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5『月を食べる蝶(ちょう)』

 さあ! もうじき「つくみの蝶」のお出ましだ!


「月を吞み込む」ほどでっかいチョウチョ……! まあだいぶオーバー表現だろうがな! けど、もう満月もこんなに見事に昇ったし……! じきにこのどうくつの奥から、化け物チョウチョが舞い出てくるぜ!


「……ええ! ここまでさんざ苦労した()()がありました!」


 はは、そうだよな! ……ってかごめんな、吟遊詩人! 旅のとちゅうで出逢ったあんたが、とんでもなく綺麗な声で歌ってるのを聴いちまって、もうたまらなくなっちまってな!


 ここらあたりで「化け物チョウチョ」とうとまれる、そりゃあ美しいらしいおおきなチョウを、あんたにも見せたくなっちまって……! あんたと一緒に「月呑みのチョウ」にお目にかかれりゃ、あんたはきっとその美しさを歌にしてくれると思ってさ!


「はい! もう今から心臓のばくばくが止まりませんよ……!」


 はは、そうだろ? 「巨大生物ハンター」のだいっちゃあ、この本体に出逢う前! このばくばくがたまらねぇんだ!


 ……つっても俺は「巨大生物を仕留める」ハンター様じゃなくて、「巨大生物の映像をおさめる」ハンターだがな。


 そういうものがお好きな貴族の紳士様、ふだんはその方の屋敷に住んでて「どこそこの世界にこういう巨大な生物が……!」って情報が入ったら、ぽーんと異世界にでもどこにでも出かけていく「やとわれ映像ハンター」だ!


 そんでこの魔力を帯びた水晶に、ドラゴンなり大魚なりの映像をキレイに収めたら、「そいつが存在する」って証拠にうろこの一枚もかっさらって、またお屋敷に帰るってなあ……まぁなかなか良い商売よ!


「けれども、やっぱり大変でしょう? なんせ山のてっぺんのに二人で来るまでも、崖を登ったりを渡ったりしましたから!」


 あーあれな! ごめんな! 思ったよりキツイ道のりだったなぁ! なんせ山のふもとに住んでるやつらは「月呑みのチョウ」は化け物だと思ってるからな!

「一目見るだけで目が腐る」なんて信じ込んでるもんだから、誰もここらあたりに来ねえし、当然道のりの情報の少ねぇこと!


 にしてもお前、そのカバンの防水加工がしっかりしてて良かったなあ! お前、急流に足をとられて思いっきりこけたからなあ! カバンの中身が水に濡れなくてホント良かった!


 ……にしたって、めちゃくちゃ綺麗だったなあ! お前の赤毛が水にふわぁっと広がったとこ、それこそ巨きな金魚のひれのようだったぜ!


「……はは、おめにおあずかりどうも……! にしても、『月呑みのチョウ』はなかなか出てきませんねえ……あんまり大きな声でしゃべりすぎましたかね?」


 えーおかしいな? ふつうの巨大生物っちゃ、「俺らくらいのサイズの生き物」のしゃべり声なんてまぁ気にしちゃいないもんだが……?


 うーん、もしか「満月の夜にだけ洞窟から出てくる」っつー情報自体がガセだったのか……?


 ――ああ! 大丈夫、洞窟ん中から出てきたぜ!


* * *


 それは巨人のいつくしんだ、大輪の花が咲くようだった。


 信じられないほど巨きなチョウが……月の光に虹色にきらめく生き物が、ふうわりふうわりと夜空をおおおりもののように飛んでいる。


 息が出来ない、あんまりにも息がつまってしょうがない。「を忘れる」とはこういうことかと、生まれて初めて身にみる。


 言葉を失う私のとなりで、ハンターの青年も水晶をかざして無言でチョウを見上げている。しばらくそうしていた後で、ほんのちょっぴり裏返った声を上げる。


「……いよっし! 映像はもう十分だ! あとは『証拠のりんぷん』だなっ!」


 言うが早いか、青年は()()と上着を脱いではんになった。浅黒くたくましい背中から、白い翼がばらりと咲いた。虹色のチョウより素朴ながら、その翼も目に染みるほど美しく……、


「……よくじんだ……」


 私は思わずつぶやいた。彼は翼のある生き物、彼も人外だったのだ!


「……いや嘘だろ? そんなびっくりした顔するか?」


 私の反応に驚いた様子の青年は、いたずらっぽく()()()と白い歯を見せた。


「そんな意外だったのか? よく考えてみろよ吟遊詩人! 空でも飛べんと、ドラゴンみたいな生き物の『うろこ』を採るのは大変だろう? そんじゃあ、ちょっと失礼……後ろから抱きかかえさせてもらうぜえ! わ、ほっそい腰だなあ!」

「わわわ! な、何ですかいったい……!?」

「何ですかって、一緒にチョウに迫るのさあ! 水晶はお前が持っててくれな! 落とすなよ!」


 言うなり青年はきりきり空へ舞い上がった。抱えられた私の視界に、満月とにじあやの巨きなチョウと白い翼と、青黒い夜空がいっぺんに飛び込んでくるくる回る。


「さ! でっかいチョウのお嬢ちゃん、鱗粉を一枚いただくぜ!」


 青年はぎゅっとせんかいし、チョウ目がけて突進する。虹の乱舞に目もくらむよう、翼人は羽根に手を伸ばし――その手がぱっとくうをつかんだ。


「――あや? ちょっと待て、何だこれ!」


「月呑みのチョウ」ははしからまるでばらばらちぎれ、ひらひらと破片がみるみる元の巨大なチョウに戻る。いや違う! これは、この生き物は!


