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お前が神になるのかよ!  作者: nama
第一章 おかしな男の降臨編
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009 ゼランへの道中 4

 ダグラスは死を覚悟する。

 だが、生きる事を完全に放棄したわけではない。

 震える体を動かし、一歩後ずさった。

 足がカノンの体に当たり、一瞬そちらへ気を取られる。


(しまった!)


 後悔した時にはもう遅い。

 気を逸らした一瞬の隙に吸血鬼は距離を詰め、ダグラスの両腕を掴んでいた。


「ねぇ、血をちょうだいよ」


(勝手に飲みやがれ! この化け物め!)


 ダグラスは死を覚悟したが、吸血鬼は嚙みついてこなかった。


(俺が“飲んでもいいよ”って言うのを待ってるわけでもないだろうに……)


 しかし、これはチャンスである。

 カノンも神を名乗る男だ。

 聖職者である事には違いはない。

 足を動かして、彼の体を蹴る。


「いてぇ!」


 頭に当たったのか、カノンは頭をさすりながら起きる。

 吸血鬼の視線も、第三者の存在に向けられていた。

 ダグラスは“少しだけ寿命が延びた”と思い、この間に逃げる方法を模索する。


「なんだよぉ、まだ夜じゃないか。こんな時間に起こさな、うおっ!」


 カノンも自分の頭を蹴り飛ばした相手のほうを見て、この状況に気付いたようだ。

 驚きの声をあげている。


(そうだ、あっちへいけ! 見るからに高位の神官だぞ! 見過ごせないはずだ! そうすれば、俺は逃げられる!)


 幸いな事に、すぐ近くには川がある。

“吸血鬼は流れる水を渡れない”という話を聞いた事があるので、川に飛び込めば助かるだろう。

 この状況ならば、見るからに高位の聖職者であるカノンの事を無視できないはず。

 彼が襲われているうちに、ダグラスは逃げ切る自信があった。


「うわ、エッロ! 痴女じゃん!」

「は?」

「えっ?」


 カノンは、この状況で出てくる事がありえない言葉を言い放った。

 ダグラスも、吸血鬼も、これには呆気に取られる。


「なんだよー。夜道で襲われるって、そういう意味だったのか。俺だけ先に寝かせたのも、そのためか」


(あんたが勝手に寝ただけだろう!)


