表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/34

4『魔女のおやつ』

 ああ良かった! 生き返った!

 大丈夫かい、旅人さん? ……いやあ、何だかおとぎ話みたいだねえ……今どき「おなかがいて倒れる人」がいるんだねえ!


「……ええと……あなたは? ここはいったい……?」


 ああ、ここは「おやつの店」ん中なんだよ。このばあさんの店ん中! あんたはね、この炎天下に店の前で行き倒れていたんだよ。「おなか空いた~」「おなかすいた~」って何度も()()()()言いながらね!


 ……ああ、何も遠慮するこたないよ? 店ったって、半分はあたしの家だから。こっちは奥の居住区だから、気がねするこたないんだよ。ばあさん一人の気まま暮らしさ、ゆっくり回復しておいで。


 さあ、まずは砂糖を入れたお水をおあがり。暑さにやられて弱ってる胃ぶくろがびっくりしないように……。


「……あ、あの……! 《魂のおなか》が空いて倒れましたので、何かお話をしてください……!」


 《魂のおなか》?? ……だ、大丈夫かい、あんた? 頭にまで空腹が回っちまったみたいだねえ……!


 まあうわごとを言ってないで、「体のおなか」を満たすと良いよ! ゆっくり水を飲みほしたら、まずはこのシフォンケーキをおあがり! 甘さひかえめのプレーンだから、軽食がわりにはなるだろうから……。おなかが少し落ち着いたら、改めて肉でも何でも焼いてやるから!


「ああ、美味しい……! このシフォンケーキ、甘い空気を食べてるみたいにふわふわで……!」


 はは、面白いこと言うねえ! まあ気に入ってくれて良かったよ! ……さて、それじゃあ空腹のあまりのうわごととは言いながら、ご注文にもこたえようかね。


 あんた、「何かお話をしてほしい」んだったねえ……年老いたばあさんの昔話でかまわないなら、一つ聞かしてやろうかね。


 ああ、聞きながらちゃあんと口は動かしときな! なによりも「体のおなか」が大事だよ!


 ……昔むかしのそのむかし……このばあさんが十三歳じゅうさんくらいの小娘だった頃のことさ。夢見がちだった小娘は、おとぎ話の「良い魔女さん」にあこがれて、有名な魔法使いのおじいさんとこを訪ねたのさ。


「あたしは良い魔女になって、みんなの役に立ちたいんです。どうか弟子にしてください!!」って。


 そしたら魔法使いは眠ってるような細い目をして、そっけなくこう断ったのさ。


「帰れ、小娘。お前のような弟子志願者はいくらでもいる。いちいち相手をしていたら、がパンクしてしまう」


 朝の新聞を自分で取りに来たおじいさんは、そう言い残して新聞片手に中に戻ろうとしたんだよ。その袖にかじりつくように追いすがって、あたしはなおも言ったのさ。


「あたしの両親はついこのあいだり病で亡くなって、他には身よりもありません。どのみちひとり立ちするのなら、いろんな人を笑顔に出来る素敵な仕事をしたいんです。どうか弟子にしてください!!」って。


 魔法使いは細い目をちょっと見はってから、ほんの少しだけ微笑んだのさ。


「ならば来い、小娘。三年の間わしの屋敷においてやる。だがその日を一日でも過ぎてまったく芽が出なければ、きっぱりあきらめることだ」


 ――さあ、その三年の間の騒ぎったらなかったね! 猫一匹召喚(よびだ)そうとしてニワトリを百羽召喚しちまったり、魔法使いの先生のローブに毒花をめいっぱい咲かしちまったり!


 しまいにはみんなあたしの才能をあきらめて、お茶の係にしちまった。あたしは最後の一か月は、毎日お茶ばかりれてたよ。


 そんなこんなで、ついに三年の最後の日が来たんだよ。先生は「最後の試験だ」って、あたしに砂糖を出させたんだ。


「……サトウ? 砂糖をですか……?」


 そう、砂糖だよ、あの甘いやつ。「そこらの葉っぱ一枚から、砂糖一キロを採り出す魔法」さ。あたしはこの魔法だけは、誰よりもちゃんと出来たんだ。


 でも出来るのはそれっきり! ああ、これはもうおしまいだ。魔女にもなれず、この屋敷を出されたらあたしは何になればいい?


 絶望するあたしの頭を、年老いた先生は優しくなでたんだ。そうしてって言ったのさ。


「ソルシエ、お前はもう立派な魔女だ。この屋敷を出てインビス国に行くが良い。そこでならきっとお前の力がきる……さあ! 昔お前が望んだとおりに、人々を幸せにするが良い!」


 そうして先生は床に魔方陣を描いて、その中にあたしを入れたんだ。先生が呪文を唱えると、ぱっと景色が反転して――!


