第七十四話 エピローグ
戦いは終わった。長く続くかに思えたそれは、意外にもあっさりと終演を迎えたのだ。
結局、最初から最後まで俺の作戦通りにことが進んでいた。ドゥフは終始俺の術中から抜け出すことはできず、最期まで粘った末、死んだのだ。
正直なところ、俺はドゥフに敗北することも想定していた。奴は非情に強い精霊であるから、こちらの得意なフィールドに誘い込んでも勝ちきれない可能性はあったのだ。その場合、非情に不本意ながら都市ごと巻き込んで破壊するつもりだった。
いくら水の精霊ドゥフと言えど、そこに国民がいなければ国は成り立たない。
遊牧民族を壊滅させれば、当面この地域に被害が及ぶことはない。彼らにとって、ここは少々暮らしにくい場所なのだ。
俺たちが海から戻ってくると、無事に城が陥落していた。
主要な幹部クラスは全員殺されたか捕縛されたかで、もう動けるものは残っていない。まあ、仮に残っていたとしても、ドゥフを打倒した俺たちに歯向かう奴はいないだろう。
「ニーズベステニー殿! お待ちしていました。見ての通り、俺たちは無事に作戦を終わらせ、この城を占拠しています。当初の予定通り、対象になっていない幹部に関しては殺していません。恐らくは付近に潜伏しているかと」
城の中まで入ると、すぐさまボンスタが現れてくれた。どこか、凛とした表情をしている。珍しいこともあるものだ。彼はいつも飄々としていて、軽薄な印象を受ける男。それが、今は軍師のようにさえ思えるほど、戦士の表情をしていた。
「よくやったな、ボンスタ。それにスターダティルも。お前たちの活躍のおかげで、俺たちは心置きなくドゥフと戦うことができた。本当に感謝しているよ。見事だった」
ボンスタたちがここで幹部クラスの相手をしてくれていなかったら、俺たちはドゥフと同時にそれも相手にしなければならなかっただろう。ドゥフの部下だ、きっと一筋縄ではいかなかったに違いない。それを彼らが相手してくれたおけげで、俺たちはドゥフだけに専念することができた。
スターダティルも、一昨日急にメルビレイの群体魔法を手に入れるべく手術をして、その傷もまだ新しいままに戦ってくれた。タイタンロブスターとは異なる生物であるスターダティルには、重い負担になったと思っている。
しかしその甲斐あって、スターダティルは大暴れできたようだ。
ウチョニーの果てしない魔力が、準精霊である彼の肉体を通して最強の魔法へと変貌した。その猛威は、この城の崩壊具合を見れば一目瞭然である。
「あったぞ、ニーズベステニー!」
俺が彼らに労いの言葉を掛けていると、アーキダハラが俺を呼んできた。
彼にとっては最も重要な案件が、実はまだ残っていたのだ。城を破壊したのも、これを探し出すためである。
「麻薬ウダボルスティの保管庫……。まさかこれだけの量を貯蔵していたとはな。いったい、ここの国民にどれだけ配っていたのか。これが、ドゥフの言う指導者としての在り方なのか」
人の脳を破壊し快楽に堕とす劇薬、ウダボルスティ。その被害にあった人は大勢いる。
元々ここに住んでいた人々はもちろん、攻め込んできた遊牧民の中にも、趣味趣向で嗜むものや、戦いの恐怖を紛らわすため使用するものなど、実に多くの人が手を付けた。
「ドゥフはこれの専売を行うことで、この国の財政を成り立たせていたのか。農業に不向きな地形だ。こうでもしなければ、国を運営することもできなかったのだろう。見ろ、ここにはウダボルスティの輸入ルートと、栽培方法が記述されている」
なるほど、これを見る限り、ウダボルスティはかなり山の中に生えるようだな。
それもこの立地。見覚えがある。ドゥフが屯田兵として敗戦国の人々を送り込んでいた場所だ。彼らに、この薬物を作らせていたのか。
「ニーズベステニーも知っての通り、ウダボルスティは非情に危険な薬物だ。これで廃人になった人間を、何人も見てきた。そしてその度、ドゥフは彼らを拘束し解体し、精霊向け儀式の媒介としていた」
