第7話 よいお年を 【★】
毎回サブタイトル考えるの面倒くさいですね
6/1 一番最後に挿絵あります。見たくない方はバックでお願いします
帰省の準備を終えた二人は食堂を訪れた。朝食を食べに来たのだが、昨日よりも人は少ない。昨日と全く同じメニューを注文し、席に着く。
リリーは新聞を手に取った。やはり目新しい記事はこれといって特になく、相変わらず北ペンクスリの不穏な動きについての文字ばかりが目立つ。さすがにこれだけ同じような記事が並べば飽きてくるというものだ。
新聞を捲り続けると、ひとつの記事に目が止まった。大きく扱われているわけでも、かといって小さく扱われているわけでもないが、リリーの心を掴むには充分な内容だった。
『アンスバッハ ロイテンベルク城 世界遺産登録へ』
つつ、と記事の文字を指でなぞった。
昨日の出来事を思い出す。アンスバッハ人のレオ。血のような赤い髪とはちみつ色の瞳が印象的な少年だ。
(ロイテンベルク城、今度案内してもらおう。その前に手紙書かなきゃ)
「なんだか嬉しそう」
「えっ、そうかな? ……ううん、そうかも」
香月は角砂糖を紅茶の中にひとつずつ沈めていく。そして上目遣いでリリーを見ると、にやりと不敵な笑みを浮かべた。
「ずばり! 恋、だね!」
「違うよ」
リリーは即答した。
これは恋などではなくて、友情的なものだ。だいたいレオにも恋愛感情などないだろう。レオにとってリリーは不法入国者のペンクスリ人くらいの価値しかないはずだ。
(それでも、本当に良い人だったな――)
ぼんやりとティーカップを見つめた。
「恋じゃなかったら、何ですかぁー。……そういえば、今年リリーと食べるご飯、これが最後だね」
「そうだけど……、どうしたの、急に?」
香月の唐突な言葉にリリーはきょとんと首を傾げた。
「だって、今日帰省してから、次に会うのは二か月後だよ。ちょっと寂しいなって、思ったり?」
リリーは声を出して笑った。自分と会えないのが寂しいと言ってくれる友人が香月で良かった。
「一生の別れじゃないんだから。次に会うときはここも生徒でいっぱいになるわね」
そうだね、と香月も頷いた。次に二人が寮生活を始めるのは二月末。三月初めには授業が始まる。その頃には今よりも暖かくなっているに違いない。
しばらくすると、浩海が朝食を食べにやって来た。
互いに挨拶を交わし、香月の隣に腰を下ろす。香月の耳は真っ赤に染まっていた。
「浩海はもう帰省の支度終わった? お昼にはあたしの寮の前で待っていてくれる?」
「わかった。寮の前で待っているから、その時に香月のぶんの列車の切符を渡すね」
香月はこくんと頷いて、その小さな口でトーストを齧った。
リリーは向かいに座る二人を交互に見た。
「二人は実家に帰ったあとは、何か予定はあるの?」
「うん。僕の家族と香月の家族で一週間くらいニューヴェニアに旅行に行くつもりだよ」
ニューヴェニアといえば三年大戦により著しい経済発展を遂げた大国の一つだ。ペンクスリ王国の隣国でもあり、同盟国でもあり、政治的にも重要な国である。文化的にもペンクスリ王国と近いが、昔ながらの古く情緒溢れる街並みと近代化した街並みのコントラストが特徴的なことから世界中から観光客が多い。
いいでしょうと言わんばかりに頬を緩ませて「お土産買ってくるね」と、香月は紅茶を啜った。そして、よっぽど楽しみなのか、いつの間にか持ってきていた地図を広げ始めた。行きたい観光名所のルートを浩海と仲良く指で辿っている。
そんな二人を眺めながら、リリーは小さな欠伸をした。
リリーといえば実家に帰省しても特に何の予定もない。毎度のことなのだが、帰ってすることといえば書斎の本を漁るか、近所の散歩くらいだ。首都ブライトンから東に三百キロほど離れた田舎町イーストタウンがリリーの故郷だ。人口一万人にも満たない、自然に囲まれた小さな町。北部には十年前にリリーとルシフェルが出会ったブナの群生地がある。
実家に帰っても退屈な冬休みの二か月間どのように過ごすか考えあぐねていた。もちろん、レオとの約束もあるが、手紙も出していないし、冬休み中に会える確証もない。確証がなければ、いつも通りの冬休みと変わらない。
授業はないものの帰寮の日にちを早めて、ブライトンで遊んで過ごすのも悪くない。
(買い物したりして、カフェで美味しいケーキを食べるのも悪くないなあ)
目を閉じて物思いに耽っていると、寝ていると勘違いされたのか、肩を軽く叩かれた。瞼を上げると、心配そうな顔の香月が真っ先に目に入る。リリーの寝起きが良くなかったことが気にかかっているようだ。
「大丈夫? 体調がよくないなら――」
リリーはにっこりと笑って首を横に振った。
「ううん、実家に帰って何しようかなって考えていただけだから。それよりも旅行、楽しんできてね」
香月はリリーへの不安と旅行への期待が入り混じった表情で、返事をした。それと同時に、会話に入ってくる人物が現れた。
「おっ! 鄭たちは長期休暇中に旅行に行くんだね。羨ましいなあ」
声の主はスウィングラーだ。料理の盛られた盆を手に持っている。どうやら朝食を食べに来たらしい。
「先生もどうぞ座ってください」
浩海がそう促すと、スウィングラーはリリーの隣の椅子に座った。昨日のこともあり、リリーがさりげなくお辞儀をすると、スウィングラーは微笑んで爽やかにウインクをしてみせた。
「ニューヴェニアに行くんです。先生は帰省とかされるんですか?」
香月の質問に、スウィングラーはやれやれとばかりに大きく溜息を吐いた。
「残念。僕はこっちに残って授業の整理だとか、研究とか、とにかくやることがいっぱいあってね。本当は帰りたいんだけど、そうもいかなくて」
苦笑いしながらジャガイモをフォークでつつくスウィングラーに今度はリリーが尋ねた。
「ちなみに先生の出身はどこですか?」
「ヘレンズ市だよ。ペンクスリ王国内で唯一海に面している市さ。暖かくていいところだよ」
『海』という言葉に香月は途端に反応すると黒目がちの大きな目を輝かせた。
「海を見たことあるんですか? どんな感じですか?」
「晴れた日は空と同じくらい青くて、水平線がずっと遠くにあってどこまでも広いんだ。君たちが普段見ている川や湖とは全然違うし、しょっぱい味がして面白いよ」
「へえ、本当にしょっぱいんですね。僕や香月は生まれも育ちも内陸なので海を見る機会がなくて。テレビとかではたまに見ますけど、いつか本当に見てみたいです」
「なら、いつかヘレンズに行ってみるといい。魚も新鮮で、ここで食べるのとは大違いだよ」
その後も三人の質問は尽きることなく、スウィングラーはそのひとつひとつに丁寧に答えていく。そして興味津々の教え子たちの話を楽しそうに聞いては何度も頷いた。
リリーはふと思い出したように時計を見ると「お先に」と立ち上がった。
香月もつられるように時計を見て、自分たちが食堂に来てから随分と時間が経っていたことに驚いた。
「また二か月後に会おうね。よいお年を」
そう言うと残りの三人も口々に別れの挨拶を交わす。
リリーは二人の友人と一人の教師に見送られながら一足早く食堂を後にした。