表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/34

7『心外なハーレム』

 ――おい、もういっぺん言ってみろ。

 このまもり神に対して、もういっぺん言えるものなら言ってみろ! 「この神殿はあなたさまのハーレムですか」だと! ふらふら流れの旅芸人め、その口を今すぐ引き裂いて……!!


「い……いや違います、違うんです! この神殿の女性たちが『そう訊ねてごらんなさい』と……!」


 あぁん? ……なんだ、「俺の女」たちがお前にそう言ったのか? そういてみろとお前に言った?


「……ええ! 『こくりゅうさまはゆかいなお方、ハーレムのことを訊ねたら、ご機嫌になってあなたをもてなしてくれるわよ』なんてみなさま、口をそろえておっしゃって……!」


 ――ううあいつら! また適当なことを言って俺と客人で遊びおったな! すまん、すまんな吟遊詩人! こんな神殿の奥にまで引っぱりこんで、歌わせたあげくに暴言を……!


「……いえ! 彼女たちの言うとおりにした私も()()()でした。しかし、彼女たちはずいぶんイタズラ好きなのですね!」


 うぅう、返す言葉もない……! 俺の教育が悪いからだな! いやいや、本当にすまん! 許してくれ! ……ああ、それはそうと、今夜の宿は決めてあるのか?


「いいえ、ここをおいとましてから探そうと……」


 そうか、まだなのか……! 良ければ殿に泊まってくれ! お詫びと言ってもおさまるまいが、せめてもの俺の気持ちだ、受けてくれ。酒も料理も好きなだけ腹におさめてくれ。「俺の女」たちの作る食事は美味しいぞ!


「それは……お言葉に甘えても良いのでしょうか?」


 もちろんだ! ぜひ泊まっていってくれ! ……ついでに、言い訳と言ったらなんだが、すこし俺の話を聞いてくれ。お前よりずっと年よりの黒竜の昔語りなぞ、面白くもないだろうが……。


「……いいえ! これでも職業は吟遊詩人、商売の話の種ならいくらでも聞かせていただきたいです!」


 は、話の種か……! いや、まいったな! これは俺があんまりカッコよくない話なので、なるべくよそで話してもらいたくはないのだが……。


 ――いやいや! 早とちりのあまりの暴言、よそで話すにも目をつぶろう!


 ……俺は……黒竜は昔から、このこくしょの土地にんでいた。あんまり暑いものだから、俺と一緒に生まれてきた俺以外の兄弟は、みな幼いころ気候に負けて死んでしまった。


 やがてふたおやも年で死に、俺はひとりぼっちになった。


 なにせこのとおり、肌の色がこくたんのように黒いから、日ざしにやられて死ぬこともない。俺はいつしかこの土地でぼろぼろになった神殿を見つけ、白いはいきょに棲みついた。


 棲みなれてふと気がつくと、この神殿近くの村人たちは魔物に苦しんでいるようだった。魔物たちは勝手きままに村を襲って、()()()のように人々を食い散らかしていた。


 ううむ、これはなんとも気の毒だ……! 俺がおとなしくしているせいか、村人たちは神殿に棲みついた俺を害することもない。その恩返しと言ってはなんだが、他の魔物から村を護ってやるとしよう!


 そう思った俺が他の魔物を追い散らしていると、やがて俺は「村の護り神さま」とあがめられるようになった。


 ううむ、なんとも照れくさいが、そう呼ばれるのも悪くない!

 村の者は俺の神殿もきれいに修理してくれたし、俺はえらいこと幸せものだ!


 ……と、ここで話が終わっていれば「めでたしめでたし」なんだがな……。村人たちは「護り神さまににえを捧げる」ようになったのだ! 生まれたばかりの美しい女児を、年にいっぺんずつ神殿に差し出すようになったのだ!


「……生け贄……それは、あなたの望んだことなのですか……?」


 いやいや、お前俺の話を聞いてたか!? 話の流れで分からんか、俺は人など食うタイプの人外ではない! 赤子を押しつけられても困る!!


