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※異世界ロブスター※  作者: Negimono
第二章 アストライア大陸
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第四十二話 宴会

「では皆、杯を持て! 我々の勝利に、偉大なる森の精霊様に、そしてここまで多大な協力をしてくださった我らの盟友に! 乾杯ィ!」


 村長が音頭をとり、夜も深いというのに大人たちは宴会を始めた。

 マズい酒だ。日本で手に入るどんな酒よりもマズい。ぬるいし、甘味は薄いし、雑味がある。だけど、楽しくはある。決して旨くはないのに、楽しいという感情が、この酒の味を極上のものへと押し上げていた。


 寝ている子どもたちのことも、明日の仕事のことだって考えずに酒を飲む大人たち。ここは村長の邸宅付近の青空食堂で、子どもたちを起こしてしまう心配は薄いだろうけど、きっと明日は全員二日酔いで動けない。頭痛にうなされることだろう。


 しかし彼らを責めることはできない。それだけ、夜盗蛾とプロツィリャントによる被害は大きかったのだ。

 正直、冬になる前に解決できなければ、村人はこの村を捨てることも視野に入れなければいけないほどだった。


 だから今日だけは許してやろう。明日動けなくても、この冬を乗り越えられるのなら誤差の範疇だ。明日という一日よりももっと大きな未来を、彼らはその手で守ったのだから。


 そうだ。彼らはもう、俺たちの協力など無くてもこの村を守っていける。魔法は俺が教え、罠はウチョニーが教えた。森の勢力図に関してはロンジェグイダさんが助言し、霊王ウチェリトも協力を惜しまない。


 もうプロツィリャントもイノシシも、それこそ盗賊だって、この村に手出しは出来ないのだ。


 ちなみに、夜盗蛾に関しては今後この村を襲う心配はないそうだ。あれはプロツィリャントと違い、特に知能を持っているわけでもない。だからこそ、逆に俺たちの作った罠は通用しないのだ。この話を聞いて、俺がどれほど安心したことか。


 そもそも夜盗蛾だけ、少し状況が特殊だったのだ。あれらは本来、この村の付近には生息していない。山向こうに多い昆虫である。

 しかし大規模な旱魃の影響で食料が激減。持ち前の移動能力で山を迂回し、この村までやってきてしまったのだという。


 プロツィリャントやイノシシなどはこの村と生息圏が近いが、夜盗蛾は違う。今いる夜盗蛾をウチェリトらが壊滅させてくれたから、この村に奴らが来る心配はもうないのだ。


 とにかくこれで一件落着。俺たちがこの村にしてやれることはもう何もない。そろそろ出発を考えるころ合いか。冬も近づき、連中も活動が活発になり始める時期だろう。


「ニーズベステニー殿、宴は楽しんでおりますかな? 此度のご活躍、改めてお礼を伝えさせてください。この村を救っていただいたばかりか、貴重な魔法の知識も授けてくださった。貴方はわが村の恩人であります!」


「その言葉、しっかりと受け取った。今度俺たちに何かあった時は、この村を頼らせてくれ。主に宿とかな。ここ以外でウチョニーが泊まれる宿は、きっと簡単には見つからない」


 これからのことを考えると、やはりウチョニーの生態魔法獲得は必須だ。少し難易度が高いが、どうにか習得させなければいけない。あの大きさのタイタンロブスターを連れていては、どこの村や町でも警戒されてしまうだろう。


 当の本人はと言うと、この村で仲良くなったご老人方と楽し気に談笑している。一見して若々しさのあるウチョニーだが、実年齢はこの場の誰よりも高い。まあ、知能に目覚めたのはここ20年くらいの話だが。俺とタメと言っても過言ではない。


「やはり、この村から出て行かれるのですか。寂しくなりますな。村の若い衆も、お二人のことを大変気に入っております。こんなことを言える立場でないのは分かっています。ですが、どうかもう少しだけでも、この村に留まっていただくことは出来ないでしょうか」


