第六十三話 水中模擬戦
「アーキダハラ、一度手合わせしてみないか? お互いに実力を把握しておいた方が良いだろう。それに、水中戦にも慣れておくべきだと思う。水中は地上とはまったく異なる環境で戦わなければいけないんだ。その分、どれほど経験したかがカギになる」
俺とウチョニーがより有利に戦えるよう、ヴァダパーダ=ドゥフに対しては水中戦を仕掛ける。こちらの土俵に引きずり込めば、水の精霊と言えど無事ではいられないはずだ。
俺もウチョニーも、タイタンロブスターの姿なら奴に負けない自信がある。
ちなみに、水中で戦えないスターダティルやボンスタらには、別の敵を相手してもらおうと思う。元凶はドゥフだが、奴の勢力は非常に大きいのだ。幹部クラスには相当な実力者も多く存在する。そいつらを一人ずつ暗殺するのが、彼らの役目だ。
プロツィリャントというのは賢い生き物で、人間の言葉をある程度理解できる。
とりわけ、俺の言葉にはよく耳を傾けてくれるのだ。作戦の指示は済ませた。あとは、彼らがどこまでやれるかに掛かっている。
「そうだな。水中戦というのはあまり経験がない。それに、今回はかなり水深の深いところまで行くんだろう。事前にどの程度負荷がかかるか知っていれば、それだけで有利に立ち回れる。……ただ、やるからには実戦を考えて本気だぞ。手を抜いた調整ではなく、ドゥフを狩り殺すつもりでやろう」
アーキダハラ、相当やる気のようだな。それもそうか。彼は友人を壊されたのだ。それは、奴の持ち込んだ薬物のせい。手を下したのはアーキダハラだが、怒りを向けるべきはドゥフである。彼の意欲は、俺の推測に収まらないだろう。
俺たちは全員で老朽化した家屋を出る。潮風のにおいを辿り、裏路地を抜けた。
流石港町というべきか、海はすぐ目の前にあった。先程の浜とは違う、整備の行き届いていない場所だった。しかし、このくらい人気がない海の方が、連中に悟られなくていい。
スターダティルに待てを命じ、俺たちは海に入っていく。
同時に生態魔法を解除し、本来のタイタンロブスターの姿へと戻った。アーキダハラは俺の背だ。人間としての前世を持つ俺だが、やはりこちらの方が動かしやすくていい。
水流魔法を使い、ロブスターとしてはありえない前方への泳ぎで進んでいく。
この港は急な崖のような形になっていて、数十メートル進んだところで地面が消えた。ここからは、もう水深百メートルに至るのだ。
このアストライア大陸は、上空から見ると大陸が二つ重なったような地形になっている。
太古の昔に、二つの島が移動して出来たのだと師匠が教えてくれた。その名残が、この急激な深さを持つ港なのである。
「海に入るの久し振りだねー。最近ずっと山にいたから、なんかテンション上がっちゃうな。ここの湾にはどんな生き物がいるんだろうね!」
「そうだな。特殊な地形をしているから、面白い生態が見られるかもしれない。……じゃなくて、今から模擬戦闘をするんだ。もっと緊張感をもってくれよウチョニー」
ウチョニーはいつもこうだ。メルビレイが侵攻してきたときでさえ、彼女は飄々としていた。ペアーの大群が現れようとも、ウスカリーニェが支配区域に入り込んできても、彼女だけは楽しそうにしている。水中戦に絶対の自信があるからこそだろうが、もう少し真面目な雰囲気というものを出せないんだろうか。
対する俺はというと、すごく緊張している。大事な戦いの直前になると変に身体がこわばるのは、俺の悪い癖だ。それで何度勝利を逃してきたことか。
今回の決戦はリラックスできるよう、ここでしっかりと地形・実力の確認をしておくのだ。
「潜るぞアーキダハラ。呼吸は大丈夫か? 水中では目も開けられない場合がある。塩分や塵が眼球を刺激するからだ。対策はしっかりしておくと良い」
「問題ない。空気に関しては魔力で代用が可能だ。森の精霊は、約三時間まで水中にいても大丈夫なのさ。それに、俺たち精霊は本質を見抜く能力が強い。たとえ瞼を閉じていようとも、この目には世界のあらゆるものが映っているんだ」
