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24『助太刀ヒロイン』

 ここまで来たらやるしかない! 演じきるしか道はない!! そうじゃろ、吟遊詩人さん!?


「いえあのぅ……や、やっぱり私には荷が重す」

 うぉおっと! 動いてはいかんぞ吟遊詩人さん! せっかくの舞台化粧(メイク)が崩れてしまう!


 ――では、くれぐれも頼みましたぞ、ゲストの吟遊詩人さん!

 このおおばばが着付けをしつつ、村伝統のこのしばの始まりの話を語りましょうぞ。聞きあきたかもしれませぬが、年寄りは何度も同じ話をするもんじゃ。「しょうがないな」とあきらめて、聞き流してくだされや。


 ……この舞台は年に一度、このタルッソ村で開かれる祭りのもよおしでな。この「タルッソイータ」と言われる村の伝統芸能は、五百年前に始まったんじゃ。なんでも昔、村の者が都の芝居を観に行ったのがきっかけだそうじゃ。


「なんと素晴らしい芸能だろう!」

「この幻想的で美しい演劇を、うちの村でもやってみたい!!」


 そう思った若者二人は、村の長老にかけあったんじゃ……長老はひととおり二人の話を聞いたあと、つぶやくように言ったそうじゃ。


「その舞台はわしも昔観たことがある。だが、あれほどのものをうちの村で、やすやすと再現出来るはずもない……」


 長老の言葉を聞いても、若者二人はあきらめなんだ。何時間も話し合って、とうとう長老が「それでは好きにやってみよ」とため息混じりに認めたそうじゃ。


 さあ、それからが大変じゃ! 若者二人はもともと女と酒とバクチが大好きだったんじゃが、まるっきり生まれ変わったように、朝早うから夜遅うまで働きづめに働き出した。


 そうして稼いだ金はみんな舞台のために消えた。二人は行けるだけ都を訪ねて、都の芝居を金の続くだけ観て回って、せりふも何も()()で言えるようになった。


 それから自分たちなりに考えた話の続きやなにかを書き出して、何度もなんども書き直した……始まりから十年経って、やっと二人は二人にしか書けないような、オリジナルの話をいくつか完成させたんじゃ。


 それを村じゅうの家を回り、村の住民に見せたんじゃ。たいていは門前払いじゃったが、中にはその話を気に入ってくれる者もいた。その者たちをも巻き込んで、二人はみんなで芝居をしようと奮闘した。


 演劇好きの土地持ちの広い庭を借りて、そこに小さな舞台を建てた。針仕事のうまい者に芝居の衣装を縫うてもろうて、村の職人に小道具をいろいろ作ってもろうて……始まりから十五年過ぎて、やっと初回の舞台までこぎつけたそうじゃ。


「田舎芝居にしては上手い」

「やっぱり都のものと比べると見劣りする」


 ほめる者も多少はいたが、けなす声のほうが多かった。それでもまったくあきらめず、もう若者でなくなった二人はこの演劇に打ちこんだてな。


 やがて二人は年老いて亡くなってしもうたが、芝居の熱は消えなんだ。「この村ならでは」の色を濃くして、都の舞台とははっきり違う独特の節や衣装になって、やがて「タルッソイータ」という他にない村の芸能になったんじゃ。


 そうして長く続いてきた演劇が、今夜も開幕するのじゃがな……。よりによって三日前に、主演の女優が急に倒れてしもうての。お前さまも聞いてのとおり、山菜と間違えてスズランを食ってったのじゃよ。命に別状はないというが、中毒った者を病みあがりに芝居の主演は難しい!


 こりゃあ困った、どうしようかという時に、わしはお前さまと出会うた。道ばたで歌う声の良いこと、代わりになるのはこのお方しかいないじゃろう! わしはすぐさまそう決めて、お前さまをゲストに引っぱりこんだんじゃ。


 いやいや、本来ならお前さまは村の外の者。村の伝統の舞台には出せぬ決まりがあったのじゃが、おかたいことは言うていられん。


 それにこの頃は「そんなは古くさい」と、若者などは見向きもせん。古い決まりにいつまでもこだわっているようでは、いずれ伝統が滅びてしまうと……そう考えた「舞台のぬし」の大婆が、お前さまの主演を決めて今こうやって着付けているのじゃ……!


