21『友情と紫水晶(アメシスト)』
ようこそ「五体の魔術師」ジャックのお店へ! さぁさ、どこなん? ケガしてんのは? このジャックさまがあっという間に癒して治してさしあげましょー!
……って、あれー? どっこもケガしてないじゃん! あんた、本当にウチのお客?
「いえ、私は旅の吟遊詩人なんですが……地元の方にうかがったんです、『ここの土地神さまの神殿の中に、一軒お店があるんだよ』って……!」
はっはーん! そぃで「そのお店に行ってみな、面白い話の種が手に入るよ」って言われたってか!
なーるほど、そぃじゃあ分かった! まぁちょっと待ってな、今ハーブティー淹れてやるから! スパイスクッキーも食ってけよ、この俺さまの手焼きだぜ?
「いぇいえ、そんな……申し訳ない……!」
はっは、まぁそんな遠慮すんなよ! この話、ある意味のろけで他人にはめったに話せねぇから! のろけ代と思ってご賞味あれだ!
……美味いか? そりゃあ良かった! さて、それじゃあそろそろ本題にうつろうか……なぁあんた、この店がどういう店か、地元の人に聞いてきたか?
「ええ、『魔術師のお医者さま』のような……手でも足でも内臓でも、ケガや病気で失ってしまった体のパーツを、付け替えてくれるお店だとか……」
そう、そぅだよ、その通り! んじゃあさ、その体のパーツは、どこから持ってくると思う?
「……あぁ……そうか、言われてみれば……!」
そーだよあんた、腕や足のパーツがさ、地面からにょきにょき生えてくるワケねぇだろう?
……実は俺、これでも春の花の精霊でさ。人外の能力をフルに生かして、おぞましくってとても口に出来ねぇような方法で、体のパーツを集めてきて……!
……っはは、なーんて嘘ウソ! 俺の体を覆ってる、このぶわぶわの黒いローブを触ってみ? ……感想は? 言ってみ、遠慮しないでさ……!
「……な、なんだか妙にごつごつしていて……あるべきところじゃないところに、腕の感触を感じます……!」
はは、そうそう、大正解! こう見えて俺さま、呪い持ちでさ。
……な、分かるだろ? つまり「商売に使うパーツ」の調達先は、自分の体ってコトなのさ!
「ま、まさか……ぃ、一体この世の中に、そんな呪いがあるんですか……!?」
いやー、それがあるんだよ! 現にこの俺が「絶賛呪われ中」だからな! いやいや、実はこの呪いに関するお話が、あんたに聞かそうとしてる「話の種」ってワケよ!
もちろん俺な、生まれつき呪われてたってワケでもなくってさ。
何を隠そう、これでも昔は「プレイボーイのはしくれ」で……。何しろ精霊向けの大学をトップで卒業、顔もそこそこ、人当たりも良いと来た! そんな訳でまあモテたしさ、昔はけっこう調子に乗ってたんだよな。
……いや、嘘かな? 本当は俺は親なしの、春の空気が凝って生まれた精霊だ。正直言って、実は淋しかったんだ。女遊びも、母親のイメージにすがってたようなもんだったな。はは、こう言うと何とも情けないけどな!
……でもその当時、大学を卒業したての頃は、そんな自分にも気づけなかった。そんで本心はやけっぱちで、この神殿の土地神さま……美しい女神さまにまで言い寄ったんだ。
女神さまは男と見れば呪いでカエルに変えちまう、えげつねぇ男嫌いだったんだけど……俺はそれでもアタックした。そんでもって怒り狂った女神さまに、カエルになる以上の呪いをかけられた。
……もう分かるだろ? それが「増殖の呪い」だよ。俺は体じゅうから手足が生える、内臓も増える、とびっきりの呪いをかけられちまったんだ!
「それは……何というか……! で、でもそれならどうして、この神殿であなたはお店を……?」
ま、それはこっからの話だよ! 俺はそれでやっと目が覚めてな!
「ああ、むしろこれは立ち直る良いチャンスなんだ! 親なしの生き物なんて、考えてみりゃあ俺の他にもいくらもいる」って!
「ここらで心を入れかえよう! わさわさ増える手足や内臓、体のパーツを失った人に分けてさしあげて生きていこう」って!
