第62話 ドクター・ウェルチ(2)
挿絵始めました。
それから毎日、リリーは鍛錬に勤しんだ。晴れの日も雨の日も関係なく、ときには倒れるときもあった。
ウェルチは毎日つきっきりで、その様子を見ていた。
今日はやや遠くから、その様子を眺める。簡素な椅子に腰かけるが、太っているせいか背もたれがギシギシと悲鳴を上げている。
「あの調子だと、戦線に出すのは年明けだな。まさかあんなのでルシフェルを支配下に置けるなんて、随分と安上がりだったな」
『D/L775運用計画書』と名付けられた資料を眺めた。
この計画はD/L775――ルシフェルが中心となって巨大魔法陣を作り、王国の首都を攻撃及び戦意喪失を目的とした作戦である。この作戦にはリリー以外の悪魔憑きが巨大魔法陣の触媒となる必要が大きく、非常にリスクが高い。しかし、これさえ成功すれば北ペンクスリの勝利は見えたも同然だ。
「どうせ迫害されるなら、国のために死ぬ方があいつらも本望だろう」
ウェルチはリリーに冷たい視線を送った。
魔法使いの家系に生まれたウェルチは、魔法の素質に非情に恵まれていた。しかし、北ペンクスリでは魔法使いは冷遇されてきた。社会主義の国では魔法はお遊びにすぎず、労働こそが褒められる行為だからだ。
いつしか父も母も魔法使いであることを忘れ、友と呼べる者もいない。
孤独を忘れることができるのは唯一、魔法だけだった。働く傍ら、魔法の研究に心血を注ぎ、武器に転用できる技術を生み出した。
軍に所属するようになり、立派な役職、研究施設、研究費、部下を与えられた。しかし、どれだけ上り詰めても、国のトップであるバレットは魔法を軽んじている。そのことがウェルチには許せなかった。
「軍事力より魔法の方が優れているわけがない」
それをバレットに認めさせるために、禁忌と言われた悪魔にまで手を出した。
ヨハンに出会ったのは幸運だった。最初は社会から消えても誰も気に留めないような都合のよい被験体を探していた。ヨハンにヴィネと呼ばれる悪魔が憑いていることがわかると、悪魔への探究心はますます強くなった。
国内に粛清される予定だった人間は大勢いた。彼らを利用して人工での悪魔憑き生み出す実験をした。それでも、ヨハンほどの力のある悪魔憑きは生まれない。そんなときにルシフェルの情報を得たときは醒めない夢でも見ているのかと錯覚したほどだ。
ただウェルチには納得できないことがあった。
通常、悪魔と契約するには人間側からの召喚が必須である。しかし、リリーの身辺調査で、彼女自身もしくは家族が召喚した形跡はない。ルシフェルは悪魔の中でも特別だ。仮に召喚を必要としない悪魔だとしても不思議ではない。
(リリー・スピアーズ。何の変哲もない少女だ。ルシフェルがわざわざ好んで契約するようには見えないが……。まあ、どっちにしろ我々の手の内にいる間は利用させてもらおう)
「悪魔式撃滅術――!」
リリーは相変わらず熱心に訓練を続けている。
ウェルチはもう一度念入りに計画書を読み始めた。




