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20分ほど歩いた後――
里帆が穂乃果に連れて行かれたのは、里帆の自宅からすぐ近くの住宅街の一画だった。
その一つの家の前で穂乃果は立ち止まった。
「ここは?」
「西山喜久恵さんの家です」
すぐにその名前を思い出した。
「それってーー」
「はい、事件を見たと言っていた人の家です」
「どうして?」
思わず里帆は一歩後退った。
「やはり目撃した人の話は聞いておいたほうがいいんじゃないかと思いまして。西山さんのことはご存知ですか? 知り合いですか?」
穂乃果に訊かれ、里帆はすぐに首を振った。
「知らない……でも、どうしてこの場所を知っているの?」
「さっき電話して聞いておきました」
穂乃果はそう言って門を通って玄関に近づいていく。
(誰から?)
一瞬、田口亮平のことを思い出した。彼の母親が西山喜久恵と知り合いだと言っていたからだ。しかし、穂乃果が亮平に電話したようには思えなかった。亮平が穂乃果と親しく話をしている姿など一度も見たことがなかったからだ。
だが、それを実際に聞くことは出来なかった。それよりも先に穂乃果はまるで臆することチャイムを押したからだ。
「でも、警察でもない私たちが……どう思われるかーー」
「大丈夫ですよ」
そう穂乃果が答えた時、穂乃果のポケットで電子音が鳴り出した。慌てたように穂乃果がポケットからスマホを取り出して、ドアから離れて電話に出る。
その時、ドアはまるで待っていたかのようにすぐに開かれた。だが、穂乃果は里帆の背後で背を向けたまま電話をしている。
そこに立っているのは優しい表情をした細面の女性だった。里帆は覚悟を決めて口を開いた。
「あの……西山喜久恵さんはいらっしゃいますか?」
「ええ、奥にいらっしゃいますよ」
その言葉と共にその背後から、少しふっくらとした中年の女性が顔を出した。それが西山喜久恵であることはすぐに里帆にもわかった。
穂乃果も電話が終わったらしく、すぐに里帆の横に立って頭を下げる。そして、最初に出てきた女性に向かって言った。
「あら、波城さん、いらっしゃっていたんですか?」
「はい、穂乃果ちゃんが来られる前に事情を説明しておいたほうがいいと思いまして。それじゃ、私は先に帰らせてもらいますね」
どうやら彼女は穂乃果の知り合いのようだ。
穂乃果は改めて丁寧に頭を下げると、喜久恵に向かって挨拶をする。それを里帆はその一歩後ろで緊張しながら眺めていた。
喜久恵はそんな穂乃果の話もそこそこのままでーー
「ええ、事情はさっき波城さんから聞かせてもらいましたよ。どうぞどうぞ」
喜久恵は愛想よく里帆たちを招き入れた。
居間に通されると穂乃果はソファに座りながら声をかけた。
「さっそくですけど、お話聞かせてもらえますか。警察に電話したのは西山さんなんですよね?」
「そうよ」
そう言いながら喜久恵は二人の前にカップを差し出した。「紅茶で良かったかしら? 甘いものはお好き?」
「ありがとうございます。でも、お構いなく。それより、その時のことを教えてくれませんか?」
「はいはいーー」
そう言うと、喜久恵は今朝のことを話し始めた。