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3『劇薬と妙薬』

 ねえ、すっごく「へんてこりん」な花でしょう?

 一枚いちまいがテーブルクロスみたいにおっきな花びら、まるで作り物みたいでしょう?


「ええ、けれど本物の花なんですね……! 『祝福の魔法』がかかったたんの花はこんなだろうか……素晴らしくおおきくて美しい……!」


 わあ、ずいぶん詩的なことを言うねえ!

 ……ねえお兄さん、旅をしている人でしょう? 何してぎんを稼いでいるの?


「……当たりですよ、ぼうや……! この私は吟遊詩人、世界じゅう、異世界じゅうを旅してお話を集めて回っている……でも、どうして……?」


 ええ? 『私が旅の者だって、どうして気づいたんです』って言いたい?


 はは! やだなぁ、そんなの見れば分かるって! 片手にでっかい旅行カバン、着慣らした感じのシャツとパンツ……そのうえぼうにおっきなマント! もうどっから見ても旅人さんだよ!


 ……でもさ、いっくら長く旅してたって、この花を見るのは初めてでしょう? 花びらのふちがうっすら赤い、巨きなピンク色の花……。ちょっと焼きすぎたアップルパイみたいな、甘ーい蜜のいい香り!


 もうじき秋になってだんだん寒くなってくるとね、サンゴのたまみたいに赤い実をいっぱいつけるんだ。花はひとつきりなのに、実はたくさんなるんだよ! 不思議でしょう?


「たしかに……いかにもファンタジーの世界に出てきそうな、美しく妖しい花ですねえ……! あの、この花にまつわるおはなしなんぞはないでしょうか? もしあるのなら、教えていただきたいのですが……!」


 おはなしぃ? うーん、あるにはあるけどねえ。あんまり良い話でもないからなあ……。


「そうですか……それでもやっぱり知りたいのですが……!」


 えぇえ? おかしな人だなあ! ……って、あぁそうか! お兄さん、吟遊詩人なんだもんね! お仕事のお話の種にするんだね! それじゃあ分かった、ボクがお話してあげる!


 ……昔むかし、この近くのある村に男の赤ちゃんが生まれたんだ。

 その子はさらさらの金髪と蒼綺石サファイアみたいに深い青い目を持っていて、すごく綺麗な子だったんだよ。その子はパパにもママにも、村の人にも愛されてすくすく育っていったんだ。


 そしてその子が八つの歳に、となりの村の教会に家族でお祈りに行ったんだ。その時ママが得意になって、こうお祈りをしちゃったんだよ。


「このあたりをおまもりになる土地神さま、おかげでこの子もこんなに大きくなりました。さらさらの金髪に蒼綺石サファイアの瞳! 今では神さま、あなたさまより美しいくらいになりました!」


 うわぁ、なんて無礼な言葉! パパはあわててママの口をふさいだけれど、もうその時には遅かった。みるみるうちに親子の前に土地神さまが現れて、透ける衣をひるがえしながら告げたんだ。


『お前たちはこのわたしをろうした。罰としてこの子に呪いをかけよう。――この子はこれから見た目に歳をとらず、百年も千年も生きる身になる。そうしてその口に毒を含まば、薬を吐き出す身としようぞ』


 美しい女神さまはそう言い残し、かすみみたいに消えちゃったんだ。


「このことは自分たちだけの秘密にしよう」と親子で誓い合ったんだけど、場所が「地元で人気の教会」だもんね……! たまたまその場にいた人たちがあっちこっちでしゃべっちゃってね、うわさはどんどん広まっていっちゃったんだよ!


 それからはもう大変だよ! うわさは大病持ちの貴族のとこにまで知れ渡って、男の子はさらわれるみたいに、その貴族のおじさんの屋敷に引き取られちゃったんだ!


 その後の日々は男の子には地獄だよ! 男の子は毎日毒を飲まされて、転げ回って苦しんで……そのたび口からあめ玉みたいな薬を吐いて、それを貴族のおじさんが呑んでいたんだよ。


 でもそのおかげで、おじさんは日に日に元気になっていった。その代わりに男の子はげっそりやつれて……屋敷の人たちは正直言って、男の子がかわいそうでしょうがなかった。


 けどおじさんに逆らったら、自分たちが殺されかねない……だから屋敷の人たちは、目の下に深いくまをこしらえて、目を真っ赤にしながら男の子に毒を飲ませていたんだよ。


 そんなある夜、つやつやの肌つやになったおじさんは、召使いたちに命じたんだよ。


「わしは大変元気になった。これもあの男児の吐き出す薬のおかげじゃ……そこで今夜は、一口でも口に含めば命を落とす劇薬をあいつに飲ませようと思うのじゃ。うまくすれば、不老不死のみょうやくでも吐き出すかもしれんでの」


 さすがに怒ったおじいさんの執事が一人、こう言っておじさんを止めたんだ。


「御主人さま、いいかげんになされませ! ご自分の生命いのち可愛さに、いたいけな子どもに毒を飲ませて死ぬほどにもだえ苦しませる。善良な領主のいたすこととも思えませぬ!」


 それが、そのおじいさんの最期の言葉になったんだ。貴族のおじさんは黙ったままで指先だけで合図して、そばにいた首切り役人に執事の首を切らせたんだ。


 目の前で首と血が飛んで、もう誰も何も言えないよ!


