7『心外なハーレム』
――おい、もういっぺん言ってみろ。
この護り神に対して、もういっぺん言えるものなら言ってみろ! 「この神殿はあなたさまのハーレムですか」だと! ふらふら流れの旅芸人め、その口を今すぐ引き裂いて……!!
「い……いや違います、違うんです! この神殿の女性たちが『そう訊ねてごらんなさい』と……!」
あぁん? ……なんだ、「俺の女」たちがお前にそう言ったのか? そう訊いてみろとお前に言った?
「……ええ! 『黒竜さまはゆかいなお方、ハーレムのことを訊ねたら、ご機嫌になってあなたをもてなしてくれるわよ』なんてみなさま、口をそろえておっしゃって……!」
――ううあいつら! また適当なことを言って俺と客人で遊びおったな! すまん、すまんな吟遊詩人! こんな神殿の奥にまで引っぱりこんで、歌わせたあげくに暴言を……!
「……いえ! 彼女たちの言うとおりにした私もうかつでした。しかし、彼女たちはずいぶんイタズラ好きなのですね!」
うぅう、返す言葉もない……! 俺の教育が悪いからだな! いやいや、本当にすまん! 許してくれ! ……ああ、それはそうと、今夜の宿は決めてあるのか?
「いいえ、ここをおいとましてから探そうと……」
そうか、まだなのか……! 良ければ神殿に泊まってくれ! お詫びと言ってもおさまるまいが、せめてもの俺の気持ちだ、受けてくれ。酒も料理も好きなだけ腹におさめてくれ。「俺の女」たちの作る食事は美味しいぞ!
「それは……お言葉に甘えても良いのでしょうか?」
もちろんだ! ぜひ泊まっていってくれ! ……ついでに、言い訳と言ったらなんだが、すこし俺の話を聞いてくれ。お前よりずっと年よりの黒竜の昔語りなぞ、面白くもないだろうが……。
「……いいえ! これでも職業は吟遊詩人、商売の話の種ならいくらでも聞かせていただきたいです!」
は、話の種か……! いや、まいったな! これは俺があんまりカッコよくない話なので、なるべくよそで話してもらいたくはないのだが……。
――いやいや! 早とちりのあまりの暴言、よそで話すにも目をつぶろう!
……俺は……黒竜は昔から、この酷暑の土地に棲んでいた。あんまり暑いものだから、俺と一緒に生まれてきた俺以外の兄弟は、みな幼いころ気候に負けて死んでしまった。
やがて二親も年で死に、俺はひとりぼっちになった。
なにせこのとおり、肌の色が黒檀のように黒いから、日ざしにやられて死ぬこともない。俺はいつしかこの土地でぼろぼろになった神殿を見つけ、白い廃墟に棲みついた。
棲みなれてふと気がつくと、この神殿近くの村人たちは魔物に苦しんでいるようだった。魔物たちは勝手きままに村を襲って、おやつのように人々を食い散らかしていた。
ううむ、これはなんとも気の毒だ……! 俺がおとなしくしているせいか、村人たちは神殿に棲みついた俺を害することもない。その恩返しと言ってはなんだが、他の魔物から村を護ってやるとしよう!
そう思った俺が他の魔物を追い散らしていると、やがて俺は「村の護り神さま」と崇められるようになった。
ううむ、なんとも照れくさいが、そう呼ばれるのも悪くない!
村の者は俺の神殿もきれいに修理してくれたし、俺はえらいこと幸せものだ!
……と、ここで話が終わっていれば「めでたしめでたし」なんだがな……。村人たちは「護り神さまに生け贄を捧げる」ようになったのだ! 生まれたばかりの美しい女児を、年にいっぺんずつ神殿に差し出すようになったのだ!
「……生け贄……それは、あなたの望んだことなのですか……?」
いやいや、お前俺の話を聞いてたか!? 話の流れで分からんか、俺は人など食うタイプの人外ではない! 赤子を押しつけられても困る!!
