11『きらきら屋さん』
今日は素敵なお天気ねえ! ねぇ、あなたもそう思わない?
そよ風、お日さま、春うらら……あたしみたいな行商人にはなによりのお天気、気分が良すぎて売り声を忘れて、思わずハミングしちゃっていたわ!
……ねぇ、にしてもあなた、ここらじゃ見ない顔だけど……?
「ええ、初めまして、お嬢さん。私は旅の吟遊詩人……あちらこちらを巡っては、いろいろなお話を集めて回っている者です……!」
へええ、吟遊詩人さんなの! なるほど、普通に話してる声がもう素敵だわ! きっと甘くとろけるような声で歌物語を歌うんでしょうね!
「ふふ、それほどでも……! それにしても、あなたは何屋さんですか? 手押し車が木の枠で四角く仕切られて、綺麗な宝石がとりどりに……!」
ふふ、おかしなことを訊くわね! ……見ての通りの宝石屋、ここらじゃ有名な「きらきら屋さん」よ! しかもね、あたしの売ってる宝石はただの鉱物じゃないのよね! 実は「食べられる宝石」なのよ!
「た、『食べられる宝石』ですって? ははは、いやいやご冗談を……!」
あら、あなたあたしを疑うの? 本当よほんと、嘘じゃあないわ!
――何を隠そう、あたしは魔女なの! ここいらから採れる宝石にとっておきの魔法をかけて、人間にも食べられるお菓子にしているの!
リンゴみたいに赤い紅玉、涼しい紫の紫水晶、真夏の青葉色の緑宝玉……! あたしの腕が良いからね、色とりどりの宝石たちは、みんな極上のお菓子に変身してるのよ!
「いやいや、まさか! いくら魔法を使ったとしても、宝石が食べられるようになるなんて……!」
もう、あなた本当に疑り深いわねぇ! じゃあ良いわ、特別にひとつ試食させてあげるから! 何でも好きな宝石を選んでお口に入れてみなさい!
「ええ、本当に口に入れても……? いや、しかし……七色の彩が目にしみるほどきらきらして、これは選ぶのに迷いますねえ……」
ふふ、そうでしょう? ……ああ、琥珀を選んだの? なかなかシブいセレクトねえ! こっくり深いはちみつ色で、あなたの瞳とおんなじ色ね!
「……ああ、美味しい……! メープルシロップの味がする……! ひぃやりと舌に冷たく甘くって、これはまるっきりあめ玉みたいだ……!」
「あめ玉みたい」?
――ふふふ、ピンポーン! 大正解よ! 本当はこれは宝石じゃないの、みんな綺麗なあめ玉よ! あたしは宝石みたいなあめ玉を売る、少し変わったお菓子屋さんなの!
「宝石なんて嘘だろう」って思っていても、口に含む時ちょっとときめいちゃったでしょう? あたしはそのときめきも売るのよ、メルヘンチックな商売でしょう?
……本当はあたしね、小さい頃から綺麗なものが好きだったの。
ガラスでもビー玉でも氷柱でも、「綺麗」と思うと絶対「美味しそう」とも思って、必ず口に入れていたの。もちろんそのたび「すぐに口から出しなさい!」って見事に怒られちゃったんだけど。
考えてみれば当然よね! ガラスやビー玉は危ないし、つららも衛生的じゃあないもの! ……でもあたしは悔しかった、どうしてきらきら綺麗なものは食べられないものが多いんだろう!
特に図鑑やなんかで目にする宝石、これはとっても美味しそう! 虹をばらばらにして結晶めたみたいにきらきらしていて、お口に入れたらきっとバラ色の気持ちになるわ!
けれども宝石はほとんどがめちゃくちゃ高価で、たいていものすごく硬いらしいし……! だけどあぁもうたまらない、図鑑に載ってるきらきらの鉱物を、ぜんぶ美味しく食べてみたいわ!
そんなことを考えていた女の子は、十五の歳に思いついたの。「宝石そっくりのあめ玉を作ってみたらどうだろう」って!