 なになに、わずかに三日のあいだ寝るめも寝ずに叩き込んだが……お前さまなら大丈夫じゃ、きっとこの舞台つとめ上げてくれるじゃろうて。


 さあさあ、もうじき出番じゃよ……おうおう美しくなった、まるで本物のおなのようじゃ!


* * *


 目の前の鏡には別人の自分が映っている。


 長い赤毛はおだんごに巻かれ、ユリとバラとの花かんむり。色とりどりのレースまみれのドレスをまとって、貴族のお嬢さんのようだ。


 初めての女装……しかし私の頭の中には「気恥ずかしい」も何もない。しとやかで華やかな衣装をまとった私は、まさに「きんちょうのカタマリ」だ。


 正直、つとまるワケがない。見た目はなんとかなろうとも、相手は五百年の伝統を持つ村の舞台! それをたった数日で、流れながれの吟遊詩人に演じろと!? 自分の力を過信して三日がんばったけど、どう考えても荷が重い!


「あ、あのぅ……! やっぱり私、この舞台には……!」

「ほいほい吟遊詩人さん、出番じゃ出番じゃ! 行ってこーい!!」


 大婆さまは人の言うことをまったく聞かず、とーんとこちらの背中を叩いて舞台へ突き出した。


 ああ、詰んだ! つい今まで「無理やり異世界にワープして逃げちゃおうか」なんて考えていたのだが、この時点ではもはやこの手は使えない!


 ていうか、何だこれ! 何だこの観客の数! 見物客がとうもろこしの実みたいに席にびっしり! 話が違う、若者もめちゃくちゃたくさんいる! きっとどたん場でったポスターの売り文句のせいだ!


楽園エデンの歌声! 流れながれの吟遊詩人、村の舞台に緊急主演!』


 あおりまくりの広告のことが、今さら心底恨めしい。私はなかばやけになって、そっと手足を踊らせる――いやいや無理だ! 手も足もがちがちにこわばって()()()()としか動かない! これじゃ出来の悪いからくり人形だ、伝統の踊りなんて出来やしない!


 客席からの目線が少し馬鹿にした部類に変わる。……くすくすとあちこちで低く笑う声、「何だいあれは。やっぱり村のベテランにはかなわねえなぁ」というつぶやき声。


 初めて味わう観客からのせせら笑いに、体がますます固まっていく。ああ、穴があったら入りたい! もうこうなったらしょうがない、踊りをやめてせりふを言おう……。


「あぁ、恋しいアナタ、イトシイアナタァ!! ……、」


 だぁあぁあもう! 最低の最悪だ! 声が見事に裏返った、五歳の子どもがふざけてあげた奇声みたいだ!!


「何だがっかりだ、おめぇ遊びのつもりかぁ?」

「引っこめよそ者! この村の伝統をなめんじゃねぇっ!!」


 舞台の上で罵声を浴びる身のつらいこと! ああ、これが伝統の舞台でなかったら! いつもの私の歌だったら……!!


 ――いつもの、歌……そうだ、そうだ! なにも無理して出来ないことをしなくても!! もう良い、いっそいつもの私で舞台をつとめ上げてやる――!!


 私はすうと大きく息を吸い、三日で仕込まれた型を忘れた。ただ思うままおもむくままに、ひらひらと手足をひらめかせる。


「お前の踊りは不思議で優雅な動きだね」


 そういながら親に言われた幼い頃の、自由な自分の踊りをおどる。罵声や嘲笑はしだいしだいに小さくなり、やがてやけどするような熱い静寂がおとずれた。


 ――そうだ。即席で教えられた伝統は出来ない、けれど私には歌がある!


