第66話 レオと『庭師』(2)
「簡単に説明すると、地下から脱出する。空と陸路は軍や警察の見張りがいて危険だ。排水溝伝いに坑道まで出る」
レオはマーカーで坑道の入り口と出口に丸を付けた。
三十年ほど前、内戦が始まった頃から北ペンクスリの工作員が少しずつ掘り進めていた地下の通路だった。
「ただ……」
「ただ?」
「あらゆるところに分岐があって、迷路のような作りになっているんだ。だから、正しい道を通らないと、ブライトンから出ることはできない。俺もそこを通ってここまで来た」
「ああ……、なるほどね」
王国側に見つかったとき、北まで辿り着けないようにするためのものだったが、こんなときに障害になるとは思わなかった『庭師』は溜息を吐いた。
「地図はあるんだろう? それに君は一度通った道なんだし。時間がない。早くここを出よう」
『庭師』とレオは、自室を出てアパートの下の階まで下りた。エントランスの扉を少しだけ開けて、外の様子を伺う。近くで警察官が見回りをしている。
レオは明後日の方向に杖を向けた。
「俺の杖、お前に告げる。粉塵よ燃え上がれ。エク・プティジオン」
街中で爆発音が聞こえた。周囲にいた警察官はみな爆発があった方向へ走って行った。
「君、結構大胆なことするんだね」
「ちょっと噴水を壊しただけだ」
二人は辺りを警戒しながら、アパートを出て、一番近い坑道付近のマンホールを目指した。蓋を開けて、中に入るとすぐに元通りに蓋を閉めた。
「灯りを、フォルクス」
『庭師』の杖の先に光が灯る。
大人ひとりがようやく通れる狭いマンホールの梯子で下に降りる。上から二十二段目の梯子の対角線のコンクリートの壁にレオは杖を向けた。
「我々は望む。国家の栄光と繁栄を。我々は切望する。人民の平和と健康を。国旗の下で凱旋を。プロセレ・テッラ・グローリア」
呪文を唱えると、壁に豆粒ほどの黒点ができた。それはみるみるうちに広がり、大きな穴となる。穴の先は薄暗い坑道に繋がっているようだった。
坑道の中は空気の流れが悪く、酸素が薄い。早く外へ脱出しないと、酸欠で死んでしまうだろう。二人とも箒に跨った。
「覚悟はいいな? ここからが長いぞ」
レオの言葉に『庭師』が頷いた二時間後、レオは首を捻って地図を広げた。
「すまない、道を間違えた」
「え? じゃあここはどこなんだ?」
「知らん」
「は?」
『庭師』は苛立つ感情を抑えて、冷静に分析した。
「目の前にある分岐路は入口から何番目だ?」
「七十八番目。たぶん三十くらいは遡らないと、正しいルートに戻れないな」
「そんなにか……。出口ならほかにあるはずだ。そのルートでは行けないのか?」
「今やってる。ちょっと黙っていてくれ……。いや、わかったぞ。ここから五十三番目の分岐路を左に行ったら別の出口に出られる」
『庭師』は今度はあからさまに大きな溜息を吐いた。
レオはムッとした様子で「今度は間違えない」と口を開いた。
「はいはい。僕もちゃんと確認するから。そうすれば確実だろう」
「……ありがとう」
レオは『庭師』の横顔を見て、「なあ」と言葉を続けた。
「あんた、本当はいつでも帰国できたんじゃないか? なんでこんなギリギリまで? 本当は帰りたくなかったのか?」
「それを答えたら上司に報告するのか?」
「いや、単なる興味だ。答えたくないなら別にいい」
『庭師』は地図を見ながら、ぼそぼそと話し始めた。
「本当は帰りたかったさ。けれど、これまで自分がしてきた仕事のことを考えると、このままここで死んだ方がいいんじゃないかと思った。家族に合わせる顔がない」
「少佐のことか?」
「実はローレンスとは血は繋がっていないんだ。孤児院で一緒に育って兄弟の誓いを立てた。僕には北に妻と子供がいてね、子供とはまだ会ったこともないんだ。新聞記者だった僕は、政府に不都合なこと書いたせいで、逮捕、監禁後、諜報員の訓練を受けた。それから五年。もう僕のことなんか忘れているだろうね」
「だったらなおさら会いに行った方がいい。子供が大事なら、顔だけでも見せるべきだ」
『庭師』は言葉に詰まった。レオの言う通りだ。親の顔を知らない『庭師』だからこそ、親の存在の大きさを知っている。
「ありがとう、そうするよ。君は本当に面白いね。戦争が終わったら一緒に酒でも飲みに行こう」
「ここを脱出できたら考えておく」
『庭師』とレオは箒の速度を上げた。
結構迷走しているんですけど、終わるんですかねこれ