ドゥフは本当に恐ろしい精霊だ。ウダボルスティにのめり込んでしまう人間は後を絶たないが、それをドゥフは殺害し、あまつさえ魔法の道具としていたのだ。
精霊というのは、ドゥフやアーキダハラのように人型を取っている者も多いが、まだそれほど魔力が安定していない者もいる。そんな彼らに人間の肉体を与えることで、一時的ながら人型精霊としての力を行使できるようになるのだ。
しかし当然、ドゥフが精霊種の発展のためそんなことをしているはずがない。
ウダボルスティの廃人になった人間のボディは、精霊が中に入ろうとも、ウダボルスティのにおいを嗅いだだけで従順になる。ドゥフの言うことに逆らえないのだ。
そのためドゥフは人間の死体を集め保存し、有事の際にはこれに精霊を入れて戦わせようとしていた。まさに戦争向きの肉人形だ。元々死んでいるのだから、戦力としてこれ以上ないほど使い勝手がいいだろう。
そしてそのために身に着けたのが、奴の快楽の魔法だ。ウダボルスティから発生する魔力を利用し、自身の体内から同形質の快楽を放出する。ウダボルスティの原産地に存在する湖、そこから発生したのがドゥフという精霊であるからこそ、このような魔法が使えるのだ。
「俺は、ドゥフのような政治は行わない。確かにこの土地は貧弱だ。薬物に頼らなければいけないのかもしれない。しかし、それでも、俺は二度とあのような惨劇は繰り返したくないのだ。友を殺すなど、もう誰にもさせはしない」
アーキダハラはウダボルスティに振り回された。彼の友は快楽狂いになり、もはや人間と呼べる思考を持っていなかったのだ。彼はそれを哀れみ、断腸の思いで彼らを殺した。
「賛成です、俺がそうでしたから。もしウダボルスティを止めていなければ、俺も今頃はドゥフの従順な肉人形になってたでしょう。考えるだけで恐ろしい。今後またフラッシュバックする可能性もありますから、一輪残さず全て処分してください」
「もちろんだともボンスタ。やはり、薬物の恐ろしいのはそこだよ。止めたつもりが、いつか思い出してしまうんだ。だから、思い出したところで何もできないよう、俺がすべからく根絶する。原産地も野生種も、全てだ」
正直、俺はこれに反対している。生物種を意図的に絶滅させるのは、知能ありし者が行ってはいけない禁忌だ。それは、生物の創造主にのみ許される。
しかして反論はしない。彼らに正義があるのならば。
ああ、けど、この世界で麻酔を作る算段が立たなくなってしまったな。
ウチョニーの手術は誰でも受けられるものではない。意図的に痛覚を遮断するほどの身体強化がなければ、とてもじゃないが不可能な手術だ。
その点、麻酔があれば解決である。ボンスタにだって、群体魔法が使えるようになる。
だが、麻酔の原料は薬物であることが多い。地球でも、麻酔に快楽成分が入っていて事件になったことが何度もあるほどだ。
それに、元々俺は小さなクジラたちを絶滅の危機から救うためにここに来た。
目的は達成したが、それによって別の生物種が根絶されることになるのは、少々思うところがある。それは、本末転倒という奴ではないのか。
「ニーズベステニー、君には本当に感謝している。ドゥフを倒すことができたのも、ボンスタを救い出すことができたのも、全ては君のおかげだ。本当にありがとう。これから困ったことがあったら、また俺たちを頼りに来てくれ。最高の友よ」
「もちろん。俺たちはまた旅に出るが、そう遠くない内に会いに来るよ。アーキダハラとボンスタの作る国を、俺も見てみたいからな」
それだけ伝えて、俺は早々にこの町を出る。ウチョニーとスターダティル。結局連れはこの二人だけだ。しかし、それで良いのだ。旅の道連れは、少ない方が良い。
これにて、第二章アストライア大陸編終了となります。次回までちょっと時間が空くかもしれませんが、ご了承を。
ここまでの内容で評価やいいねを頂けると幸いです。




