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戦場の悪魔  作者: 漬物田中
第四章
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第59話 本当に悪いのは?

 リリーを見送ると、レオは静かに溜息を吐いた。

 車を施設の駐車場に駐車させると、箒を取り出して、兵営への帰路に()き始めた。


 リリーが記憶を失った生活を始めて早五か月。五か月前、クラウディアと共にいたリリーを強制的に眠らせたのも、ウェルチ博士に売り渡したのもレオだ。

 もしあのときリリーのことを止めなければ、記憶を失うこともなく故郷に帰れただろう。しかし、止めなかったとして、あのまま化け物のようなリリーを王国に返していいはずがない。


(こんなの言い訳だ。俺は自分のために彼女を利用したにすぎない)


 今はごく普通の女の子だが、あのとき、完全に悪魔に憑りつかれたリリーを見て、本当は怖かった。人を殺すことを(いと)わない目を、溢れ出る力を行使することに快感を覚えた顔を、レオは心底怖いと思った。そして同時に羨ましいとも思った。


 あれほどの力があれば、それを躊躇(ためら)わない意志があれば、大切なものを守ることができる。失う恐怖に怯えなくていい。


 レオは左の拳を握りしめた。

 こんなことがしたいわけじゃない。捕らわれ、洗脳された少女を見張るような役目をしたいわけじゃない。アンスバッハが併合されてまで、入隊したのは、(ひとえ)に故郷を守るためだ。故郷を、家族を、友人を守るために。しかし今、すべてを人質にとられたレオには何も守ることはできない。


 アンスバッハが北ペンクスリに合併されたとき、故郷を人質にされた。

 ルシフェルによって研究施設が崩壊したとき、ホーガンに敵国民のリリーと知り合いであること、命令に背いたことにより、家族を人質にされた。

 ホーガンの命令でリリーをようやく見つけたとき、一緒にいたクラウディアは悪魔付きの蔵匿罪(ぞうとくざい)で収容所に入れられることになった。


 特魔隊にも馴染めず、前線にも立たず、大切なものすら守ることもできず、憎いはずの北ペンクスリの言いなりになる始末。

 そのうえ、友人であるはずのリリーですらレオは貶めた。


(リリーの記憶が戻ったら、きっと俺のこと恨むだろうな)


 それだけのことをした自覚がある。そして、悪魔憑きはそれだけのことをされるべきだと、つい最近までそう考えていた。

 悪魔に憑かれるような人間は、意志が弱くて力に溺れるような人間だ。可哀想で、哀れで、そして醜い。人を傷つけることを何とも思わず、力で人を圧倒する。ずっとそう考えていた。実際、ヨハンはそれに当てはまるとレオは思う。そして、幼い頃近所に住んでいた悪魔憑きになった男も、心が弱いから悪魔に付け込まれたのだと思っていた。


 しかし、リリーを強制的に眠らせたあと、クラウディアが教えてくれた。


 あの男は、本当は悪魔憑きではなかったと。一緒に首を吊って死んだ祓い師は、以前から男に恋愛感情を抱いており、執拗につきまとっていた。女のあまりのしつこさに精神を病んだ男は、いつしか関係のない人々にも牙を向けるようになり、それが()()()()だと呼ばれるようになった。ついに男の家に()()()として入り込んだ女は、男を殺して、自分も死んだ。


 それが本当の結末だった。幼いレオに周りは真実を伝えることなく、悪魔の仕業だとして話を終わらせたのだ。


 その事実を知ってレオは、余計に疑問を覚えた。

 ――では、本当に悪いのは誰なのか?


 男が悪かったのだろうか? 二人の間に何があったのか、細かいことはレオには知る由もない。悪いのはもちろん女だが、男も悪かったのかもしれない。では、悪魔は? 最初に憑いてもない悪魔のせいにしたのは誰だったのだろうか? それは最初に言い出した人の責任なのか? 彼を悪魔憑きだと証拠もないのに勝手に判断して、誰も手を差し伸べなかった。助けられたかもしれない人をみんなで見殺しにした。


 悪いのは悪魔憑きなのではなく、それを利用した人々なのではないか?


 リリーだってそうだ。二月にアンスバッハで観光中に街中で爆発があったときも、危険を(かえり)みずレオを探しに来た。本当は勇気があって、優しくて、どこにでもいる普通の少女なのだ。図書館の焼け跡で、レオの仲間が引き金を引くまでは一切手を出してこなかった。それに勝手に王国から拉致して拷問したのはこちら側ではないのか?


 悪魔を利用しているのは悪魔憑きではない。戦争の道具としか考えていないホーガンやウェルチたちだ。悪魔憑きだからと言って、彼女が一方的に責められることではない。


 レオはこの五か月間、真綿で首を締められるような思いで過ごしてきた。何かを守ることもできず、何かを選択することもできず、命令に縛られて、身動き一つとれやしない。


(許されるつもりはない。ただ、もしリリーが助けを必要としたときに、力になれることがあるのなら――)


仕事しているときより健康な生活をしている気がします

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