一人の女が死んだ
———暗い、地下牢であった。
溶けた雪の水がしとしとと天井から漏れている。
薄暗い中にランプの灯りが一つ。
見張り番の男は、小さな机に安い酒の入った酒瓶を置き、欠けた陶器の簡素な器にたっぷりと酒を注いだ。
肩肘をだらしなく机に置いて、股を大きく開けて椅子に腰掛ける。
目の前には鉄格子。
その鉄格子の中には一人の薄汚いボロ切れのような女が地べたに寝そべっいた。
「見張りさん、見張りさん」
女は、その身なりに似つかわしくない透明な声で酒を呑む見張り番の男を呼ぶ。
「それを一口くださいな」
女の罪状は、見張り番の男はよくわかっていなかった。
狂っているらしい女とは話したくもないのだが、女が勝手に喋るのだ。
「気付いたら、私この世界にいたのよ」
どういう意味か男は分からない。
「私こことは別の世界にいたのよ。懐かしい。街は夜でも明るくって暑い季節も寒い季節もボタン一つで快適に暮らせたのよ。遠くの街にもすぐに行けたし、空だって飛んで旅行出来たわ」
勝手に喋る女に見張り番の男は無視を決め込み、酒を呷る。
「仕事の帰り道に気付いたらこのお城にいたのよ。何かの間違いだって何度も思ったけど、違ったのよ。勝手に入ったも何も気付いたら居たのに、どうすればよかったのかしらね」
女は鈴の様な音を出して笑った。
「私、どうなるのかしら?まさかこのまま処刑なんかにならないといいんだけど」
女が拘束されて既に十日が経っていた。
訳の分からない事を喋る女だが、身寄りのない寂しい女が狂ってしまったか何かなのだろうと見張り番の男は思う。
「私、このまま死んでしまうのかしら?凄く……寒いのよ」
城に忍び込んだ時期が悪かったのかもしれないと男は思う。
国王暗殺未遂があったばかりだ。
見た事も無い女が彷徨いていて捕まった。
もしかしたら、本当に暗殺に関わる者かもしれないし、女の言う通りに関係ないのかもしれない。
しかし、きっと女は生きては出られないだろう、と下っ端の見張り番の男ですら分かる事だった。
「最後に、一口。お願いよ」
いつの間にか女は這う様にして鉄格子にへばり付いていた。
男は、飲み切った酒瓶を退け、懐から小さな瓶を出す。
一口それを含むと、ゆっくり立ち上がる。
冷たい鉄格子に懸命に縋りつくボロ切れのような女。
彼女が語る夢のようなお伽話は安酒のようにチープだ。
そんな夢のような世界は、有りはしない。
在るのは、暗い現実のみ。
だが、もし……。
彼女が生きて、この牢獄から出られたとしたら。
そのまま連れて帰ってしまおうか。
男は、女に視線を合わせるように、跪く。
女は口を開けて舌を出し、早く早くとせがむのだ。
口移しをした後に、まるで穢らわしいというように、男は唾を吐き捨てた。
机に置いてあった水差しから直接水を口に含み、吐き捨てる。
女は、翌朝冷たくなっていた。
服毒死だったそうだ。
了