精霊というのは、本当に規格外の生物だな。タイタンロブスターも大概だが、彼らほど自然らしくない生物を俺は知らない。
厄介者のプロツィリャントや獣龍ズェストルですら、生物としての枠組みを出てはいない。なのに、彼らは何でもないといった様子でその領域を犯す。自然の守護者は、他に類を見ないほど不自然な生き物だ。
アーキダハラの言葉を受け、俺は躊躇なく潜水していく。タイタンロブスターの魚眼は、水中の光屈折を受けて正常にものが見えるようになった。逆に、人間のような目では水中に適さないだろう。物体の距離感が掴めない。
水深百メートルを目指して少し泳ぐと、不意に背中が軽くなった。
俺の体格と水圧を考えれば元々ないようなものだが、アーキダハラが俺の背を離脱したのがすぐにわかる。まさか水流で飛ばされたのかとそちらに意識を向けると、驚きの光景を目の当たりにした。
なんと、アーキダハラは水中で完全に停止していたのだ。
上に浮くでも、下に沈むでもなく。また水流などないとでも言わんばかりに、前後左右いかなる方向にもまったく移動していない。
水系の魔力は一切感じなかった。俺たちタイタンロブスターの魔術師なら不可能ではないが、人間のような姿かたちでそれを為すことが異様に感じる。
何より、わざわざそんなことをする必要はないのだ。水系魔法で自身の場所を固定することに、注力する必要など何処にもない。タイタンロブスターならば、流れの任せるままに戦うものだ。それが、彼にはいっさい存在しない。
『驚くほどのことはないさ。これが、森の精霊の中でも屈指の空間系魔法を持つ俺の実力。と言っても、単に水系魔法が使えないだけなんだがね。君たちみたいに流れのまま動くことはできないから、俺の水中戦はこうやるのさ』
なんと、念話魔法まで使えるのか。水中では必須スキルだが、地上では対して必要ないはずなのに。
いや、彼は必要のない魔法など覚えはしない。現に、彼は水系魔法が使えないのだ。
それはまさに、必要がないからに他ならない。俺でも理解不能なほどの空間系魔法を操る彼ならば、水系魔法で導ける結果は全て、空間系でも再現可能なんだ。
彼はそのまま、『泳ぎ』を一切見せることなく移動する。
空間系の新境地、空間転移だ。あれによって、水中の動きずらさを全てカバーできる。魚のようなスピードは持ち合わせていないが、およそ地上と遜色ない戦いが出来るだろう。
何せ、彼の武器はその拳に乗せた空間系魔法だ。先程男を殺した。
彼の拳は、触れるだけで対象を両断、または消滅させることができる。ならば、そこに早さなど必要ない。転移で近づき触ればいいだけなのだから。
正直、彼一人でも相当な実力を持っている。俺でも苦戦するだろう。
しかし、ヴァダパーダ=ドゥフはその彼が恐れる敵なのだ。本気になれば、先程のようにはいかない。
『知っているかニーズベステニー。ヴァダパーダ=ドゥフは武芸の達人なんだ。相手の『気』を感じ取ってカウンターを放つ。だからこそ、俺が転移する位置まで看破してしまうんだ。ゆえに俺は勝てない。君たちは、奴に対してどう戦う?』
『人間相手なら、そうだろうな。人間は目線が動く。呼吸が乱れる。筋肉がこわばる。その全ては、薄い皮一枚通して相手に筒抜けなんだ。だが、俺たちはどうだ? 白目は存在しない。鰓呼吸は見えない。筋肉は外骨格に覆われていて、はたから見れば微動だにしていないだろう。一流の格闘家は、人間やそれに似た構造を持つ相手でなければ一流足りえないんだ。特に、タイタンロブスターが相手ならな』
ポイントクレクレはやるべきと教わったので、ポイントください。
最近ホントにモチベが低下してて(主にバイトと期末考査のせい)執筆に手が伸びない状態なんです。せめて何かしら反応がいただけたら、モチベも回復すると思いますので。
ちなみに読者様方はこの作品の評価ポイントとか見たことありますか?