「――チョウチョだ! ものすごい数の小さなチョウだ! こいつら、群れをなして『たい』して飛んでやがるんだ!!」


 そう、それは無数の小さなチョウチョの大群だった。

 まるで海の中で、大きな魚に襲われまいと群れなして泳ぐ小魚みたいに、チョウたちは一匹の巨きなチョウを気どって、美しく舞っているのだった。


* * *


 ……しばし夜空を泳いだ後に、「月呑みのチョウ」は洞窟の中へ帰っていった。


 チョウの美と生まれて初めての飛行の後で、ひどく頭がくらくらする。そんな私にワインの入ったすいとうを渡し、ハンターはしみじみとつぶやいた。


「……やつら、きっとえらい昔から生きてるんだな。この世界に巨大な生物がもっとはびこっていた時に、そいつらに襲われまいと大群になって、ああして擬態して飛んでたんだな」


 息が弾んで声にならない。私は黙ってうなずいて、渡された水筒に手をかける。青年は自分自身に言い聞かすように、ぽつぽつ言葉を重ねていく。


「……やつら、たぶん『びの生き物』だ。月の光の魔力を吸いに、きっと満月の夜にだけ、『月呑みのチョウ』になって洞窟の奥から出てくるんだな……」


 一口、ふたくちワインを飲み、私はもう一度うなずいた。「あ」「あ」と小さく声を出してみる。ようやく調子が戻ってきた。そんな私に青年はちょっと苦笑いして、「ごめんな」と軽く頭を下げた。


「悪かった、ちっとも巨大生物じゃなかったな! ホントごめんな、無理やり誘って……」

「でも、素晴らしく綺麗でした。歌になりますよ、この一夜の冒険は……!」


 青年はほっとしたようにって、それから一段声のトーンを落として、こちらへぽつりと耳打ちする。


「――でもな、帰りはまた同じ道行くんだぞ!」

「やあ、問題ないですよ……あんなに綺麗なものを見せてもらったんです、帰りも金魚になりましょう!」


 青年はぷはあと吹き出した後、なんだかばつが悪そうにちょっと肩をすくめてみせる。


「いや、こんなこと言うとカッコわりぃけど……正直、翼広げるのもまぁ疲れるし、矢なんか射かけてくるもいるから、あんまし飛びたくなくてなあ! それともせっかくの経験だ、俺に抱えられて空飛んで帰るか、吟遊詩人?」

「いやいや! 実を言うと、まだちょっとくらくらしていまして……! やっぱり『旅の吟遊詩人』は、土を踏んで歩くほうが性に合ってるみたいです!」


 青年はまたからから笑う。それから()()()と親しげに、私の肩へと手を回す。


「――はは! そっかそっか! そんじゃあ二人して歩きで帰るか! 大丈夫、俺は鳥にしちゃあ夜目がく方だし! 満月の光をランタンがわりに、夜の山道を帰ろうぜ!」


少年こどもの冒険」みたいなノリでびしっと天を指さす相手に、私は微笑ってうなずいた。


 本当のところ、同じ道を行くまでもなく、次の世界にワープすることも出来たのだが……。もう少し、もう少しだけ、この青年と「美しいものを見た喜び」を共有していたかった。


 そうして、崖から転がり落ちそうになったり、やっぱり急流でものの見事にこけたりしつつ、なんとか明け方に宿屋についた。


 正直二人ともくたくただったが、なんとも心地良い疲れだった。私たちは宿屋のおかみの迷惑顔に気づかぬふりで、それぞれの部屋でたっぷり朝寝を決め込んだ。


 ……夢の中で、私は虹色のチョウになっていた。ひらひらと無数に舞い上がり舞い下がる仲間のチョウの羽根はまるきり、虹のだれのようだった。


 七色の彩の雪崩の中で、私はチョウの姿のまま、舞いながら歌を歌っていた。歌はしだいにはっきりとなり、私は小さく歌いながら目を覚ました。


 夢から出来上がった歌を、別れぎわに翼人の青年に聴いてもらった。青年は目をきらきらさせて、聴き終えたら手を叩いて喜んで……、


 そして、それっきり二度とは再会出来なかった。


 あちらも旅人、こちらも旅人。道の向こうとこっちに別れて、お互いに世界も異世界も旅する身、二度出逢うのは奇跡に近い。


 けれども「チョウの歌」がある。これさえ歌えば、彼の笑顔がありあり胸によみがえる。今も小さく口ずさめば、宿から見る月夜に彼が飛んでいるような……、


「――……っ!?」


 私は()()と立ち上がり、宿の窓を開け放した。

 飛んでいる。本当に夏の月夜を、翼のある人型の生き物が、月光の逆光に黒いシルエットを落とし……。


 生き物はすうすうと天高く飛び続け、やがて彼方へ消えてしまった。残された私はきしむ椅子に深くもたれて、ふううと大きく息をつく。


 ――別の翼人かもしれない。あるいは天使かもしれない。逆光で良くは見えなかったが、悪魔の可能性だってある。


 ……けれど、やっぱり彼なのだと、私は奇跡を信じたい。開きっぱなしの本の上に手を組んで、祈るように目を閉じる。


 どうか、どうか、いつの日か。

 二度目の奇跡がありますように。

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