第三十二話 三者面談
「最初の質問はそうだな、お前は何故こんなところにいるんだ?」
霊王ウチェリト。彼はその鋭い眼光を崩さぬまま、俺にそう問いかけた。
とてつもない迫力だ。父を知っているというのなら攻撃を仕掛けてくることもないだろうが、それでも彼の力は強大。言葉を誤る訳にはいかない。
「それは、どういう趣旨の質問でしょうか。タイタンロブスターである俺が何故地上にいるのか、というものですか? それとも、何故この森に入って来たのか、というものですか?」
やっべえ、言葉を間違えないようにと思っていたのに、めっちゃ高圧的な答え方をしてしまった。
怒らせてはいないだろうか。俺の答えは間違っていないだろうか。
なまじ彼らと同格の父を知っているがために、俺は彼らへの恐怖を感じていたのだ。
もし彼らがいたずらに力を解放すれば、俺の力など児戯も同じこと。羽虫を払うのと同じように俺を殺せるのだ。
「その態度、やはりアグロムニーの血族だな。昔を思い出す。ではまず、前者から聞こうか。タイタンロブスターであるお前が何故、地上で旅をしている?」
良かった、どうやら怒らせてはいないようだ。
考えてみれば当然か、彼らは数千年を生きるこの大陸の守護者。この程度の些事で力を使っていては、この大陸はもっと悲惨なことになっている。
ちなみに彼らの年齢からも分かる通り、魔法の歴史というのは意外にも短い。この地に魔法が誕生してから、まだ数千年しか経っていないのだ。
生物は、魔法とともに進化してきた訳ではない。まあ、魔法や魔力という存在が生態に小さくない影響を及ぼしていることは間違いないだろうが。
「それは、父を超えるためです。彼は力を持ちすぎている。今のアストライア族に、彼を止められる戦士はいないのです。ですがお二人は、この大陸を離れることが出来ないと聞きました。助力は望めない。ならば、アグロムニーの息子である俺が彼と同等以上の力を獲得し、アストライア族の力の均衡をとるのです。そのために、地上でより多彩な力を獲得すべく旅をしています」
自分で言っていて、何がしたいのか良くわからなくなってきた。
俺とアグロムニーは血縁だ。俺が力を得たとして、いったいどうして力の均衡化などというものが図れるというのか。
俺が父と同じような力を得たとしても、それで民が安心できるというのか? いや、むしろ民はもっと恐怖するだろう。あの家には、誰も逆らえない力を持った者が二人もいると。
当然今のアストライア族に父を恐怖の対象とする空気はない。俺が力を得たとしても、きっと迎え入れられるだろう。
しかしそれでは、結局俺の目的は果たせない。父の行動を抑止するのに、血縁という枷は非常に邪魔だ。
「なるほど、確かにあやつの力は強大過ぎるな。海の民に奴の勝手を止められる実力者がいないというのも、実は前々から解決せねばならんと思っていた。其方が買って出てくれるというのなら話は早い」
「そうだなロンジェグイダ。見たところお前は、知能を持ったタイタンロブスターにしては若すぎる。逆に言えば、それだけの素養を持っているということ。アグロムニーに対抗する存在としては充分な素質だ」
俺の考えとは裏腹に、彼らは肯定的な様子だ。当の本人は、今更この問題に対して新しい疑問を見出し、悩んでいるというのに。
だが、彼らの協力が仰げれば、力を手に入れること事態は可能だろう。何せ、彼らは魔法の祖、ムドラストよりも深い知識を持っているのだから。
「其方が悩んでいること、手に取るように分かるぞ。先程自ら口にした言葉に、引っかかりを覚えたのだろう? アグロムニーと血縁の自分が力を手にしたところで、部族を安心させることは出来ぬと」
精霊種の長ロンジェグイダ=ブルターニャ。彼はその深い智謀で俺の悩みを言い当てて見せた。
まさか、今の言葉だけで俺の心の内をも理解できてしまうとは。想像以上の人物のようだ。
「気にすることはない。タイタンロブスターは、人間ほど家族というものを重んじる性質はしておらんよ。其方は、自分の兄弟がどのくらいいるのか知っているか? それぞれの名前や性格は?」
