第61話 演習場で
「いやー、この間は見苦しいところを見せちゃったねぇ」
ウェルチはポリポリと頭を掻いた。
「いえ、わたしあの時意識失いかけで記憶が曖昧で……。何かあったんですか?」
「まあ、いろいろね。リリー君はその後調子はどうだい? ルシフェルとの対話はできたかい?」
リリーは手を顎に当てた。
「んー、対話……できたかどうかはよくわからないですけど、頭がすっきりして前ほど不安ではないんです」
「そっか。じゃあちょっと演習場に行ってみようか」
二人は建物の外に出ると、広いグラウンドに着いた。ところどころに人の形をした木製の模型のようなものが設置してある。
この五か月間、何度も悪魔の力を使う練習をした場所だ。今まで大した成果を出すことはできなかったが、今日は違う。先日の臨時メンテナンス以降、妙に体が軽いのだ。博士の指示以外で悪魔の力や魔法を使うことは禁止されているため、実際のところはわからないが、少なくとも憂鬱ではない。
リリーは模型から十メートルほど離れた場所に立つと、右手を伸ばした。中指の指輪が鈍く光る。
「生体認証完了。第二部解放。悪魔式撃滅術アルファ発動!」
指輪が強い光を放つと、模型は一瞬で炎に包まれた。
リリーは驚いて手を引っ込めた。想像以上に激しく燃え上がっている。
「リリー君、すごいじゃないか! 次! 次やってみよ!」
「あ、はい……。悪魔式撃滅術ベータ発動!」
パアアァァッン! 銃声に似たやや甲高い音と同時に今度は模型が木っ端微塵に弾け飛んだ。二人の目の前に木片がパラパラと落ちた。
「は、博士、ルシフェルってこんな極端なんですか……?」
「……みたいだね」
リリーはウェルチに向き直った。ピンと背筋を伸ばし、敬礼をした。
「わたしを戦場に行かせてください!」
あのとき、臨時メンテナンスで何が起こったのか、誰も話してはくれない。そのため、リリーにはどういう理屈で悪魔の力を使えることができているのかわからない。だが、このときのためにリリーはずっと訓練をしてきたのだ。体力がなかった最初の頃も、今ではだいぶ身に付いてきた。体力、筋力の面では男性に劣るかもしれないが、この特別な力さえあれば均衡、それ以上に戦力になり得る。
それに、自分の面倒を見てくれたウェルチやヨハンの役に立つときがついにやってきたのだ。
(今、ここで期待に応えなくてどうするの――!)
ウェルチは、しばらく考えたあと、にこりと笑った。
「ありがとう。そう言ってくれてとても嬉しいよ。君の悪魔の力は本当にすごい。でも、強力すぎて、このままじゃあ仲間に被害が出てしまうかもしれないから、指輪の調整をしよう。自在に使いこなせるようになったら、すぐにでも戦場に行かせてあげよう」
「はい。ありがとうございます」
ウェルチは手を振っていそいそと施設の中に戻って行った。
リリーはほっと胸を撫で下ろした。
あとは戦場に出るまでに、悪魔の力を上手く制御できるようになるだけだ。それさえできれば、みんなを守れるようになる。もうお飾りの人形ではない。
ウェルチの目下でなければ力を使うことは許されないが、その間に鍛錬するしかない。早くても半月、遅くても三か月後までには。甘えてはならない。泣いてもいけない。その間に何人もの国民が死んでしまう。
(そういえば、わたしの親はどうしているんだろう?)
これまで考えたことがなかったわけではなかった。リリーに関する捜索願は出ていなかった。また、悪魔憑きであるため家族から捨てられたものだと思い、あまり気にしたことがなかったのだ。しかし、もし本当はリリーのことを探しているのなら、戦線に出る前に一度だけでも会ってみたい。
「記憶がないわたしが探せるわけないわよね……。余計なこと考えるのはやめよう。わたしは軍人としてするべきことを一生懸命やらなきゃ駄目よね」