第三十九話 適正魔法
その日から、俺とスターダティルの生活が始まった。この子を手懐け、村の畑を襲うプロツィリャントの群れを壊滅させるためだ。
スターダティルには悪いが、コイツにはこれから、群れを裏切る方法を教育していく。
対して夜盗蛾の方はと言うと、霊王ウチェリトが早速動いてくれているようだ。
深夜帯に村の外壁付近で潜伏していたら、案の定大量の蛾が水田に取りついていた。そこへ、大型フクロウのような夜行性の鳥がやってきて、夜盗蛾の群れを食い荒していたのだ。
そこで、俺は霊王ウチェリトに尋ねた。このフクロウたちを、プロツィリャント避けに出来ないかと。
しかし返事はNO。このフクロウは確かに、ウチェリトを始めとする精霊格を持ったトンビの近縁種だが、精霊としての度合いはプロツィリャントに劣るらしい。
彼らもまた、精霊としての格を持っているのだ。そして面倒なことに、彼らは鳥類ではない。簡単にウチェリトの言うことを聞いてはくれないのだ。
フクロウや、この森には少ない夜行性のトンビなどは、軒並みプロツィリャントよりも低い格しか持っていないらしい。ゆえに、ウチェリトですらプロツィリャントを制御しきれないのだという。
現に、その夜のプロツィリャントは、いつもと全く変わらず畑を食い荒していた。そしてウチェリトの連れてきたフクロウは、彼らを襲えずにいる。これこそまさに、精霊としての格の違いを示していた。
ウチェリトも、彼自身が手を下すのでは意味がないと考え、その場は引き下がった。
だがフクロウは、夜盗蛾の放つ魔法バリアを無視できる程度には強力な者達だ。少なくとも、この村の近くを根城としているイノシシよりは、格上ということだな。
この森に住む魔獣たちの勢力図というものが、少しずつ分かってきた気がする。
「やっぱり、今はこの子を大事に育てるしかないか。夜盗蛾の方はそう遠くないうちに片が付くだろうし、イノシシ対策もちゃんと考えないとな。連中は精霊としての格こそ低いけど、知能は高い。単純な罠じゃ解除されて終わりだ」
正直、イノシシを相手にするのなら戦略はいくらでも用意できる。
以前の会議にて、プロツィリャントの対策として提案され却下されたもの。その中には、イノシシが相手なら充分通用するだろうものもあった。
例えばひっつき爆弾。たしか村長の提案だったか。あれを等間隔に設置すれば、イノシシは近づけなくなるだろう。ともすれば、イノシシはあの罠を警戒して、この村に近づいてくることはなくなるかもしれない。
しかし弱点もある。あれは村人では製作できないんだ。アストライア族でも、一流の魔術師でなければ難しい。
ゆえに、長期的なことを考えたとき、真に彼らを救えるものとは言えない。村の外壁と同じことだ。
では、村を覆う魔法バリアはどうか。精霊の近縁種である、プロツィリャントを撃退するほどのものとなれば、村人への影響も計り知れないだろう。
だが、イノシシを追い返すだけなら、今夜盗蛾が使っているものと同じだ。そして現状、村人に魔法的被害は出ていない。
しかしこれも、村人が扱うには少々厳しいものがある。俺もまだ理解していない。
アストライア族には、そんな魔法存在しなかった。似たような、魔法障壁というものがあるが、あれは外敵を寄せ付けないのではなく、魔法を弾き返す魔法だ。イノシシは、侵入すること自体は簡単だろう。
やはり、ロンジェグイダさんに教わるべきだろうな。もし俺の持っている魔力の中にそれを扱える属性がなかったとしてもも、脱皮で手に入れればいい。半年後には使えるようになっている。
いや、それじゃ遅すぎるな。半年後ということは、もう春になっているころだ。その時ようやく使えるようになったとして、プロツィリャントに襲われている状態の村は無事でいられるのか?