 びっくりしたね、そこはもうインビス国の田舎だった! 畑仕事に精を出してた人たちが、あんぐりぱっくり口を開いてあたしのことを見ていたよ。


 先生が別れぎわに魔法をかけてくれたみたいで、あたしはインビス国の言葉を話せるようになっていた。


 さあ、もうあたりは大騒ぎさ! 見知らぬ国の人たちは、わあっとあたしを取り囲んで、目を丸くして訊いてきたんだ。


「嬢ちゃん、いったい何者だ?」

「何にもない道っぱたに、いきなり姿を見せるなんて! 魔法使いか何かかい?」


 実はこういう訳があってと、あたしは事情を話したんだ。そうしたらインビス国のみんなは大喜びさ!


 ……ん、「何でか」って顔してるねえ? 実はその当時、インビス国では砂糖はぜいたく品でねえ! それこそ目の玉の飛び出るくらい、貴重で高価なものだったんだ。


 さあ、それからは大いそがしさ! あたしは昔からちょっとしたおやつを作るのは好きだったから、すこしのお金と引きかえにお客におやつをこさえたんだ。


 採りたてのイチゴを持ってきたお客にはイチゴジャム。


 ミルクと小麦粉、ベーキングパウダーなんかを持ってきたお客にはパンケーキ。


 オートミールとドライフルーツたっぷりのお客にはザクザククッキー!


 なんせ元が葉っぱ一枚だからね、高いことは言えないさ。お客はほんとに大喜びでね、そのうちみんなおやつの作り方を覚えて、砂糖そのものを買っていくお客も現われた。


 けれどこれがお上に知れたら「みつぞうだ!」とか「税をかける!」とか、うるさいことを言い出すだろうし……砂糖のことは長年ここらの庶民たちの「甘ーい秘密」だったんだ。


 まあそれから何百年も経った今、砂糖なんかいくらでも買える時代になったがねえ。他の国との行き来もずいぶん楽になったし、このインビス国内でも砂糖を作れるようになったし!


 けれどもそれでも、あたしのお店に顔を出してくれるお客はたんといるんだよ。昔なじみのじいさんばあさん、その子どもに孫たちに……。


 今でもみんなあたしのことを「魔女のばあちゃん」って呼んでくれる。

「ばあちゃんのおやつを食ったら、よその店のは食えねえなあ」って言ってくれる人もいる。


 正直言ってそんなみんなに、あたしの方が幸せにしてもらってるのさ……!


* * *


 そう打ち明けて、年老いた魔女は幸せそうに微笑んだ。


 私はしみじみうなずいて、シフォンケーキを口いっぱいにほおばった。


 ……ああ、何て優しい甘さ! それこそ魔法でもかかったかのよう、夢のようにふわふわだ。正直「体のおなか」はそんなに空いてはいないのだが、このケーキはいくらでも食べたくなってくる。


 けれどこれでも大食らい、この私が本気を出したらお店に並べる分までが()()()()消えてしまうだろう。だからごく軽くケーキを七切れ食べた後、お礼を言って席を立つ。


「ちょっとあんた! その食いっぷりを見るに、体に似合わず大食らいだね? 肉は良いのかい、肉は! 骨付きの良いとこ焼いてやるよ!」

「いえいえ! さすがにそこまでご好意に甘える訳にはいきません! ……あの、これすこしですけど……!」


 ――相手は経験豊富すぎるであろうおばあさん。「こっそり置いてくる」という手はとうてい通じないだろう。だから受け取ろうとしないケーキのお代を無理に押っつけ、追ってくるおばあさんにおじぎをしながら店を出る。それと入れ違いに、お客の親子が入ってきた。


「ばーちゃーん! 今日はね、ミックスナッツ持ってきたー! また砂糖まぶしにしてー!」


 元気そうな男の子が袋をぶんぶん回して叫ぶ。おばあさんは日だまりにいる猫みたいな笑顔になった。彼女にしたら「孫」みたいなものなのだろう……しわだらけの顔をますますくちゃくちゃにして、男の子に話しかける。


 それはどう見ても文句のつけようのない、「良い魔女」の姿そのものだった。


 その光景を目に染ませ、私は炎天下に大きく足を踏み出した。「体のおなか」もそこそこ甘く満たされて、《魂のおなか》の具合も上々だ。


 さあ、次に出逢うお話はどんな味だろう? ぜいたくを言えば、今食べたシフォンケーキのような、口当たりの良い話がいいな……!


 こうして私は、再び「お話を探す」旅に出た。

 シフォンケーキのふわふわみたいな白い雲が、もこもこと夏空に浮いていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