……とまあ、そういう意味のことをだな、俺は村人に伝えに行った。今お前の目の前にいる、この人型の姿になって長老に抗議に行ったのだ。が、しかし! 長老はじめ、村の者は誰ひとり、俺の抗議を本気にとってくれないのだ!
何なのだ、どうして急に村の者たちは生け贄を? 俺はつくづく不思議に思って事情を訊いた。するとどうやら、以前に俺が負かした魔物の出まかせらしいのだ。
「黒竜は本当は人を食う魔物。今はおとなしくしているが、生け贄を捧げんと怒って村を血に染めるぞ。血染めにして滅ぼすぞ」とかなんとか脅したらしく……。
どうも倒された腹いせの、ちょっとした嫌がらせだったらしいのだ。
そんな訳で俺は毎年女の赤子を捧げられ、その世話にいつもてんてこまいだ! ミルクをやったりおむつを替えたり、そのうえ魔物退治まで! いそがしゅうてしょうがない!
そんな間違いから「生け贄」の儀式が始まって、今年でもう百年になる!
食わんでめんどうをみていたら、村人たちは「黒竜さまはえらくえっちな神さまらしい」と思うたらしく……。
いやいやひどい勘違いだ! 上は百歳で下はゼロ歳、ちょっと見には「幅の広いハーレム」に思えるだろうがな! 全員おむつまで替えて育てた存在、俺にとっては娘以外の何ものでもない! 色恋の相手とはどうしても思えぬ!
またこの娘たちがそろいもそろって俺に惚れてくれるのだ……朝から晩まで俺をめぐって小ぜりあい!
そもそも「俺の女」というまぎらわしい呼び方も、娘たちが表向き「そう言え」とうるさいのでな。俺は娘と言いたいのだが……何やらかんやらややこしゅうて、嬉しいやら困るやら。
……だからな、俺はひそかにこの神殿を「女難の館」と呼んでいるのだ。
あ、娘たちにはないしょだぞ?
* * *
子だくさんのパパ竜は、小さく耳打ちして苦笑した。私も何も言えなくなって、つられて少し苦笑した。
……「妖精の絵の具」の一件から沈みがちだった自分の心が、少し柔らかくほぐれている。思わず「ありがとうございます」と口にして深くおじぎをすると、パパ竜は不思議そうに首をかしげて、流れでにっこりうなずいた。
その晩は女いきれのする神殿で、お言葉に甘えて一泊した。ベッドはすっとするミントの匂いの絹のシーツ、一晩じゅう女性たちが入れ代わり立ち代わり、大きな扇であおいでくれた。
……が、しかし。この女性たちがまたかなりの「イタズラ好き」で、さんざん私を煽ってくるのだ。薄布のドレスに包まれた体をこれ見よがしにくねくねさせて、にっこり笑いかけてくる。
――ああ。ついさっきまで、本心では落ち込んでいたのが逆に良かった。下手に元気があると、何をするのか自分でも……私もやっぱり、男なのだ。
そもそもパパ竜が「泊まっていけ」と言ってくれたのは、お詫びの意味も大きいだろうが……「こいつは人畜無害だ」と、判断されたからだろう。それもなんだか情けないし、判断が当たっているとも言えないが、相手の親切は裏切れない……!
……そんな訳で、翌朝の目覚めはまぶたがこってり腫れていた。「目覚め」というか、正直一秒も寝られなかった。
けっきょく一晩何もなかった。パパ竜に誓って何もなかった。女性たちが口々に『もう一晩泊まっていけば?』と誘ってくれたが、私は全力で遠慮した。
(でも、やっぱり面白かったな……)
独特のにぎわいを離れるのは、なんだか淋しい気もしたが、気持ちをふりきって白い神殿を後にする。
ひそかな感謝の気持ちを込めて、ふり向いて神殿に向かって手をふった。老いも若きも、女性たちがわあわあと騒ぎながら手をふり返してくれた。
女まみれの神殿の前で、パパ竜がこちらを見ながら苦笑いして立っている。
飛びぬけて肩身の狭そうな神さまは、娘さんたちに囲まれて芯から幸せそうにも見えた。