第十九話 大英雄
投稿間隔空くとはなんだったのか。でも本当に次から投稿間隔空きます。
威風堂々とした姿でそこに立つメルビレイの長。この群れの中でも最も大きく、そして鍛え抜かれた魔力を持っている。
対するは、我らがアストライア族の大英雄アグロムニー。彼もまた、この軍の中で最も大きく、そして勇ましい大鋏を持っている。
二人は今にもその力を互いにぶつけんと闘志を漲らせている。
しかしアグロムニーはほとんど緊張していないのに対して、メルビレイの長はどこか調子が悪そうだ。
「習わしに則った決闘、だったか。本当にそんなものが存在するのか、我は甚だ疑問に思っているよ。貴様の企みも、思い上がりも、この鋏で切断してくれる」
「まったく、疑われて悲しい限りである。我らは戦いを最も神聖視する種族。この戦争にはしかるべき決着を付けなければならない。ただそれだけだ。他意はない」
お互いに言葉を交わすが、特に情報を掴もうという意志を感じない。相手の出方を探っているだけなのだろう。
しかし父はあのメルビレイからいったい何を感じ取ったというのか。俺には、ただ奴がケジメをつけたがっているようにしか見えなかった。だが父は、奴の内に秘めた何かを察知したらしい。
「それでは私の声にて、決闘開始の合図とする。それで構わないな」
ムドラストが二人に確認し、彼らはそれを了承した。
他のメルビレイも、アストライア族の戦士も沈黙を決め込んでいる。全員、彼らの習慣を重んじているのだ。
「では、はじめー!」
海中に鳴る、凛と澄んだ声。その声を皮切りに、二人は動き出した。
メルビレイの長は、真っ先に圧力砲を放ってくる。ケジメをつけるための戦いではあるが、易々と負けるつもりはないらしい。
その一撃は他の者が扱う圧力砲よりも遥かに強力なものだとすぐに分かった。優にメルビレイ五体分の威力を秘めているだろう。
しかし、大英雄アグロムニーはこの攻撃に真正面から突撃する。父には、絶対の自身があるのだろう。あの程度の攻撃では傷一つつけられないと。
そして事実、圧倒的な暴力の嵐の渦中にてなお、父の外骨格は全くの無傷である。
凄まじい圧力。掛かるGは想像の範疇には収まっていない。俺ならば、その先端をこの身に受けただけで消滅していただろう。
流石は大英雄アグロムニー。明確な限界の存在する生態の力では、彼を害することは絶対的に不可能なのだ。
当然、メルビレイの圧力砲では彼にダメージを与えることはできない。
「期待外れだよメルビレイの長。どうやら少し過大評価していたらしい。長の圧力砲なら節足のひとつくらい消し飛ぶかと思っていたが、この程度の威力では論外だな」
アグロムニーはメルビレイの長を挑発するようにそう言い放った。
心底呆れたような声音だ。俺も同感である。決闘という形式を取っているが、今の一手だけで互いの実力差が分かってしまった。
圧力砲はメルビレイが持つ最大奥義。ということは、奴の他の攻撃であっても、奴が大英雄アグロムニーを打ち倒すことは決してない。
そして次はアグロムニーの番だ。
このアストライア族の誰よりも大きい、突出した力を持つ大鋏に水の刃を宿らせる。
近接兵必修の魔法、龍断刃である。
ただでさえ、一撃でメルビレイの厚い頭部を切断するアグロムニーの大鋏。あの魔法を使えば、文字通り龍をも切断する必殺の一撃となる。
余談だが、ウチョニーは必修スキルであるこの魔法も使うことができない。彼女は絶望的なまでに魔法の才能がないのだ。
父の航行スピードは凄まじく、奴の圧力砲をものともせずに突き進んでいく。
素晴らしい突貫力だ。ここにいる誰もが憧れる戦士の戦い方。勇ましき男の戦い方だ。
彼は龍断刃を纏った大鋏をメルビレイの長に突きつける。それは触れただけで全てを切断する斬撃。全てのタイタンロブスターが目指すべきもの。
迫る斬撃は、しかし奴の外皮を少し削り取り鮮血をまき散らすのみに留まった。
メルビレイは、すんでのところで回避したのだ。凄まじい反応速度と航行速度である。
まさかあの攻撃に対応できるとは。伊達にメルビレイの長を努めているわけではない。
「なるほどこれは手強い。我の外皮でまったく防げないとは。だが、回避できないほどのものではないと見た。ならば勝機はある」
ハハ! あの野郎、今のを受けて勝機があると言ったぞ。気は確かか?
