15『まだまだ眠れない』
「なーるほど! それでこの本を『彼女』って呼ぶのね!」
ミ、ミモザ? さっきから思ってましたけど……もうすこし声のボリュームを落として! 今は真夜中、他の旅人たちはとっくにベットの中でしょうから……!
「うぅん、大丈夫よ! うちの宿はトクベツだから! 建てる時にね、魔法使いに『防音加工』? とかいう魔法をかけてもらったの!」
へぇえ? それはすごいな、お値段もそこそこ良いとは思ったが……そんな気遣いがされていたとは!
……あれ? いやしかし、最初あなたがこの部屋を訪ねた時のやりとりは、普通に出来ていましたが……?
「ああ、それはドアのしかけなの! 例えばね、『お客さま! 夕食のご用意が出来ました!』みたいな声まで聞こえなかったら困るでしょ? だから『ドア越しのやりとり』だけは通じるようになってるの!」
へぇえ、それはますますすごいなあ! それじゃあ宿代も安いくらいだ!
……え、そうすると……別に今、歌を歌っても他のお客の迷惑には……?
「うん、そうなの! 歌っても騒いでも大丈夫なの! あたし、最初にそれを言おうとしたけど……この本の中身も気になっちゃって! 読み出したら、とちゅうで言うのも忘れちゃった!」
ああ……それは何だか失礼を……! いや、それはそうと、そろそろ眠くなってはきませんか? 眠くなったなら、遠慮せずご自分の部屋に戻ってお休みを……、
「うぅん、ぜーんぜん! まるっきり眠くも何ともないわ! あたし、今晩一晩かけてこの一冊を読み切るつもりよ!」
……そ、そうですか? それはしまったな……眠り薬をあげたつもりが、どうやら逆効果になってしまったようですね?
ところで、ミモザ? あなたが髪をかき上げるたび、首すじにちらちらと赤いものが見えますが……?
「ああ、何でもないのよ。大丈夫!」
……そうですか。夏虫にでも刺されましたか?
「ねぇねえ! そんなことより、早く続きを読んでいい?」
ええ、もちろん! ささいな疑問で、お邪魔をしてしまいましたね。さあさあ、どうぞお読みください。
――ああ! 困ったな、次はこの話か……!
「なあに? 読まれたくないお話なの?」
まあ……何というか……いやいや、ここはあなたが決めるべきですよね……読みたいですか?
「もちろんよ! 絶対飛ばさず、全部読み切ってみせるわよ! ついさっきも言ったけど、あたし初めからそのつもりよ!」
……そう、ですか……。正直言ってフクザツな気持ちですが、それではどうぞ。あんまり深く考え込まず、さらっと読んでくださいね……?