 ……とまあ、そういう意味のことをだな、俺は村人に伝えに行った。今お前の目の前にいる、この人型の姿になって長老に抗議に行ったのだ。が、しかし! 長老はじめ、村の者は誰ひとり、俺の抗議を本気にとってくれないのだ!


 何なのだ、どうして急に村の者たちは生け贄を? 俺はつくづく不思議に思って事情を訊いた。するとどうやら、以前に俺が負かした魔物の出まかせらしいのだ。


「黒竜は本当は人を食う魔物。今はおとなしくしているが、生け贄を捧げんと怒って村を血に染めるぞ。血染めにして滅ぼすぞ」とかなんとかおどしたらしく……。

 どうも倒された腹いせの、ちょっとした嫌がらせだったらしいのだ。


 そんな訳で俺は毎年女の赤子を捧げられ、その世話にいつもてんてこまいだ! ミルクをやったりおむつを替えたり、そのうえ魔物退治まで! いそがしゅうてしょうがない!


 そんな間違いから「生け贄」の儀式が始まって、今年でもう百年になる!


 食わんでめんどうをみていたら、村人たちは「黒竜さまはえらく()()()な神さまらしい」と思うたらしく……。


 いやいやひどい勘違いだ! 上は百歳で下はゼロ歳、ちょっと見には「幅の広いハーレム」に思えるだろうがな! 全員おむつまで替えて育てた存在、俺にとっては娘以外の何ものでもない! 色恋の相手とはどうしても思えぬ!


 またこの娘たちがそろいもそろって俺に惚れてくれるのだ……朝から晩まで俺をめぐって小ぜりあい!


 そもそも「俺の女」というまぎらわしい呼び方も、娘たちが表向き「そう言え」とうるさいのでな。俺は娘と言いたいのだが……何やらかんやらややこしゅうて、嬉しいやら困るやら。


 ……だからな、俺はひそかにこの神殿を「じょなんやかた」と呼んでいるのだ。

 あ、娘たちにはないしょだぞ?


* * *


 子だくさんのパパ竜は、小さく耳打ちして苦笑した。私も何も言えなくなって、つられて少し苦笑した。


 ……「妖精の絵の具」の一件から沈みがちだった自分の心が、少し柔らかくほぐれている。思わず「ありがとうございます」と口にして深くおじぎをすると、パパ竜は不思議そうに首をかしげて、流れでにっこりうなずいた。


 その晩は女いきれのする神殿で、お言葉に甘えて一泊した。ベッドはすっとするミントの匂いの絹のシーツ、一晩じゅう女性たちが入れ代わり立ち代わり、大きなおうぎであおいでくれた。


 ……が、しかし。この女性たちがまたかなりの「イタズラ好き」で、さんざん私をあおってくるのだ。薄布のドレスに包まれた体をこれ見よがしに()()()()させて、にっこり笑いかけてくる。


 ――ああ。ついさっきまで、本心では落ち込んでいたのが逆に良かった。下手に元気があると、何をするのか自分でも……私もやっぱり、男なのだ。


 そもそもパパ竜が「泊まっていけ」と言ってくれたのは、お詫びの意味も大きいだろうが……「こいつはじんちくがいだ」と、判断されたからだろう。それもなんだか情けないし、判断が当たっているとも言えないが、相手の親切は裏切れない……!


 ……そんな訳で、翌朝の目覚めはまぶたがこってり腫れていた。「目覚め」というか、正直一秒も寝られなかった。


 けっきょく一晩何もなかった。パパ竜に誓って何もなかった。女性たちが口々に『もう一晩泊まっていけば?』と誘ってくれたが、私は全力で遠慮した。


(でも、やっぱり面白かったな……)


 独特のにぎわいを離れるのは、なんだか淋しい気もしたが、気持ちをふりきって白い神殿を後にする。


 ひそかな感謝の気持ちを込めて、ふり向いて神殿に向かって手をふった。老いも若きも、女性たちが()()()()と騒ぎながら手をふり返してくれた。


 女まみれの神殿の前で、パパ竜がこちらを見ながら苦笑いして立っている。

 飛びぬけて肩身の狭そうな神さまは、娘さんたちに囲まれて芯から幸せそうにも見えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