あの程度はまだまだ父の本領ではない。今の攻撃で父の力を見抜いたようでいるなら、奴も程度が知れるというもの。
「我との決闘の最中に、全軍のことを考えている余裕が本当にあるのか? 笑わせるな、貴様は決闘を重んじる種族だと、さっきそう言ったばかりではないか!」
父の攻撃を回避したメルビレイは水流操作で刃を作り出し、それを父の大鋏に押し付ける。
決して切断できるはずはないのに、奴は己の力を信じて抗い続けるのだ。
「貴殿こそ、我にもっと目を向けたらどうだ! 内面ばかり探っていないで、いつか貴殿を超えるかもしれない我の攻撃に目を向けたらどうだ!」
奴の刃は、今でも父の足に傷をつけることは叶っていない。
しかし、奴には、奴の言葉には、いつかそれを可能にしてしまう力が宿っていた。
「半端者! 貴様のような未熟な者に、その二つを両立できるものか! 我だけを見ろ、我を打ち倒すことだけを考えろ。それが出来なければ、貴様が死ぬだけだぞ!」
「死ぬ覚悟など、群れの長になったその時に出来ている。今更言われるものでもないわ! 出来ぬというのなら、貴殿のその思い上がりを覆して見せよう。それしか、我らに道はない!」
メルビレイの刃はさらに出力を増していく。
だがそれでも父には届かない。メルビレイの高度な魔法であっても、それは大英雄アグロムニーに至れるものではないのだ。
アグロムニーはこの刃を無視し、メルビレイの頭部を切断せんと突き進む。
今度こそ奴を一撃で絶命させるつもりなのだろう。
これに対して、奴はいまだ水の刃を止めはしない。彼の言葉通り、父の大鋏を切断することができなければ、彼に勝利はあり得ないのだ。だから諦めない。
敗北は敗北だが、群れを率いる長としてのプライドがあるのだろう。絶対に超えられないその壁に挑戦し続けるという、彼の生き方を民に見せているのだ。
なんと気高い種族なのか。もうメルビレイに勝ちの目はない。それでも尚、戦いに相応の決着を付けようとしている。
彼らは誇り高く、尊敬すべき種族である。父が何を考えているのかは分からないが、俺は彼らにそういう思いを抱いた。
メルビレイの頭部に迫る大英雄の大鋏。それは万物を切断する絶対の一撃。どんな魔法であろうと、どれほどの生態の力であろうと、これを防ぐことは叶わない。
それはこの場の誰もが羨望し、そして信頼するもの。アストライア族の全員が、アグロムニーの勝利を確信する。
「ハハ、やはり敵わないか。だが、そんなことは最初から分かっていた。我は最後まで貴殿の思い通りにはならなかったぞ。貴殿に誤算があったとするなら、我らの準備が整うのが早すぎた、と言ったところか」
「ッチ、間に合わなかったか。しかし貴様ら程度の力では、この我を超えることはいつまで経っても叶わないぞ。我一人でも、貴様らを止められるのだ」
二人が何やら言葉を交わしている。
先程から、彼らには何が見えているというのか。メルビレイは何を成そうとしているのか、父はどのようにしてそれを察したのか。
「そうか、ならば受けてみるがいい! 我の死をトリガーにして発動。贄はこの場に漂う我が同胞の魂。激流の徒よ、勝利を勝ち取れ! 群体魔法、遺魂の導き!」
父の龍断刃がメルビレイの頭部を切断する。
最期まで彼の刃は父には届かなかった。しかしそれでも、彼はきっと何かを成したのだろう。誇らしげな表情を浮かばせ死んでいった。
「勝利、ですね。師匠、これからどうするおつもりですか?」
「いいや、まだ終わっていないよ。ニーズベステニーは私たちの知らないこと、思いつきもしないことを簡単に成すのに、随分鈍感なんだな。ホラ見てみろ、彼らの目をよく見て、経験に変えるんだ。君が本気でそれを繰り返せば、すぐにアレを超えられる」
目を向けると、メルビレイがいた。まだ戦うことを諦めていない戦人が、そこにいた。
どういうつもりだ、決着はもうついた。彼らの長は既に居らず、これ以上戦えば群れを維持することは叶わない。それでもなお、彼らに戦う意味があるというのか。
「最初っからこれが狙いだったんだ、あの野郎。ちょっとでも我に意識を逸らせれば、魔法の行使を妨害して奴を仕留められたんだが」
父は呆れ気味にため息を吐く。
なるほど、父はこれを察知していたのか。最初から決闘など信用していなかった。元より不可解なものではあったが、そこに潜む真意にまで感づいていたとは。
「はぁ、仕方ないから相手してやろう。我が息子よ、よく見ておけ! これが、我が大英雄とあがめられる所以。我の呼び声に応えよ、海龍!」
父から想像を絶する密度の魔力が放出される。それは俺が未だ知らない系統の魔法。
現れ出でたるは、巨大な肉体を持つメルビレイをも遥かに凌ぐ巨体。
海を渡り天を駆ける龍。その存在感はこの場にいるどの者よりも大きく、溢れだす力はこの場にいる全ての者を震撼させた。
この海を統べる王。そこに存在するだけで、俺たち全員の魂にその力を刻み込んだ。