「っていうか、結局それじゃ意味ないか。俺が魔法バリアを使えても、村人は使えない。師匠の研究を交えて魔法の分解を遅らせても、今の俺の力じゃもって5,6年だ。もっと長い期間を見据えたとき、それじゃ足りなさすぎる」
村人でも出来る方法で、イノシシを撃退できるようにならないとな。
まったく、面倒くさい限りだ。俺ができること、村人たちは出来ない。だから俺と村人の間で考えに差が生じる。そして結局、村を守ることも出来なくなる。
「……待てよ、なんで俺はそう固定観念に縛られているんだ? もっと柔軟な発想が出来るのが、俺の長所だっただろ? だからこそ、俺はアストライア族で『大発明家ニーズベステニー様』だのもてはやされていたんだ。こんなの、俺らしくない!」
そうだ、どうして村人に、俺と同じことが出来ないと思っていたんだ。出来ないなら、出来るまで教えてやればいいじゃないか。
魔法は多種多様だ。水系魔法でも、罠に使えるものは数多く存在する。
この村に住む人間の魔法適正を調べて、それに適合した罠を考え出せばいいじゃないか。
そもそも、原始的な罠なんて俺の専門じゃない。俺の専門は魔法だ。魔法と知恵で、今まで全て乗り越えてきたじゃないか。
そうと決まれば、早速行動だ。
俺はスターダティルを連れて村を歩く。この子は、流石にもう俺との実力差を理解したのか、俺の言うことはちゃんと聞いてくれる。村人には未だに反抗的だが。
今はリードでつないで、急に村人を襲ったりしないよう制御していた。
ちなみにコイツの魔法適正は風。魂臓を調べてはいないが、血液中には風属性しか存在しなかった。だからそれ用の対抗魔法も仕掛けてある。これで安全だ。
「お~い村長! いるか!? 大事な用があって来た!」
「これは、ニーズベステニー殿。夜中に出かけたと思ったら、今お戻りですか。スターダティルの調子はどうですかな?」
村長は若干怯えたような様子で、俺を出迎えてくれる。スターダティルを警戒しているのだ。昨日働き盛りの青年をぶっ飛ばしたんだ、当然だろう。
時刻は既に昼時。俺は畑の様子が気にかかって、夜中にコイツと出かけたまま帰っていなかったのだ。まあ、村長のことはウチョニーとロンジェグイダさんに任せておけば間違いない。
「実はな、村人の魔法適正を調べようと思って。ちょっと協力して欲しいんだ。昨日の青年を連れてきてもらえないか」
「ま、魔法ですか!? もしや、あらゆる魔法に精通したタイタンロブスター様自ら、私共に魔法を教えていただけるので!?」
「その通りだ、分かっているなら急いで呼んできてくれ」
俺は村長宅の広いリビングに座り込み、村長にそういった。スターダティルが変な気を起こさないよう、がっちりホールドしてある。村長を攻撃することはない。
俺の言葉に応え、村長は急ぎ足で家を出ていった。よほど、魔法を教えてもらえるのが嬉しかったのだろう。それだけの力が、魔法にはある。
というか意外だ。師匠もロンジェグイダも、彼らに魔法を授けてはいなかったのか。
彼らが戻ってくる前に、俺は魔法適正を調べる準備を進めていく。こういうのはしっかりやりたい性質なんでね、事前準備は怠らない。
「連れてきました! 漁師のリバックです」
「こんにちは。急に呼び出しって、何の用ですか? ……ってどぅわぁ! な、なんでスターダティルがここに!?」
「そりゃお前、コイツは俺が飼っているからな。だがまあ、ちょっと怖いか。ウチョニー! すまないが、しばらくコイツを預かってくれないか!」
俺が声を掛けると、昼寝していたウチョニーがこっちに近づいてきて、スターダティルを受け取る。彼女は俺よりも強い。問題はないだろう。というか、ロンジェグイダさんはどこに行ったのやら。
まあそんなことはどうでも良い。今は村人の魔法適正を調べるのが先だ。何の魔法が使えるかによって、罠を考え直さないといけない。
一番いいのは、土系魔法かな。魔力を大量に消費するが、畑を囲むように壁を作れば、イノシシも近寄れなくなる。自分たちで補修まで出来るようになれば、もう村は安泰だ。
俺はリバックに事情を説明し、検査の協力をしてもらった。
ていうかコイツ、リバックって名前だったのか。全然知らなかった。
検査は至って簡単で、血液を少し採取するだけだ。本当は、メルビレイの時みたいに魂臓を調べられたら良いんだが、そんなことしたらコイツが死んじまうしな。
俺は平たい器に、俺が持つ全種類の魔力を、それぞれ等間隔で一滴ずつたらす。魔力は同属性のものに引き寄せられる性質があるから、ここにリバックの血液を一滴たらせば、それで血液中に含まれる魔力の属性が分かるのだ。
俺たちタイタンロブスターは例外的だが、普通生物は種族ごとに使える魔法が異なる。
メルビレイなら水と土。ウスカリーニェなら水だけ。プロツィリャントは風。こんな風に、基本的に使える魔法は限定されるのだ。
まあ、地域や遺伝によっても変わってくるが。例えば、ここから海流に乗って行きつく終点に住むウスカリーニェは、炎系の魔法も使える。別の大陸に行けば、同じ種族でも異なる魔法を使うのだ。
「さて、お前たちの魔法適正はと言うと……意外だな、炎系魔法だ。しかしちと面倒だぞ。炎系魔法は罠に使えるような魔法が少ない。ひっつき爆弾……はちょっと高度だから、また別の魔法を開発するか。お前たち! これから俺が、魔法の極意を教えてやる。覚悟しろよ」
俺の言葉に、村長とリバックは目を輝かせている。
炎系魔法というのは、彼らにとって一番信頼できる魔法だ。ひっつき爆弾がそうだからな。それだけ、期待も大きいということだろう。




