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※異世界ロブスター※  作者: Negimono
第二章 アストライア大陸
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第二十八話 襲撃者

「中々賢い奴だな。昨晩爆発音は聞こえなかったが、もう俺に気付いたのか」


 俺の音系魔法に引っかからないほどの隠密で近づいてきた敵。間違いなく、あの村を襲おうとしていた賊。しかしたった一人、それも彼らが不得意とする遮蔽物の多い森林地帯。いったいどんな意図があって、この場所で仕掛けてきたのか。


「お前が壁に何かしていたのは分かっている。全て見ていたからな。あの壁にこれ以上接触するのは危険だと判断した。お前を生け捕りにし、何の魔法を仕掛けたのか全て吐いてもらうぞ」


 奴は再び石杭をこちらに向け突撃してきた。とても素早い動きである。少なくとも俺は、地上であのような動きをできない。

 であれば、反撃を狙う以外に対抗手段はないだろう。


 俺はその場から一歩も動かず、少し腰を落とし、左足を少し引いて奴の攻撃を迎え撃つ構え。

 幸いにも、地上では俺の得意分野である魔法がより多彩になる。炎系魔法がより実用的になり、風系魔法の効力が増すのだ。


 奴の手が目の前まで迫った時、唐突に父の教えを思い出した。

 戦闘を仕掛けられたとき、決して戦う目的が自分を守ることであってはいけない。必ず、敵を撃ち倒すことを目的に戦えと。それが結局は、自分を守ることに繋がる。


 ならば俺は防御に割く魔法を減らし、攻撃に特化することで、相手の攻撃への解答としよう。

 人間との戦闘は何度もシミュレーションしてきた。一対一ならまず間違いなく勝てる自身がある。


 突き出された石杭ではなくもっと奥、肘関節を逆側から裏拳で叩く。

 沈めていた左の膝を利用し、俺の拳を前へ推し進めたのだ。少々体勢が崩れてしまうが、奴の武器を落とすだけでなく左腕を痺れさせることにも成功した。もしかしたら関節は骨折しているかもしれない。


 しかしここで止めるはずはない。俺の目的はコイツを撃ち倒すことで、自分の身の安全を確保することではないから。

 もし仮にコイツがさらに反撃してきたとして、その時点で気を緩めてしまえば最終的に負けるのは俺なのだ。


 前のめりに崩れた体勢を逆に利用し、右脚を軸に身体を捻りつつ敵の側面を取る。突き出した左腕は身体の動きと連動するように相手の腕を滑らせ、しびれた奴の肘を拘束した。


 だが驚いたことに、奴も反撃を止める気はなかったらしい。

 俺に肘を打たれて石杭を落とした後、素早く右手で別の暗器を取り出し体勢を正面向きに持ち直そうとしていた。


 奴の動きは俺よりも早く、俺に向き直った状態から右手の暗器を突き出してくる。

 左腕は伸びきった状態で拘束しているから、足腰の捻りは全身に伝わりづらくなっているが、それでも腕力だけで相当な威力を秘めていることが一目で分かった。


 しかしこの距離間と拘束している左腕の状態。右手からの攻撃は非常に遅い。それこそ、俺が別の攻撃を繰り出せる程度には。


「水弾!」


 手よりも魔法の方がずっと速い。

 撃ちだされた水の弾丸は、奴の攻撃が俺に到達するよりも先に命中。頭は狙えないから腹を確実に撃ちぬいた。


 流石の刺客もこれには耐え切れなかったらしく、右手の暗器も手放して地面にうずくまる。水弾は着弾から数秒で消滅し、傷口からは大量の血液が溢れだした。


 あぶねぇ。正直、地上で戦闘して勝てる保証はなかった。俺は地上での戦闘経験が浅いし、まだこの身体にも慣れてない。

 だがこれでわかった。基本的に待ちの姿勢を崩さなければ充分通用する。


「さて、死にたくなければ全部話せ。俺は回復系魔法を使えるが、このままではお前は確実に死ぬ。腹の傷は塞がりづらいし、雑菌をぶち込めば病気になる。だから全部話せ」


「うう、ぐぅ」


 とても苦しんでいる様子だ。分かる、分かるぞ暗殺者よ。俺もこの世界に来てから、身体が吹き飛んだり節足が全部なくなったり、様々な痛みを味わった。だから彼が今味わっている感覚は良くわかる。