「すまない村長、それはできない。本格的に冬が来る前に、俺たちは動き出さなければいけないんだ。でなければ、手遅れになってしまう人たちがいる」


 そもそも俺たちがこの村に来た理由は、現在このアストライア大陸で悪事を働いているという、野蛮な賊たちの情報を得るためだ。村を救ったのも、宿と情報の対価として、俺が提示できると判断したからでしかない。その時の俺には金もなければ信用もなかったからな。


 しかしそれならば、山で賊を捕らえたときに既に達成している。現時点で彼らから充分な情報を引き出し、こちら側のスパイとして引き込むことにも成功していた。


 では何故村を救う必要があったのかと問われれば、そんな必要はない。ただ、俺もウチョニーも、この村の人たちをいたく気に入ってしまっただけだ。彼らを救うために、彼らが今後穏やかな生活を送っていけるように、そう思って救った。そこに、論理的思考など介在する余地もなかったのだ。打算は一切なかった。


 そして俺たちは思い至ったのだ。この大陸には、この村のように危機に瀕している者達が沢山いるのではないかと。そしてそれを行っている集団を、俺たちは知っているのではないかと。


 元々この旅を始めたのは、世直しがしたかったのではない。ただ、絶対的な力を持つ父を恐れ、それに対抗すべく力を得ようと思ったのだ。そしてそのために、この世界をもっとよく見ようと考えた。


 ゆえにまずは、分かりやすい悪をこの目で見たかった。そして必要だと判断したら、俺がこの悪と戦うつもりだった。そうやって思考と戦闘を繰り返すうちに、この世界で強くなる方法を模索するべきだと考えたのだ。


 つまりここで言う悪とは蛮族のことで、俺たちが当時持っていた知識では、被害者は弱いクジラの仲間たちだった。彼らの行動を実際に見て、目に余るようなら対処しようと。


 しかしその被害者のリストに、人間という種族が入ったのだ。これはとても大きい進歩である。


 メルビレイやペアーに代表されるように、他種族の知的生命体が比較的多い地域で暮らしていた俺たちにとって、人間もその程度の認識でしかなかったのだ。特別助ける必要もない、むしろ簡単に狩れる弱い餌。タイタンロブスターにとって人間はそういうものだ。


 だがその認識が、この村で過ごす一ヶ月のうちに大きく変化した。圧倒的弱者である人間を、俺たちタイタンロブスターが仲間の範疇に加えたのだ。そして認めた。彼らの力と、誇りと、その逞しさを。


 だから助ける。このアストライア大陸を乱す賊を撃ち滅ぼし、盟友たちが平和で安心な夜を過ごせるように。


 そもそも賊も旱魃の影響を受けたとは言え、彼らは流石にやり過ぎた。というか、やり方を大きく間違えたのだ。そして、頭に血の上ったバカを納得させるのは、バカ真面目な論理ではなく分かりやすい暴力だ。


 悲しいかな、俺たちの得意分野である。こと暴力に関して、タイタンロブスターの右に出る者はそういない。人間などは特に、俺たちを超える実力者など聞いたこともない。


「そうですか、信念は揺るがないようですな。貴方には強い意志を感じる。老いぼれが何を言おうと無駄でしょう。ですから、私がするべきなのはみっともなく引き留めることではなく、快く貴方を送り出すことだ。我らの盟友ニーズベステニー殿。短い付き合いでしたが、とても楽しい日々でした。この村に立ち寄る機会がありましたら、ぜひ私にも声を掛けてください」


「村長……感謝する。この村には世話になった。当然、再びここに来ることがあれば、真っ先に村長の家を訪ねよう。そしてまた、こうやって宴会を楽しむんだ」


 夜は明けていく。明日のことも、眠っている子どもたちのことも考えず、大人たちは酒を煽り歌を歌い、村の平和とこれからの繁栄を喜んで宴を楽しんだ。


 そしてそれは、一部の人間にとっては送別の宴。最後に交わす酒はやはりマズかったが、あらゆる感情の入り混じったそれを、どうしてか、この上なく上等な酒だと感じる。

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