 そうツッコミたいが、ダグラスにそんな余裕はない。

 なぜカノンが、そんな事を言っている余裕があるのか不思議だった。

 その表情は“やっぱりこいつは神様なんかじゃない。ただの色狂いだ”と思わせるほど、イヤらしいものだった。


「いやー、お姉さん美人だねぇ。しかもスタイルもいい。こんなところで男を漁る必要なんてないだろうに」


 カノンは立ち上がると、吸血鬼の頭の先から足の先まで舐め回すように見回す。

 すると、吸血鬼がダグラスから手を離し、両手で胸元と股間を隠した。

 吸血鬼の手から解放されたダグラスは、素早くカノンの背後に回り込む。


「名前は? 年いくつ? もしかして、外で男を襲うのが趣味だったりするの? 痴女なのに、その恥じらう姿がグッとくるねぇ」


 相手が吸血鬼だというのに、カノンは臆する事がない。

 矢継ぎ早に質問を投げかける。


「きゃぁぁぁぁぁぁ!」


 吸血鬼は悲鳴を上げて逃げ出した。

 どうやら“喉が渇いた”という飢えよりも、改めて“その格好、露出狂みたいだよ”と指摘された羞恥心が勝ったらしい。

 まったく予想できなかった事態に、ダグラスは次に何をするべきか思い浮かばず、立ち尽くして背中を見送るしかなかった。


「なんだよ、もう! 痴女襲来イベントじゃないのかよ!」


 呆然と立ち尽くしているダグラスとは対照的に、カノンは地団太踏んで悔しがっていた。

 そんな彼の後ろ姿が頼もしく見えてしまった事に、ダグラスも悔しく思う気持ちが込み上げてきた。


「カノンさん……。今のはヴァンパイアだったと思うんですけど……」

「そうなの? こっちの世界だと、ヴァンパイアってああいう格好しているものなのか?」

「鎧を着こむのは弱者の証拠ですからね。強者ほど薄着だというのが常識です。カノンさんは、怖くなかったのですか?」

「だって、あんな格好で外を歩き回ってたら痴女だと思うだろ? 『怖い』より『エロい』っていう気持ちのほうが先に立ったな」


 ダグラスは“それはお前くらいだよ!”と、ツッコミたかった。

 だが“生き残った”という実感のほうが“ツッコミたい”という気持ちを上回り、言葉を飲み込ませる。


「だとしても、よくもまぁあんな言葉が出ましたね。圧倒的強者、捕食者側の相手を怒らせたりしたらと思わなかったんですか?」

「いやー、綺麗でエロいお姉さんだなーとしか思わなかったからなぁ。ん? そういえば、ヴァンパイアに狙われていたって事は、お前……」


 カノンは、またいやらしい笑みを浮かべる。

 だが先ほどとは違い、大人が子供をからかう時のような笑みだった。

 彼はダグラスの肩を優しくポンポンと叩く。


「女の経験がないからって、女を恐れる必要はないんだぞ」

「相手がヴァンパイアだったから怖かっただけです。なんで女を恐れないといけないんですか」


 ダグラスも、まったく知識がないというわけではない。

 カノンが、何をからかおうとしているのかを理解し、真顔で返事をする。


「またまたー。ヴァンパイアだろうが、モンスターだろうが関係なく、見た目が美女でエロい格好をしてたら興奮するもんだろう? 俺のいた世界では、男はみんなそうだったぞ」

「なんなんですか、その地獄のような世界は……」


 もし、カノンのような色魔が神になれば“毎月美女を捧げ物にしろ”とか言い出しかねない雰囲気がある。

“本当にお前が神になるのかよ!”と、ダグラスは思わざるを得なかった。


 しかし、彼を否定ばかりもしていられない。

 本気で本能の赴くままに行動していたのか、相手が若い女だから計算して行動したのかまではわからない。

 だが少なくとも、今回はカノンのおかげで助かったのは事実である。

 そこは認めねばならなかった。

 気を取り直して、今やらねばならない事をやる事にする。


「またヴァンパイアが来ると危険なので、場所を移動しましょう」

「いや、それはそれでいいんじゃないか? また来たら、今度は俺が対応しよう。お前に手出しはさせないさ」


 吸血鬼から離れようとするが、その提案はカノンによって却下された。

 ただエッチな事をしたいだけだとわかっているのに、彼の姿が頼もしく見えてしまう。

 そんな自分を、ダグラスは情けなく思ってしまう。


「目が覚めたついでに、ちょっと小便してくるわ」


 ――立ちションしてくる。


 そんな言葉ですら、ダグラスには格好良く見えてきていた。

 しかし、それも束の間の事。


「うわっ」


 先ほど殺した野盗の死体にカノンがつまづいて転んだ。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」


 カノンがあらぬ方向に首が曲がった死体を間近で見て、この日、二度目の甲高い悲鳴が夜空に響く。

 ダグラスは、ただの死体で驚くカノンを見て“ヴァンパイアを追い払えたのは、やっぱり偶然だよな”と冷静になる事ができた。

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まずは2024年1月20日12時よりマグコミにてコミカライズが連載開始!
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表紙絵
― 新着の感想 ―
[一言] なんだこれ(笑) うぶなヴァンパイア萌え
[良い点] カノンのぱっと見大物に見えるけど本当は小物なチンピラ感がだんだん好きになってくる
[良い点] またまたー。ヴァンパイアだろうが、モンスターだろうが関係なく、見た目が美女でエロい格好をしてたら興奮するもんだろう? 俺のいた世界では、男はみんなそうだったぞ たしかに(笑)地球つーか日…
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