法侵入者を殺す。壁の下に死体があるだろう? あれはデミ・ヴァンパイアたちだ。その意味がわかるな?」
「再生能力を持つデミ・ヴァンパイアですら死に至る攻撃を受けるという事ですね。……これから恩赦を求めて手柄を立てようとして死んだ人間が一人増えるだけ。そうお考えなのでしょうか?」
「マリーには嫌われたくないからな」
フェリベールは自分の手を汚さず、ダグラスを始末するつもりなのだ。
“成功すれば許す”という気持ちもゼロではないかもしれないが、まず成功するとは思っていないようだ。
“確実に訪れる死を与えてやりたい”と思う程度には、マリアンヌを妊娠させた事を許せはしないのだろう。
「わかりました。子供の扱いに関しては本当なのですよね?」
「あぁ、それに関しては嘘はつかない」
「信じます」
ダグラスはそう言い残すと、壁に近づいていった。
“生まれる前から父親のいない子供にするのか!”などと泣きついて意地汚く生き残ろうとしないダグラスの態度を見て、フェリベールは少しだけ見直していた。
そんな彼に少しだけヒントを与える。
「鉄の壁の右側に鍵穴のようなものがある。その近くを調べるといいかもしれんぞ」
ダグラスは教えられた通り、真っ直ぐに壁の右側へ向かう。
“希望を与えておいて、絶望の表情を浮かべながら惨たらしく死ぬところを見たい”という人物であれば違うが、そうでないならここで噓をつく理由がなかったからだ。
鉄の壁に近づくと、コンクリートの壁に小さな穴が開いて棒が出てきた。
その棒は折れ曲がり、先端部分がダグラスを追尾するように動いている。
(これがデミ・ヴァンパイアたちを殺したなにかか)
これにはダグラスも足が止まる。
しかし、それは一瞬の事。
死んで元々と思っていたので、すぐに歩き出した。
近づいたら、鍵穴のようなものがあるところは盛り上がっている事に気づく。
確かにそこが怪しい。
鍵穴を調べると、ダグラスはその大きさに心当たりがあった。
一度フェリベールたちの元へ戻る。
「あそこのものを調べてもいいですか?」
「あぁ、かまわん。古代文明人の持ち物だと思われるが、あそこに使えるものはなかったはずだ」
ダグラスが言ったのは、壁際の机に並べられたものだった。
そこで目についたもの。
――それは鍵の頭部だった。
肝心のブレード部分が折れてなくなっているが、頭部の大きさから壁にある鍵穴と合いそうである。
「持ち手部分しかない鍵など使えんだろう」
フェリベールの考えは、誰もが持つ当然の考えだった。
だがダグラスは違う。
当たり前の考えなど、カノンという男にぶち壊されてばかりだった。
だから彼も当然の考えを壊そうと思いついた。
――鍵の頭部をレプリカソードの柄に入れる。
(上手くいってくれ! 神様!)
ダグラスがスイッチを入れると、剣の刀身部分に鍵が現れた。
どうやら成功したようだ。
しかし、ダグラスも嬉しかったが“神様”と祈った時にカノンの顔が浮かんでしまったので、その喜びは半減しまっていた。
「それは……、なんだ?」
「カノンさんから貰った道具です」
武器とは言わなかった。
武器と言ってしまえば“武器を隠し持って国王に会った”という事になってしまうからだ。
「これでいけるかもしれません」
ダグラスは鍵穴に向かう。
さすがに鍵を差すのには、ダグラスでも落ち着く時間が必要だった。
――勇気を出して鍵を差す。
サイズが合っていた事もあり、これだけではなにも起きなかった。
問題はここからである。
鍵をゆっくりと回す。
パカッと蓋が開いた。
(やっぱり! ドリンの地下でカノンさんが色々触っていた箱に似ていると思ったんだ!)
しかし、中身が違う。
神の領域では中に小さなスイッチや線が詰まっていたが、ここの箱の中には黒い板が入っているだけだった。
「どけ」
フェリベールに命じられたのだろう。
遠くで見守っていた半吸血鬼がダグラスを押し退ける。
危険だとわかっていても、人間に大事なところは任せられないらしい。
ダグラスは大人しく場所を譲り、巻き添えにならないよう彼から距離を取る。
半吸血鬼は中をよく見回した。
しかし、中にあるのは黒い板だけ。
どうやらそれに触れるしかない。
――彼は板に触れる。
それと同時に、防衛システムが作動。
半吸血鬼は光線に撃ち抜かれ、瞬く間に体が燃え尽きて、骨を残すのみとなってしまった。
「やはり我らでは無理だったか……」
フェリベールが肩を落とす。
“やはり”と言ったように、本人もダメかもしれないとわかっていた。
それでも吸血鬼の手によって、この扉は開けたかったのだ。
ダメだったとわかると、任せる相手は一人しかいない。
「お前がなんとかしてみろ」
――ダグラスである。
目の前で半吸血鬼が死んでしまったが、それでも彼は恐れなかった。
――自分なら大丈夫だという予感がしていたからだ。
彼は黒い板に触れる。
すると真っ黒だった板に文字らしきものが浮かんできた。
――ダグラスにはできて、吸血鬼にはできない。
それは操作盤を動かすのには生体でなければならないからだ。
吸血鬼は死者であり、異物として処理されていた。
これまでにも人間を連れ込んでいたが、鍵を開けるまで行かずに不法侵入者として対応されてしまった。
カノンと出会い、不思議なものに触れる機会があったダグラスだからこそ、ここまで進む事ができたのだった。
明日が父の手術日でこれからどうなるかわからないのと、来週のクリスマスは看護師さんに「クリスマス空いてますか?」と聞かれる予定なので、「お前が神になるのかよ!」は今年最後の投稿になります。
また来年もよろしくお願いいたします。