「へえ! それは素敵な思いつき……! けれど、そうそう簡単には『夢を形に』は出来なかった……?」
えぇ、もちろん簡単じゃなかったわ! 初めは普通のあめから始めて、だんだんにそれらしい型を作って、きらきらの透き通る色を出すのにも苦労して……。
この色合い、すきっと涼しく綺麗でしょう? ほら見て、こうして光に透かすと本物の宝石みたいにきらめくの! この色はぜんぶ天然の材料で出したのよ!
ベースになるのは砂糖と水あめ……琥珀にはメープルシロップも使うけど、後はほとんどお花の色なの! 野生のお花をどっさり集めて、煮詰めて漉して色づけするの!
黄色い花や赤い花、それぞれの宝石の色の花! 珍しい緑の花まで野山を回って摘みとって、汗だくになりながら大鍋で煮て漉しとるの!
「へえ……! あめの優雅な見た目に似合わず、作るのはずいぶん重労働なんですねえ……!」
そうなのよ! 商売も正直言って、あんまり割りには合わないわ。「きらきらの宝石」を作るのに、色出しだけでもけっこう苦労しているし……!
でもね、あたしはよぼよぼのお婆さんになってもきっと、この商売を続けるわ。子どもの頃のあたしの憧れと甘い想像……その結晶の「宝石」で、いろんな人が笑顔になってくれるんだもの!
……本当のほんとうを教えてあげる。
あたしが売っているのはね、あめでも宝石でもないの。あたしは「夢」を売っているのよ!
「夢を、ですか……! それでは、この吟遊詩人にも『夢』を売っていただけますか?」
あら、本当? 嬉しいわ! ほら、きらきらのよりどりみどりよ! あなたはどの宝石がお好みかしら?
「ええと……全種類ひとつずつ! おっと、その前にお値段は? 宝石だからお高いですか?」
ふふふ、いえいえ! 当たり前のあめ玉とほとんど一緒のお値段よ!
ひとつずつなんてずいぶんおしゃれな選択ね、はいきらきらの詰め合わせ!
ああ、舐めたらちゃんと歯をみがくのよ? 虫歯になったら大変だから!
* * *
そう言って年若いお嬢さんは、虹を砕いて結晶めたみたいなあめ玉を、透ける袋に詰めてくれた。
透ける袋とは珍しい。……くらげの抜けがらを綺麗に洗い、よく乾かしたものだそうだ。「これでかん違いして盗賊が襲ってきたら面白いな」と、おかしなことを考えた。
「はいはい、どなたもいらっしゃい! きらきら屋さんがやって来たわよ、みなさんご存じ、綺麗な宝石のあめ玉よー!」
りんりんと美しい声を響かせ、手押し車がきらきらを載せてだんだん遠ざかっていく。ぽつぽつと家の建っている田舎道、道行く人が目を細めてうっとりあめ玉を眺めている。
「きらきら売りのお姉ちゃーん! あのね、小さなお花の入った水晶と、あと海の色を固めたみたいな蒼綺石ちょうだい!」
可愛らしいお客さまがやって来た。五歳くらいの女の子だ。
へえ、花入りの水晶に蒼綺石か。なかなかおしゃれなチョイスだな……。思わずそのまま見つめていると、女の子はいかにもうきうき小さな足でスキップした。
「いつもありがとう! はいお好みの宝石よ! 舐めた後はちゃんとよく歯をみがいてね、虫歯になったら大変だから!」
きらきら屋さんがほがらかな声で宝石を透ける袋に詰めて、ささやかなお代を受け取った。袋を手にした女の子は、とろけるようにはにかんだ。
「ありがとう!」とお礼を言ったその顔はとても幸せそうだった。
本物の宝石を何百も所有するマダムたちは、それこそいくらもいるだろう。
けれど女の子の笑顔は、そんなマダムが一生浮かべられないような、素晴らしく甘い笑顔だった。
私は口の中で宝石をころころ転がしながら、春の空の下、あてもなくふらりふらりと歩みを進める。
――あれ、おかしいな。メープルシロップの味って、こんなに新鮮に甘くて美味しかったっけ……?
「宝石の魔術」にびっくりしながらふとふり返る。遠くで目の合ったきらきら売りのお嬢さんが、弾けるような笑顔でひらひらと手をふってくれて……、
その笑顔は、まるで輝く宝石のよう……いや、素朴で甘くて美味しい、宝石のあめ玉のようだった。




