表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/34

8『ベロニカの想い』

注意・改稿したら若干の「BL要素」が入りました。

 ――うるせぇな、うかつに声をかけるんじゃねぇ! こちとら「二日後に始まる戦闘」に向けて、いきり立ってる戦士様だぞ!


 大体なんだ、誰だお前は?


「誰と言うほどの者ではないですが。……さすらいの吟遊詩人ですよ」


 はあ? さすらいの吟遊詩人だぁ? ふらふら流れの芸人が、俺たち戦士に何の用だ!?


「おや、こちらの言いたいことが分かりませんか? その手の中の妖精ですよ……大の男が寄ってたかって妖精一匹(ひとり)を捕まえて、何をなさるおつもりですか?」


 はぁあ!? なにが「ひとり」だ、妖精ごときに人間と同じ数え方を! こいつを握りつぶそうが踏みつぶそうが、お前にゃ関係ないだろうが!


「関係があるとしたらどうします? こちらにもそれなりの理由がありましてね。私はなまじな人間より、妖精の方が好きなのですよ!」


 はぁああ!? 意味が分からんわ! っとに、しつこいなキサマも!

 ……ったく、もう分かったよ、それじゃあざっくり教えてやろう。


 ――かまわないな、同士諸君? そのかわり後で、この「恐いもの知らずの吟遊詩人」と一同で飲みに行こうじゃないか。こいつは男だが、なかなかに綺麗な顔をしているからな……! なに、男にだって()はあるしな……なあ、そうしようじゃないか!


 ひひ、待たせたな吟遊詩人。それじゃあ訳を教えてやろう。


 この妖精はここらじゃ「ベロニカ」と呼ばれていてな。もえの長髪にのドングリみてぇな瞳、ぱっと見は可愛いがひでぇイタズラもんなんだ。牛のしっぽを結んだり馬の鼻づらをはじいたり、ろくなことはしやしねぇ。


 まあそれだけで済んでいたら、そのくらいは見逃してやっていたんだが……。


 ここでいったん話はそれるが、オレたちは昔この土地に流れてきた異邦者でな。もともとこの土地にいたとかねてから折り合いが悪かったんだ。


 それでもオレたちの老いたおさは、奴らに手出しをしなかった。


「わたしたちこそ流れ者、昔からこの土地に住んでいた先住の者をうやまうべきだ」


 長は最期までこう言い通し、先日お歳で亡くなられた。……そうして新しく長となったご子息は、オレたちにこう命じたんだ。


「わたしは父のような甘い考えは持っていない。……今からきっかり一か月後に、祝いのうたげを開こうぞ。わたしが長となった証の宴だ。そうしてそこに先住民の長を招き、その場で殺してしまおうぞ。それが戦争いくさの始まりだ!」


 おお、名君の誕生だ! そうだそうだ、先に住んでいようが後からそれを殺そうが、強い方が良い目を見るのは当然だ!


 新しい長のご命令で、オレたち戦士はいそいそと戦争いくさの準備を始めたんだ。


 ところがここでにっくきベロニカの登場だ! このイタズラな妖精は、武器という武器に花を咲かせて、使い物にならなくしたんだ!


 弓はツルバラだらけ、剣はこまかな草だらけ、銃口には大きなたんの花が咲く!「これはいけねぇ」とよそから新しい武器を取り寄せても、また花を咲かされダメになる!


 ……で、けっきょくオレたちはベロニカをぶっ殺すことにしたんだ。牛のしっぽを結んだり馬の鼻づらをはじいたり、そのていどで済ませていりゃあ良かったものを……!


 ――ま、大体はそういう訳だ。なぁ、分かったかおい、美人の吟遊詩人さん? さぁ、もう理由は話したぞ。あとは妖精こいつをひねり殺して、一緒に飲みに行こうじゃないか! ひひひ!


 ……ん? あぁおい! 何をするんだ、ベロニカを奪ってどうする気だ! 吟遊詩人、お前から殺すぞこの野郎!


 ――ああ!? 何だ!? なんだこりゃあ、時空が歪んでんのかこりゃあ!? 何が起こった、なんだいったい!!


* * *


 私は自らの能力ちからで時空を歪め、異世界へとワープした。


 ……降り立ったのはとても穏やかな草はらの、もみの樹のある空き地だった。

 この異世界は今ちょうど秋の季節らしい。はらはらと静かに舞い散る紅い葉が、「大変だったね」と私たちをねぎらうように目に映る。


 ベロニカは私の手の中で()()()と口を開けている。状況がまったく読めていないのだろう。私は小さな妖精に向かい、彼らの言葉で話しかけた。


『大丈夫だよ、ここはそんなに危ない世界じゃないと思う……私は物語のある場所なら、あちこちにワープすることが出来るんだ。けれどいくつかお話を集めないとワープは出来ないし、どこに飛ぶかも分からないけど……』


 私はすこし言葉を切って、とがった耳にささやいた。


『……それでもあそこにとどまって、愚かな人間に殺されるよりマシでしょう?』


 私を見上げるベロニカの目が、みるみるうちに潤んでくる。私は小さなちいさな頭をそっとなで、甘くたしなめるようにこう告げる。


『少しうかつな行動だったね。戦争をすることだけ考えている野蛮人に、君の本心こころは読み取れない。「戦争はしないで……先の民も異邦の民も、仲良く生きれば良いじゃない!」なんて正論、あいつらには通じないんだよ』


 ベロニカの可愛い顔がくしゃくしゃになり、金色の瞳からぽたぽた涙があふれ出る。しゃくり上げるお人形みたいな生き物に、私はゆっくりささやいた。


『……よけいなことをしたかもしれない。けれどあんなやつらのために死んだら、君の命がもったいないよ』


 ベロニカはかぶりをふるようにうなずいて、ひらりと手のうちから飛び立った。ふり返りふりかえり何度もおじぎをしながらも、小さな生き物の姿はやがてかすんで見えなくなった。


 胸の内が、もやもやする。吸いもしないたばの煙で、肺の中がいっぱいになってしまったような。……私は黙ってため息をつき、異世界の道を歩み始める。


 物語をいくつか採集できたなら、また次の世界へ旅立てる。願わくばこの世界で拾う話は、先の世界で拾いあげた哀れな妖精の話より、もう少し()()であってほしい。


 秋晴れに透けるほど青い空の下を、私はひとり歌って歩く。


 ――ああ。説得を最初からあきらめていた私より、必死に「イタズラ」でやつらをいさめたベロニカのほうが、ずっと上等な生き物だ……。


 そう思う胸中はうそ寒く、秋らしい風に絡まれて、私は小さくくしゃみした。


 ひらひら舞い落ちた紅葉が一枚、私の胸に落ちかかる。それは戦争いくさで流れる赤いしおを思わせて、私はいっそう肌寒くなる。肩をすぼめて歩きながら、熱いラテが飲みたくなった。


 一杯のラテが飲みたくなるのも、「戦争いくさごと」ということだろうか……。


 内心でうそ寒くつぶやいて、水筒のエールに口をつける。ほの冷たい薄いエールが、のどを伝って腹の中へと落ちていく。


 ふいに大きく風が吹き、血しぶきのように紅葉が()()と舞い落ちた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