第58話 北ペンクスリの街を散策(3)
こんなに穏やかなGWは久しぶりでした。
知らない道をどんどん走る。レオがどこまで行くつもりなのかは知らないが、この無言がずっと続くと思うと耐えられなかった。しかし会話らしい会話も今までしたことがないのに、どう話題を切り出せばいいのかわからない。
やはり最初に口を開いたのはレオだった。
「スピアーズさん」
「あああの、苗字じゃなくて、名前で大丈夫、です。歳、近そうだし。できれば敬語も……」
レオは横目でリリーをちらりと見ると、「リリー」と呼んだ。いつもの刺々しい感じではなく、どこか柔らかな印象を受ける。
「リリー、今日は街でどんなことを?」
どう答えればいいか少し頭の中を巡らせてから、できごとを順番に話した。レオはそれを聞いて、何度も頷いた。
レオは路肩に停車すると、車を降りた。リリーもそれに倣って車から降りる。レオの傍に立って、レオが見ている景色を見る。雄大な山々と青く澄み渡る空。遥か遠くまで山並みは続き、雪を冠っていた。
レオはリリーの耳に顔を近づけると囁く。
「この車には盗聴器が仕掛けられている。今から話すことはヨハンにも博士にも言うな」
「どうして?」
「リリーが俺のことをよく思っていないのは知っている。だが、施設にいては知ることができない北ペンクスリの実情を知るべきだ。それは、今日リリーが疑問に思ったことの答えにもなる」
レオのあまりにも神妙な面持ちに、リリーは静かに首を縦に振った。確かに今日ほんの数時間街にいただけなのに違和感だらけだった。リリーが思い描く『街』とはだいぶかけ離れている。
「まず、リリーが最初に思った飯がまずいというのは正解だ。リリーの味覚がおかしいわけではない。まずいのも料理の品数が少ないのも、食材が、物資が足りていないからだ」
「え、でも北ペンクスリは発展しているんじゃ……?」
「それは表向き。実際には物資はまったく足りていない。元々資源もない。そして同じものを量産するせいで、バリエーションがない」
リリーは「ああ」と納得した。どうりでどの雑貨屋もつまらない品ぞろえだったわけだ。
「じゃあ、商店で行列ができていたのは? 人気店か何かなのだと思ったのだけど」
「それも物資がないからだ。生活に必要な物資が足りていない。食糧も足りていない。これがどういうことかわかるか?」
「……街の、国民が生活できない」
「そう。だから男が戦争に行っている間に女が働くんだ。家事労働を減らす目的なのは最初だけだ。戦争が始まると、男がいない分の労働力がどうしても必要になる。そしてどこにいても何をしていても、友人から、隣人から、国から監視される生活を強いられる」
街に着いたとき、女性ばかりだと思ったのも、男が戦争でいないからだ。そして、リリーが着ていた服は北ペンクスリに住んでいれば高価で中々手に入るものではない。リリーの様な若い娘が高価な服を着て男を連れて歩いている。それだけで今の街の人々には異様な目に映る。
「そんな生活疲れちゃうわ」
レオは遠くの峰を見据えて、「もう疲れているよ」と呟いた。
突風が二人の間を吹き抜けた。もう十二月になった。これからどんどん冬は厳しくなる。その中で戦場に立つ兵士たちも、家を守る女たちも、乏しい物資のなか冬を越さなければならない。
寒さに身震いをしたリリーにレオは自分が着ていたコートを肩にかけてあげようとする。ぱちりと目が合う。リリーは思わず「大丈夫」と断り、レオもコートを持つ手を引っ込めた。
再び運転席に戻ったレオは、助手席に座るリリーの膝に先ほどのコートをかけた。
「体を冷やすといけない」
一言そう言うと車を発車させた。二人の間に沈黙が流れる。しかしそれは最初の頃の気まずいものではない。リリーはぷっと吹き出した。
「ふふ、レオって意外と優しいのね」
怪訝な顔をして「失礼な」とレオは答えた。
「だって、あなた本当に愛想なくて怖かったんだもの」
「それはリリーが――!」
レオは途中で言い淀んだ。
「それよりも調子はどうなんだ?」
「やっぱり思うように悪魔の力を使うことができないわ。以前のわたしはどうやって使っていたのかしら」
リリーが「うーん」と首を傾げている間に、レオはゴホゴホと咳き込んだ。
「大丈夫?」
「咽ただけだから心配するな。……リリーは悪魔の力が思い通りに使えるようになったら、やっぱり戦場に立ちたいのか?」
「そりゃそうよ。だってウェルチ博士やヨハン、北ペンクスリの役に立ちたいもの。国を守るためよ。あなたはそうじゃないの?」
レオは軽く肩を竦めて「まあ……」と短い返事をした。
気が付けば、研究施設の目の前まで来ていた。
「今日はどうもありがとう。いろいろお話できて楽しかったわ」
「こちらこそ。次はもっと愛想よくするよ」
リリーは再び吹き出した。
レオにコートを返すと、振り返ることなく施設の入り口を開けた。




