第五十四話 研究の利用価値
「ニー、ご飯の準備ができたよ~。ボンスタさんも一緒に食べよ。もう皆食べ始めちゃったから。今日進めなかった分、明日は早めに出発して距離を稼がないといけないからね!」
俺とボンスタが研究に熱中していると、ウチョニーが声をかけてきた。
ふと辺りを見回してみると、既に日は傾き、夕焼けが青色の夜空へと変わり始めている。まさか、ズェストルの死体を分析しているだけで一日が終わってしまうとは。
「もうそんな時間ですか! いや~、研究ってのは面白いもんですねぇ。どのくらい時間が過ぎてるのかなんて、考えもしませんでしたよ。今日は本当に勉強になりました。ありがとうございます!」
「いやいや、俺も久し振りに教師ヅラ出来て楽しかったよ。ウチョニーはドンドン解剖学に詳しくなっていくし、魔法を教えようとしてもすぐに逃げようとするからな~。ボンスタは覚えが早いし器用だし、俺が言いたいことを先に気づいてくれるから優秀だぞ~」
言いつつチラリとウチョニーの顔を窺うと、とても悔しそうな表情を見せていた。
しかしボンスタの手前我慢しているのか、拳に力を込めてプルプルと震わせている。
だが、これに関してはウチョニーが悪い。戦士として、彼女には魔法が必要なのだ。にもかかわらず、姉であるムドラスト以外の講義は受けようともしない。俺ですら、彼女に魔法を教えようとしても逃げられてしまうのだ。
曰く、彼女にとって魔法は詰まらないらしい。魔法は知識と実力の両方が必要な学問で、戦闘中にそこまで頭が回らない彼女は、これを毛嫌いしているのだ。タイタンロブスターの必須魔法である水系以外は、覚えようともしない。
にしては、解剖学には嫌に積極的だ。当然のことながら、解剖学や医学にも専門的な知識と技術が必要になる。その点では魔法学と何も変わらない。
解剖学を真剣に勉強できるのなら、魔法学も同じようにできるはずなのだ。
まあ、元々彼女に魔法の才能がないのも、原因のひとつだろう。ウチョニーが同年齢のタイタンロブスターに比べて、魔法に劣っているのは事実だ。
いや、厳密には才能がないという話ではない。才能を獲得しなかった、と言うべきである。
タイタンロブスターは幼いころ、身体を大きくしたり、鋏を強くしたりといった用途で脱皮の異能を用いる。そして大人になるにつれそれが必要なくなり、知能や魔法を獲得し始めるのだ。
しかしウチョニーの場合、身体が誰よりも大きくなった段階ですら、まだ知能を獲得しようとはしなかった。とにかく身体を鍛え上げ、魔法を扱う海の生物にすら、肉弾戦で圧勝できる力を手に入れた。通常のタイタンロブスターから考えれば、明らかに異様である。
ただしその結果、他の個体に比べ、圧倒的に魔力総量が少ない状態で知能を獲得した。
そして、魔力量の少なさがコンプレックスになったのだ。恐らく、その段階で魔法への抵抗感を持ち始めたのだろう。
「まぁそれは考えとくよ。でも、魔力総量が少ないのは、これから脱皮で解決していくしかないんだよねぇ。今のままだと水系魔法しか使えないし、新しい属性を手に入れるのも脱皮が必要だから、結局時間が経つのを待つしかないんだ~」
「ウチョニーさん……。はっ! もしかしてニーズベステニーさん、この研究って……!」
本当に察しが良いなボンスタは。俺が今から説明しようと思ってたことを、コイツは既に把握しているのか。まあでも、研究内容と話の流れから想像はつくかな。
「そんなこともあろうかと、だよ。ウチョニー、魔力総量も属性開放も、これからは気にしなくていい。ただ魔法が上達することだけを考えれば良いのさ。それこそ、俺と一緒に特訓してれば、そこらの魔獣なんて一捻りできるくらいには上達する」