 開き直った私はすっと踊るのをやめ、そっきょうの歌を歌い出した。この村に伝わる伝統の……「タルッソイータ」の成り立ちの歌。大婆さまから聞かされた、この村の誇る演劇の始まりのお話を、声いっぱいに星も降れよと歌い上げた。


 ……このあいだからずっと脳裏をちらついていた「歌姫」のこと、美しい歌声の女神のことも、忘れて一心に歌い上げた。人がなんだ、自分は自分だ、自分の歌える歌を歌え、自分の歌と競えばいい――!!


 ろうろうと歌い上げながら目についたのは、二階席にいる若者二人。しんとして聴き入っている観客の中、とろけるようににこにこ微笑うその二人は、映画のフィルムの早回しみたいにしわが寄り、おじいさんになっていく。


 不思議な二人を見つめつつ、歌い終えて口をつぐむ。しんとしていた会場全体がごうごうと、底鳴りのようにうなり出した。今まで聴いたことのない歓声と、耳が壊れるくらいの拍手が舞台じゅうを包み込む。


「――すげぇ! すげぇぞ、吟遊詩人さん!」

「まさに天使の歌声だ! まさしく楽園エデンの歌声だ!!」

「タルッソイータ、ばんざーい!」

『タルッソイータ、ばんざーい!!』


 流れ者の私への賛美は、みるみるうちに伝統芸能そのものへの賛美になって、満月が割れるような大合唱が天をく。


 ひざから一気に力が抜けて、へたへたとその場にへたり込む。舞台のそでの大婆さまが走りより、私の両手を握ってくれた。夜が壊れるような歓声が耳をつらぬく、大婆さまのしゃべる声すら聴こえない。


 いつのまにか、二階席の不思議な二人も姿を消して……視界がにじみ、の分からない熱い涙が、ひとすじほおを伝って落ちた。


* * *


 その翌日のうららかに晴れた春の朝。


 大婆さまと舞台の役者は一人残らず、村から出る私を見送りに来てくれた。「本当の主演女優」の方も、食あたりの治りきっていない笑顔でこちらに握手を求めてくれた。


 大婆さまは何度もなんどもお礼と謝罪をくり返し、おしまいに深く頭を下げた。


「お前さま、本当にすまんかったのぅ。いくらふるさとを愛していようが、手段を間違えてはどうもならんな。無理やり村の外の者に伝統を数日で教えこもうなど、とうてい無理な相談じゃ……!」


 苦笑いした婆さまは、少女を思わす()()()()()笑みを浮かべてみせた。


「しかしな、吟遊詩人さま……あなたさまのおかげで、何百年ぶりに『タルッソイータ』の歌と踊りに、新しい風が吹きそうじゃ!」


 私はなんとも返事をせずに、こそばゆく微笑っておじぎした。……ふっと昨夜の不思議な二人を思い出し、口にしかけて思いやめる。手をふりながら笑顔で村を後にして、ふっと草はらで足を止めて息をつく。


「――だぁあぁあもう、しんどかったぁ!! めちゃくちゃすごい経験をした……っ!!」


 あの村の伝統芸能に、これからは私の歌と踊りも加わるのだろう。そりゃあもう素直に嬉しいが、もう二度とヒロインはごめんだぞ!!


 思いきり息を吐き出すと、少しだけ気持ちが落ちついた。


 ほおをさすって顔を上げ、ひとり春の野を歩き出す。歩きながら、今回の騒動の歌を思いつくままに口ずさむ。


 口ずさみつつ、若者二人のおもかげを再び脳裏に思い描く……記憶の中の二人も見る間にしわくちゃのおじいさんになり、こちらに向かって思わせぶりに微笑いかける。


 ――ああ。あの二人は、いったい何だったんだろう。


 タルッソイータの創始者たちの魂だと、考えても良いのだろうか。「伝統芸能に新風を吹かせたこの私のお芝居を、から観に来てくださった」と思いあがっても良いのだろうか?


 記憶の中のお二人が、満面の笑みでうなずいた。


 私は舞台の打ち上げで一秒も寝ていない目をまばたき、思いつくまま歌いながら春の野原を歩んでいった。ほかほかとした日の光が、眠いまぶたに柔らかかった。

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