9
西山喜久恵の家を出る頃には陽が落ちてきて、辺りはすっかり薄暗くなっていた。
穂乃果は何かを考えているのか、黙ったまま足を進めていく。里帆はそんな穂乃果の背に向けて声をかけた。
「次はどこに行くの?」
すると穂乃果はピタリと足を止めた。
「そうですねえ。とりあえず美奈代さんの友達に話を聞いてみましょうか」
「今から?」
「そんな難しいことじゃないと思いますよ」
穂乃果はそう言ってクルリと後ろを振り返った。「ねえ、あなたはひょっとして金田奈保子さんじゃありませんか?」
一瞬、里帆は穂乃果が誰に声をかけているのかがわからなかった。だが、その穂乃果の声に応えるように、一人の小学生くらいの少女がおずおずと自動販売機の陰から姿を現した。
穂乃果はその少女に近づいていった。
「金田奈保子さんですか?」
「……はい」
少女は上目がちに小さな声で答えた。
「さっき病院に来ていましたよね? 受付にいる時、ちょっとお見かけしました」
「気づいていたんですか? お見舞い……出来ないかと思って」
「まだ目が覚めないみたいですね。でも、きっと大丈夫ですよ」
穂乃果は奈保子の不安を取り除くかのように柔らかな口調で語りかけていく。
「本当?」
「ええ、あなたは美奈代さんのお友達なんですってね」
「はい、小学校に入ってからずっと同じクラスなんです……あの……あれは本当なんですか?」
「アレっていうのは?」
「美奈代ちゃんは本当に誰かに突き落とされたんですか?」
どうやら奈保子は、美奈代の父親との会話を聞いていたようだ。
「それが知りたくて私たちの後をつけたんですね?」
「ごめんなさい」
奈保子は肩をすくめながら頭を下げた。
「いいえ、おかげで私もあなたに話を聞くことが出来ます」
「私に話って……何ですか?」
奈保子は顔を上げて穂乃果の顔を見た。
「ええ、美奈代さんはどうしてあんな時間にあそこにいたのかを知りたいんです? 何か知っていますか?」
「……それは……」
奈保子は迷っているようだった。
「何か聞いてるの?」と里帆も声をかける。
「美奈代ちゃんには黙ってるように言われたんだけど」
「大丈夫。他の人には言いませんから」
穂乃果がそう言うと、奈保子は少し安心したようにーー
「私たち、いつも学校へは二人で行くんです。でも、今朝は会ってすぐに別れたんです。美奈代ちゃん、警察に行くと言っていました」
「警察?」
「何のために?」
「ごめんなさい。事情は私もよくわかりません。ただ、確認したいことがあるって言ってました」
「確認?」
穂乃果は首を捻った。「美奈代さんは何か悩んでいたようでしたか?」
「よくわからないけど……少し元気がなかったように思います」
「それはいつから? 先週は?」
「先週はいつもと変わりなかったと思います」
「じゃあ、週末に何かあったんでしょうか? 週末、美奈代ちゃんはどこに?」
「図書館に行くって言ってました」
「市立図書館でしょうか?」
市立図書館はここからならば二駅先にある。
奈保子の話では、本当ならば土曜日に二人で一緒に行くつもりだったらしいが、その朝になって少し体調が悪かったため行けなかったのだそうだ。おそらく美奈代は一人で行ったのではないか、と奈保子は言っていた。
奈保子から話を聞くことが出来たのはそれだけだった。奈保子は何かわかったら教えてほしいと穂乃果に頼んで帰っていった。
「どうするの? まさか警察に?」
「いえ、それはあとで確認することにしてみましょう」
「確認って?」
「今回のことを調べてくれるようお願いしている人がいます。もし美奈代さんが本当に警察に行っているとすればおそらくすぐにわかるでしょう」
「お願いしてる人って、さっき西山さんのところで会った人?」
「いえ、波城さんではありません。今から行ってみましょう。里帆さんにも会ってほしいんです。きっとその人が全てを解決してくれると思いますよ」