 今は痛覚を完全に遮断できるようになったが、身体が絶対に耐えられない、耐えてはいけない痛みというものは存在する。


 例えば彼のように腹を貫かれる痛み。骨が折れる痛み。身体の大切な部分を失う痛みというのは、どうしても耐えられないものなのだ。


 しかしマズいな、このままだと何も聞けずにコイツを殺してしまう。それは非常によくない。


 俺はタイタンロブスターの姿になり、この世界に順応した。もうすでに前世の年齢を超え、常識も大きく変わった。

 だがそれでも、意味もなく命を奪うことに全く抵抗がないわけではない。何より、ムドラストの法で殺人は禁じられている。


 このままでは森林調査を続行することも出来ないし、どうするべきか。

 ひとまずコイツを村に連れ込むか? 土系魔法で封じ込めれば大した行動は起こせないだろう。


 未だ奴が腹の痛みで苦しんでいるうちに首を締め上げ失神させる。その後、回復系魔法で傷を塞いだ。

 傷を塞いでからだと、どんな反撃をしてくるか分からないからな。一応安全策を取らせてもらう。


 そして俺が彼を持ち上げようとしたとき、極限まで振り絞っていた音系魔法に無数の物音が入り込む。この男とは違って姿を隠そうともしていない。


「これはちょっとめんどくさいな。まさかこんなに人数がいたとは」


 恐らくはコイツと同じ賊だろう集団。それが木の上、小さな木陰、地中など様々な場所から現れる。

 高い隠密能力を持っているにも関わらず、奇襲を仕掛けずにわざわざ姿を認識させたのは、数的有利を見せつけるためだろう。


 しかしそれゆえに、向こうが俺の魔法を警戒していることも窺える。

 どれだけ隠そうとも、流石に俺を殺せる距離まで近づかれたら分かる。さらに俺の魔法と体術による反撃を脅威と捉え、奇襲を断念したのだろう。


 俺を取り囲みこちらを睨んでいる賊。数は十三人。だが向こうが俺の魔法を警戒してるのなら、やりようはある。俺はアストライア族生粋の魔術師だ。そして魔法とは、多対一を相手するのにこそ向いている。


 恐らくこの賊は、基本的に身体強化を得意としているはずだ。あとは音系の魔法。

 魂臓を調べてみないことには確証がないが、人間は先天的に使える魔法が決まっている。そしてそれは、遺伝や地域が深く関わっているのだ。だから、人間は集団の場合全員が全員同じ魔法しか使えないことが多い。


 俺の予想が的中しているとすれば、使う魔法はこれ一択だ。この森林地帯で使うのは少々危険だが、俺の魔法制御能力があれば、多少の無茶は効くはず。


「戦闘中は、自分を守ることではなく敵を撃ち倒すことを。教えはしっかり覚えているよ、父さん。行くぞ山賊! 纏焔!」


 俺の身体から焔が吹き出し、周囲にまとまっていく。水中では効力が落ちてしまうが、この地上では人間を焼き殺すのに充分な熱量を発揮できる魔法。


 草花や樹木が燃えてしまわないよう魔法を調整しつつ、このまま一歩踏み出す。

 俺の足元に転がっていた最初の賊は熱量に焼かれ、気絶しているというのに呻きだした。


「全員、ウォーターフォールだ! 奴の焔を掻き消せ!」


 ウォーターフォール? 人間が扱う、濁流の魔法か。こいつら、水系魔法も使えたのか。しかし俺相手に水系魔法とは。


「「「了解、ウォーターフォール!!」」」


 意外にも、奴らは統率のとれた動きで魔法を放った。アストライア族の魔術師がそうであったように、一斉に放たれる魔法というのは個人の力よりも遥かに強力である。

 相手が俺でなければ、の話だが。


「海の申し子であるタイタンロブスターに水系魔法とはな。笑わせてくれる、稚拙な魔法だ」


 降り注ぐウォーターフォールの制御権を奪い、空中に停止させた。重力に導かれて落下するだけのはずであった水が、不自然にもその場に留まっている様は、まさに異様の一言である。


 本来、自然界に存在する水を利用せず、魔法で作り出した水によって扱うそれは制御権を奪うのが非常に難しい。

 しかし難しいというだけであって、不可能という話ではないのだ。


 種族的に超強力な水系魔法を持つメルビレイ。そんな彼らにすら通用した俺の魔法制御は、海で暮らしたことのない貧弱な人間に後れを取るものでは決してない。


 相手の魔法を完全に自分のモノにしたということは、当然消滅させることも造作もない。しかし敢えてそうしないのは、向こうに実力差を見せつけるためだ。


 あまりの出来事に、何人かは既に戦意喪失している。

 それもそうだろう。何せ十三人分の魔法を一人で停止させられるのだから。しかもそれは、有効な対抗魔法を使ったわけではなく、単純に魔法制御で遥かに上回っているという話なのだから。


 戦う意志の削がれた賊に、俺は焔を纏った状態で近づく。

 その中の一人、リーダーのような男の首を掴み上げる。焔と圧力で苦しそうな表情を見せていた。


「お前たち、俺と対話する気はあるか? ないなら殺す。あるなら、そうだな。五人だけ助けてやろう。それ以外は……分かっているな?」


 こんな脅迫はしたくない。しかし彼らは人の命を奪い、これまで平和に暮らしていた村人を襲おうとしていたのだ。それなりの制裁が必要である。


 まあ全員殺すというのは流石にブラフだが、迫力はあるだろう。これで情報を吐いてくれると助かるんだがな。

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