そんな訳で、まあ百年は商売したかなあ。手術みたいなことも全部自分で切りまわして……。パーツ代もあんま高いこと言わないで、そこそこお金が貯まったら、信用のおける慈善団体に寄付したりして……。
……そんなことをやってる間に、俺は気づいちまったんだよ。体のパーツが増える回数が、目に見えて減ってきたことに……! 俺はあせって、もう死ぬ気でこの神殿に、女神さまに逢いに行ったんだ。そしたら女神さまは、微笑んでこうおっしゃったんだ。
「もう良いぞ、ジャック。もう呪いは終わりにしよう」
俺は耳を疑った。声も出せずに祭壇の下から見上げるだけの俺に向かって、女神さまはこう告げたんだ。
「聞けばお前は、余分に生え出た手や足を、体の一部を失ってしもうた者に接いでやっているとか。いまや別人に思えるほど、お前は善い生き物になった。もう呪いなど必要ない……」
そう言って、それこそ「女神みたいに」微笑む女神に、俺は祭壇にとび上がってしがみつくように頼んだんだ。
「――お願いします! 俺に一生『増殖の呪い』をかけてください!」
「…………は?」
今度は女神さまが、自分の耳を信じられないみたいだった。そんな女神に、俺は必死で叫んだんだ。
「俺は……俺はこの呪いのおかげで、ようやく立ち直れたんです! これも呪いのおかげです、あなたさまのおかげです! 俺はこの呪い、一生背負っていきたいんです! ……一生『五体の魔術師』として、商売していきたいんです!!」
女神さまは俺の願いを聞いた後、何だかぽかんとうなずいた。そうして、どこか泣き出しそうに微笑って、こう言ったんだ。
「そうか。ならばお前の望み通り、呪いをかけ続けるとしよう。……ときにお前、今独り身か?」
「――――は??」
またしても自分の耳を疑う俺に、今度は神さまが打ち明けたんだ。
「実はわらわも、昔むかしにろくでもない男に、ひどく痛い目に遭ってなあ……。それっきり男嫌いになったのだが、今のお前の好もしさに目が覚めた。昔のお前は相手に出来ぬが、今の……その、今のお前なら……」
言いよどんで恥じらう女神さまに、俺はもうぽっかり口あいて呆然さ。そんな俺に、女神さまはほおを赤くして目を泳がせて言ったんだ。
「……そんな訳で、なあジャック。……お前、いっそ神殿に引っ越して来たらどうだろう? そうしてわらわの『呪いの庇護』を受けて、一生この神殿で商売するのはどうだろぅ……」
うつむき加減につぶやくように問いかける、そのさまがたまらんくらい可愛くてなぁ! 俺が見惚れて返事しないのを勘違いして、女神さまはべそをかきそうになったんだ。
「あぁ、やはり駄目かのぅ……やっぱり今のお前には、怒りんぼうの土地神なんかはつり合わんかの……?」
「つり合わん」なんてとんでもない! 俺は思わず女神さまの手をぎゅうっと握って、ちゅっとほっぺたにキスをした。男慣れない女神さまは、きゃっと言ってますます真っ赤になったんだ。
……と、まぁそんなワケなんだ! 俺がこの神殿で「五体の魔術師」の商売するようになったのは!
* * *
語り終えたジャックはハーブティーをくーっとあおって、子どものような照れ笑いをしてみせる。
「それはそれは……! あの、ところで女神さまは今どちらに……?」
「ハニー? あーダメダメ、彼女けっこうな恥ずかしがりでさ! こんなのろけ話の後じゃ、絶対顔見せてくんないよ! 今度っからは顔見せてって頼んどくから、ケガしてなくてもまた来てくれよ!」
ジャックは人なつっこく笑い、私の手のひらに「ぽん」と何かをのせてきた。
紫水晶だ。ほんのりと紫色を帯びた、手のひらサイズの小さな水晶。見たところ何の不思議もなさそうな……いや、わずかだが魔力を帯びている。
「……これは?」
「見ての通りのアメシスト! これな、ウチのおなじみさんに渡してるんだ。呪文を唱えるとあっという間に俺ん店の前! ちょっと唱え手の生命力を食うけどな、旅のあいまでもこれならちょいちょい来れるだろ?」
そう言って、春の精霊は無邪気に笑って打ち明けた。
「正直言って、こんな話聞いてくれるやつ、やっぱそうそういねぇからな……! もちろん地元の人たちも、呪いのあらましは知ってるけどさ……まぁご近所の手前もあるし、こんな『こてこてののろけ話』は出来ねぇじゃん?」
スパイスクッキーを手にしながら、ジャックはとろけるように笑う。
「……だから俺さ、お前のことけっこう気に入っちゃったんだ! 友だちになろうぜ、俺たちさ! そんでちょいちょいウチに来て、今度はお前が話してくれよ! 旅のあいだにあちこちで集めた、いろんな話してくれよ!」
あどけないほどの笑顔で言われ、私は何だか泣きそうになる。返事が震えて気づかれぬよう、黙って微笑ってうなずいた。
そうしてジャックと女神さまと、私はここから友人になった。いろいろな異世界を流れ歩く私にとっては、数少ない友人に……「一番の親友」になったのだ。
――今でもカバンの中の小さな木箱に、そのアメシストは入っている。
淡い紫色のすがすがしさが、何だかジャック本人にも似て……私にとって一二を争う、大事なだいじな宝物だ。




