第63話 リリーの箒(1)
一月中旬、リリーは戦地へと向かうために軍用トラックの荷台で揺られていた。お世話になったウェルチや他の研究員と別れの挨拶を済まし、寂しさとともに景色をぼうっと眺めていた。
リリーを含めた七人の悪魔憑きで行う首都攻略作戦『ディアボロスの嚆矢』。リリーを中心に残りの六人が輪になるように仮座標に配置される。一人一人の悪魔憑きの力が点から線へと繋いでいく。外縁ができたら内側へ、リリーへと力を一斉に流す。それをリリーが受けて目標の座標――王国の首都ブライトンへと落とす。
(わたしが力をちゃんと受け取らないとこの作戦は失敗してしまう。頑張らなきゃ)
作戦開始時刻は明朝、十三日の七時半。この時期は日の出が遅く、まだ暗い時間になる。明るくなる前に決着をつけるつもりなのだ。
それから何時間か経って、リリーは自分の持ち場に着いた。陣地の中の指揮所で作戦内容の確認をしたり、食事の配給を受けたりした。
しばらくするとすることもなくなり、陣地の中を散策することにした。比較的後方の陣地だ。前線で負傷した兵士たちが治療を受けるために戻って来ていた。重傷者は簡易ベッドに横たわり、何か呻いている。軽傷者は、腕や脚に包帯を巻き、雑談をしている。
遠巻きに見ていたリリーだったが、その中に知っている顔を見つけた。
「すいません、どなたか箒を持っていませんか?」
そう尋ねて回るのはレオだ。リリーは近付いて、ちょんちょんと腕をつついた。
「こんにちは、レオ」
レオは目を丸くして「こんにちは、リリー」と返した。
「どうしたの?」
「箒を探しているんだ」
「箒?」
レオは一瞬、話すか話すまいか迷って、リリーを人気から離れたところに連れ出した。
「特魔隊の任務で王国の首都に潜入しなければならないんだが、肝心の箒が折れてしまって。今から作るわけにはいかないから譲ってくれる人を探していたところなんだ」
「ブライトンに? でも明日の七時半は――」
「わかっている。例の作戦だろ。だから急ぎなんだ」
リリーは少し考えた。
ウェルチの指示がなければ勝手に魔法や悪魔の力を使うことを許されていない。そもそも箒を使う機会がなかったため、持ってもいなかった。
「愚かな娘。手を開いて想像せよ」
「誰!?」
「リリー? どうしたんだ?」
いくつもの楽器の音色が重なり合ったような不思議な声。レオには聞こえていないようだ。
「まさか、ルシフェルなの?」
「そうだ。我が声に従え。お前の心に従え。お前が望むものをお前の手に」
(博士、言いつけを破ります。ごめんなさい。……でも、わたしはルシフェルの声をもっと聞いてみたいの)
初めて聞いた悪魔の声に追従するかのように目を閉じた。一度も唱えたことのない言葉。これは記憶なのだろうか。それとも突拍子もない思いつきなのだろうか。
「箒よ箒。わたしの箒。出てきなさい」
そう言うと、何もない空間から小さな枝切れが現れた。それは引き延ばされるかのようにみるみるうちに大きくなって、箒の形となる。ごつごつとした太い柄。よく手入れされているかのように見えたが、しばらく使っていないせいなのか穂の部分は少し痛んでいた。
「わたしの箒ってこんな感じなのね。あら、何か書いてある……」