「でも、どんなに魔法を鍛えても、魔力量が少ないんじゃどうしようもなくない? 属性開放は……あっ! アタシの研究があるね。ニーの魂臓から生態魔法の属性を移植したやつ! あれなら……」
そうだ。彼女は少し前に、世界を揺るがす研究を成功させている。
魂臓から直接魔力を生成する部位を取り出して、それを自分に移植。たったこれだけで、脱皮という過程を経ずに新しい属性を獲得できるようになるのだ。
しかし、この手術の難易度は想像を絶する。まず、どの部位がどの魔力を生成しているのか突き止める必要がある。解剖学がまだ広まっていない現状では、これを理解できているのはウチョニーだけだ。
そして言わずもがな、両者の生命力に大きく依存する手術でもある。
これがもし人間などであれば、魂臓に刃を立てた段階で、精神が崩壊する可能性もあるのだ。人間の場合、魂臓は脳と直結する神経細胞のすぐ真隣にある。
現段階だと、タイタンロブスター以外にこの手術を施すのは至難の業だ。ミスって魂臓を切除しすぎた場合も、タイタンロブスターなら脱皮で再生できるが、他の生物ではそうもいかない。
とは言え、この研究がとてつもない変革をもたらすのは事実だ。今まであらゆる属性の魔法を扱えるのは、タイタンロブスターや生粋の精霊種特有の力だった。
それが、彼女の研究で覆るのだ。時代が進めば、人間たちもこの世に存在する無数の魔法を扱えるようになるだろう。
「その通りさ。言っただろ? ウチョニーの研究は今までの魔法科学を一変させるって。そして、それを後押しするのが俺の研究だ。題して、『めっちゃ少ない魔力ですっげぇ魔法使えるんじゃね!?』研究である!」
「そ、そんなクソダサい研究名だったんですか!? ちょ、そこに関してはもうちょいマシな奴考えましょうよ! せっかくとんでもない成果が出せそうなんですから!」
ボンスタはうるさいなぁ。良いじゃないか『めっちゃ少ない魔力ですっげぇ魔法使えるんじゃね!?』研究。内容は一目瞭然だし、語呂も良い感じだろ? これ以上ない最高のタイトルだと思うんだ。
「それって、ズェストルの魔法細胞を分析するやつだよね? もしかして、アタシのためにズェストルと死闘を……!」
「あ、ごめん。それに関してはホントにズェストルと戦いたかっただけね。まあ、やるならズェストルって決めてたけど。標本を回収するのとかは結構後付けみたいなところあったかな。メインは戦闘みたいな」
あ、ちょっとミスったかも。わざわざ本当のこと言う必要なかった。テキトウに誤魔化せば良かったかな。
こう、頭を使わないで会話しようとするとやっぱり危険だと思う。
「ニー酷い! そこはウソでも『ウチョニーのためにぶっ飛ばしてきたぜ☆』って言って良いところだよ! 本当のことは言わなくていいの!」
「それは自分も聞き捨てならないっスよ! え? この偉大な研究のために戦ったんじゃなくて、村人の安全のために戦ったわけでもなくて? ただ戦いたかったから戦ったんすですか!? そのために、俺たち命賭けたんですか!? 幼体っつっても、相手は森の最強種ですよ!」
案の定、二人にめっちゃ詰め寄られている。すごい剣幕だ。
特にボンスタ。人間である彼にとって、獣龍ズェストルの力は充分脅威だ。身体を張って戦ってくれたことには感謝している。
「ま、まぁ!? 結果的に村も守ったし、今後の危険も事前に排除できた。当然研究も目に見えて進んでるし、今日の晩御飯はめっちゃ豪華だ。良いこと尽くしじゃないか! そうだ、飯食おうぜ飯! 俺精霊の肉って食べたことないんだよな~」
「「はぐらかすな~!」」
ブチギレられて気が滅入る反面、ボンスタとウチョニーの仲が少し縮まったことを、ひそかに喜ぶのだった……。




