8『ベロニカの想い』
注意・改稿したら若干の「BL要素」が入りました。
――うるせぇな、うかつに声をかけるんじゃねぇ! こちとら「二日後に始まる戦闘」に向けて、いきり立ってる戦士様だぞ!
大体なんだ、誰だお前は?
「誰と言うほどの者ではないですが。……さすらいの吟遊詩人ですよ」
はあ? さすらいの吟遊詩人だぁ? ふらふら流れの芸人が、俺たち戦士に何の用だ!?
「おや、こちらの言いたいことが分かりませんか? その手の中の妖精ですよ……大の男が寄ってたかって妖精一匹を捕まえて、何をなさるおつもりですか?」
はぁあ!? なにが「ひとり」だ、妖精ごときに人間と同じ数え方を! こいつを握りつぶそうが踏みつぶそうが、お前にゃ関係ないだろうが!
「関係があるとしたらどうします? こちらにもそれなりの理由がありましてね。私はなまじな人間より、妖精の方が好きなのですよ!」
はぁああ!? 意味が分からんわ! っとに、しつこいなキサマも!
……ったく、もう分かったよ、それじゃあざっくり教えてやろう。
――かまわないな、同士諸君? そのかわり後で、この「恐いもの知らずの吟遊詩人」と一同で飲みに行こうじゃないか。こいつは男だが、なかなかに綺麗な顔をしているからな……! なに、男にだって穴はあるしな……なあ、そうしようじゃないか!
ひひ、待たせたな吟遊詩人。それじゃあ訳を教えてやろう。
この妖精はここらじゃ「ベロニカ」と呼ばれていてな。萌黄の長髪に黄金のドングリみてぇな瞳、ぱっと見は可愛いがひでぇイタズラもんなんだ。牛のしっぽを結んだり馬の鼻づらをはじいたり、ろくなことはしやしねぇ。
まあそれだけで済んでいたら、そのくらいは見逃してやっていたんだが……。
ここでいったん話はそれるが、オレたちは昔この土地に流れてきた異邦者でな。もともとこの土地にいた先住民とかねてから折り合いが悪かったんだ。
それでもオレたちの老いた長は、奴らに手出しをしなかった。
「わたしたちこそ流れ者、昔からこの土地に住んでいた先住の者を敬うべきだ」
長は最期までこう言い通し、先日お歳で亡くなられた。……そうして新しく長となったご子息は、オレたちにこう命じたんだ。
「わたしは父のような甘い考えは持っていない。……今からきっかり一か月後に、祝いの宴を開こうぞ。わたしが長となった証の宴だ。そうしてそこに先住民の長を招き、その場で殺してしまおうぞ。それが戦争の始まりだ!」
おお、名君の誕生だ! そうだそうだ、先に住んでいようが後からそれを殺そうが、強い方が良い目を見るのは当然だ!
新しい長のご命令で、オレたち戦士はいそいそと戦争の準備を始めたんだ。
ところがここで憎きベロニカの登場だ! このイタズラな妖精は、武器という武器に花を咲かせて、使い物にならなくしたんだ!
弓はツルバラだらけ、剣はこまかな草だらけ、銃口には大きな牡丹の花が咲く!「これはいけねぇ」とよそから新しい武器を取り寄せても、また花を咲かされダメになる!
……で、けっきょくオレたちはベロニカをぶっ殺すことにしたんだ。牛のしっぽを結んだり馬の鼻づらをはじいたり、そのていどで済ませていりゃあ良かったものを……!
――ま、大体はそういう訳だ。なぁ、分かったかおい、美人の吟遊詩人さん? さぁ、もう理由は話したぞ。あとは妖精をひねり殺して、一緒に飲みに行こうじゃないか! ひひひ!
……ん? あぁおい! 何をするんだ、ベロニカを奪ってどうする気だ! 吟遊詩人、お前から殺すぞこの野郎!
――ああ!? 何だ!? なんだこりゃあ、時空が歪んでんのかこりゃあ!? 何が起こった、なんだいったい!!
* * *
私は自らの能力で時空を歪め、異世界へとワープした。
……降り立ったのはとても穏やかな草はらの、紅葉の樹のある空き地だった。
この異世界は今ちょうど秋の季節らしい。はらはらと静かに舞い散る紅い葉が、「大変だったね」と私たちをねぎらうように目に映る。
ベロニカは私の手の中でぽかんと口を開けている。状況がまったく読めていないのだろう。私は小さな妖精に向かい、彼らの言葉で話しかけた。
『大丈夫だよ、ここはそんなに危ない世界じゃないと思う……私は物語のある場所なら、あちこちにワープすることが出来るんだ。けれどいくつかお話を集めないとワープは出来ないし、どこに飛ぶかも分からないけど……』
私はすこし言葉を切って、とがった耳にささやいた。
『……それでもあそこに留まって、愚かな人間に殺されるよりマシでしょう?』
私を見上げるベロニカの目が、みるみるうちに潤んでくる。私は小さなちいさな頭をそっとなで、甘くたしなめるようにこう告げる。
『少しうかつな行動だったね。戦争をすることだけ考えている野蛮人に、君の本心は読み取れない。「戦争はしないで……先の民も異邦の民も、仲良く生きれば良いじゃない!」なんて正論、あいつらには通じないんだよ』
ベロニカの可愛い顔がくしゃくしゃになり、金色の瞳からぽたぽた涙があふれ出る。しゃくり上げるお人形みたいな生き物に、私はゆっくりささやいた。
『……よけいなことをしたかもしれない。けれどあんなやつらのために死んだら、君の命がもったいないよ』
ベロニカは頭をふるようにうなずいて、ひらりと手のうちから飛び立った。ふり返りふりかえり何度もおじぎをしながらも、小さな生き物の姿はやがてかすんで見えなくなった。
胸の内が、もやもやする。吸いもしない煙草の煙で、肺の中がいっぱいになってしまったような。……私は黙ってため息をつき、異世界の道を歩み始める。
物語をいくつか採集できたなら、また次の世界へ旅立てる。願わくばこの世界で拾う話は、先の世界で拾いあげた哀れな妖精の話より、もう少しましであってほしい。
秋晴れに透けるほど青い空の下を、私はひとり歌って歩く。
――ああ。説得を最初からあきらめていた私より、必死に「イタズラ」でやつらをいさめたベロニカのほうが、ずっと上等な生き物だ……。
そう思う胸中はうそ寒く、秋らしい風に絡まれて、私は小さくくしゃみした。
ひらひら舞い落ちた紅葉が一枚、私の胸に落ちかかる。それは戦争で流れる赤い血潮を思わせて、私はいっそう肌寒くなる。肩をすぼめて歩きながら、熱いラテが飲みたくなった。
一杯のラテが飲みたくなるのも、「戦争が他人事」ということだろうか……。
内心でうそ寒くつぶやいて、水筒のエールに口をつける。ほの冷たい薄いエールが、のどを伝って腹の中へと落ちていく。
ふいに大きく風が吹き、血しぶきのように紅葉がざあと舞い落ちた。