 それでもやっぱり誰ひとり、連れてこられた男の子に毒を飲ませたくなかったんだ。首が転がって血まみれの部屋で、おびえきっている幼い子……そんな子どもに猛毒を飲ませるなんてとんでもない!


 涙を流してしりごみする家来たちを、おじさんは顔を真っ赤にして頭からどなりつけたんだ。


「何を考えている、お前らは! 病身の主人が回復する、もしかしたら不老不死の体になる! それをなぜに喜ばん! どこぞの村の男児が一人苦しもうとも、そのために命を落とそうとも大したことではないではないか! それにこいつは神に呪いをうけた身だ、めったなことでは死にはせん!」


 ……ねえ、めちゃくちゃなくつでしょう? でもおじさんにとっては「正論」なんだよ。自分の方がおかしいかどうか、考える気すらないんだよ!


 いくら怒っても家来が動かないものだから、おじさんは玉座から立ち上がった。泣いて嫌がる男の子の口をこじ開けて、無理やり猛毒を飲ませたんだ。


 男の子は本当に死ぬほど苦しんだ。内臓を吐き出すような勢いでえずき回って、どす黒い血を吐き散らして……やがて真っ黒なあめ玉みたいな、薬をひとつぶ吐き出したんだ。


 おじさんはニタニタ笑いながら、そのあめ玉を口に入れた。とたんに噴水みたいに真っ赤な血を()()()()と噴いて、そのまま床に倒れたんだ。


 おじさんの体は見る間に形が変わって、ビロードのマントにくるまれた体がぐるぐる動いたと思ったら、そこから植物の芽が生えたんだ。


 植物はみるみるうちに巨きく育って、花びらに赤いふちどりのある、ピンク色の花を咲かせた。そうしてぐんぐん枝が伸びて、赤いサンゴの珠みたいな実を、たくさんたくさんつけたんだ。


 その時まで猛毒にもだえていた男の子は、苦しまぎれにその赤い実をむしって食べたんだ。


 そうしたらなんて不思議、ふしぎ! 体の中の毒が消えて男の子はしゃんと立ち上がったんだ! さらさらの金髪も、宝石みたいな青い瞳も、生まれ変わったみたいにつやっつや、ますます美しくなったんだって!


 それからだよ、その花が「妙薬の花」と呼ばれるようになったのは……! 赤いサンゴみたいな薬で、このあたりの人はずいぶん助けられたそうだよ!


 それから何百年たって、屋敷も消えて当時の人はみんなお歳で亡くなったけど、花だけは今も咲いているんだ。


「……では、この夢のように巨きなピンク色の花が……?」


 ビンゴだよ、お兄さん! 目の前のおっきなピンクのお花、これこそが「妙薬の花」なんだ! 今はちょうど時季外れで、花しか咲いていないから、お兄さんの他にお客さんはいないけど……。


「それでは、ぼうや……さらさらの金髪に、深い青い目の綺麗なぼうや……! あなたが今のお話の……?」


 ――ええ? ちっがうよ、ボクはただの案内人! やだなぁもう、早とちりのお兄さん! 「金髪に瞳の青い男の子」なんて、この世にたくさんいるでしょう?


* * *


 美しい男の子はそう言って、しれっと笑みを浮かべてみせた。その蒼綺石サファイアのような瞳の奥に、いたずらっぽい光が宿る。


 私は口を開いたけれど、何も言わずに微笑んだ。さん軽くうなずいて、自分のカバンをひっかき回す。……昔話を聞かせてもらったお礼にと、あめ玉の入った袋を取り出した。


 つい数日前に、異世界の「もと」国で買い求めた、ころんとした黒いあめ玉。その黒あめをさし出すと、男の子は笹の葉の包みをといて少しひるんだ顔をした。


「大丈夫だよ」と教えるように、私が先にひとつぶ口に入れてみせる。……男の子はそれを見て、恐るおそる口に含んだ。それからじんわりほおが緩んで、とろけるようにはにかんだ。


「うぅん、甘みが濃いねえ……美味しーい!」


 その笑顔があどけないから、しみじみと胸に切ない想いがにじむ。


 あと何百年、何千年生きるか知らない。

 けれど願わくばもう二度と、君が毒を飲まされることのないように――。


 私はそう祈りながら、男の子に別れを告げて歩み出す。


「焼きすぎたアップルパイ」のような香りが、鼻先へまとわりついてくる。その匂いをかぎながら、口の中でころころ黒あめを転がしてみる。


 うるさいくらいの花の匂いが、私の中であめの風味と絡んで香る。黒いあめ玉は()()()()甘く、ほんのわずかに苦かった。

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― 新着の感想 ―
[一言] アラビアンナイト的なおとぎ話的な世界ですね。ほのぼのとしていて何やらあやしげな、こういう雰囲気いいですね。自分では表現できないところなので、とても参考になりました。 特に最後の終わり方が余…
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