言われてみれば確かに、俺は家族のことなんて知らない。父とは良く話をするが、母とすらまともに向かい合ってこなかった。そして父も、それを良しとしていた。
何より母は、ウチョニーよりも幼い。まだ完全には、知能を獲得できていない年齢なのだ。
他の家族を見てみてもそうだった。血縁のあるもので一緒に生活している者など、本当にごくわずか。多くは、自分の家族が何人いるのかすら知らない。
ウチョニーとムドラストを考えてみれば良くわかる。本当は数百人の姉妹がいるはずなのに、彼女たちはまるで二人姉妹かのように振る舞っている。
そうだ、タイタンロブスターに家族を重んじる性質はない。初めから知っていたことじゃないか。この世界でもう20年以上生きているというのに、俺はまだ前世の慣習を引きずっていたのか。
「まあ、もしお前がそれでも気になるって言うなのら、いっそのこと我らの家族になってしまうのも悪くはない。我は今、ウチェリト=ブルターニャを名乗っている。ブルターニャっていうのはあそこに見える大きな山のことでな、本当はロンジェグイダのものなんだが」
「うむ、吾輩が家族と認めた者たちには、ブルターニャを名乗ることを許している。昔はアグロムニーにも、ブルターニャと名乗らせていた。今は新しい家族が出来たから、そう名乗るのは止めると言っていたがな。吾輩たちの家族になってしまえば、きっと其方の悩みも多少緩和されるだろう。もちろん、ただの気休めにしかならないが」
そうだったのか。ロンジェグイダという人物は、このアストライア大陸の内、そして近辺に及ぶ全ての者の父であり母なんだ。
例え血縁はなくとも、彼らと家族の契りを交わし名を同じくすれば、俺の悩みも薄まる。部族の者たちを安心させることも出来るだろう。
「お気遣いありがとうございます。家族の件については少し考えさせてください。俺には惚れている雌がいるので、もしブルターニャを名乗るのならば、彼女にも伝えなければいけません」
「そうであったか、其方はとても誠実な男のようだ。よろしい、よく考えてくるといい。……時にニーズベステニー、其方は『異世界接続魔法』というものを知っているか?」
何気ない会話の中、突如として飛び出した言葉。
正直ドキリとした。『異世界接続魔法』? まさに俺のことを意味するようなものだ。
「それは我も聞こうと思っていた。実は20年ほど前、その魔法を感知したのだ。お前たちの住まう海の中、アストライア族の領内で。話を聞くべくムドラスト殿を呼び出したが、その時は知らぬ存ぜぬを貫かれてしまってな」
確実に、俺がこの世界に召喚されたときだ。彼らはあらゆる魔法に精通する精霊種、それも霊王と精霊の長だ。きっと異世界についても何か知識があるのだろう。
しかし、何故ムドラストはあの事を隠したんだ? 俺が異世界出身であることは隠さなかったし、異世界の知識の提供は惜しまなかった。この二人に知られたくない理由があったのか?
「異世界接続魔法。それは、正しくは異世界の大魔王パラレルという男と繋がりを作る魔法だ。吾輩たちが誕生したとき、一匹の蜉蝣がそれを成した。その瞬間この世界には、蜉蝣のように儚き魂の焔、儚焔が満ちたのだ。もしや世界に二度目の変革が起きようとしているのではないかと、吾輩たちは思っている」
なるほど、パラレルさんと接続する魔法か。俺がこの世界に来るときに力を貸してくれた男性。恐らく地球とこちらの世界をつなぐとき、彼の力の一端がこの世界に溢れてしまったのだろう。
これでわかった。この世界の魔法は、パラレルさんという存在ただ一人から発生しているんだ。それほどまでに強大な人物なのだ、彼は。
そしてこれは推測だが、その蜉蝣も地球人だ。彼も俺と同じく、パラレルさんの助力の元この世界にやってきたのだろう。
思わぬところでこの世界の心理に辿り着いてしまった。このことを、果たして伝えるべきだろうか。




